07 : 再会





「あ、大佐。お久しぶりです」

「……か」

大佐はしどろもどろに振り返り、なんだか心底失敗した、という風な顔をしてそう言った。
せっかく久しぶりに会えたというのに、なんだか素っ気ない。

「どうかしたんですか?」

「いや。なんでもないが」

「どこか行かれるんですか?」

「……ちょっとな」

「またサボるつもりなんですか? 中尉に怒られますよ」

「そうとは言っていないだろう」

「分かりますよ。顔に書いてあります」

なんだか変だ。
大佐は、いつだって一緒にいれば笑ってくれていたのに。
私は何かしたのかしら?

そういえば、大佐がこんな風になったのは、ショウ・タッカーが死んだ日。私が悩み事を打ち明けた日からだ。
その悩みの明確な答えを、大佐は私に話してくれていない。
答えとも言えなくても、大佐が思うところとか、その話題に触れることもない。
何か大佐の気に障る相談事だったのかしら。悪いことを聞いてしまったのかしら。
もしそうじゃないなら、どうして何も言ってくれないの?

「……聞いたぞ」

ふいに、大佐が口を開いてくれて嬉しくなったけれど、大佐は私に背を向けたままで窓の外を見ている。
よく見たらそこにはホークアイ中尉の愛犬、ブラックハヤテ号が呑気な顔で昼寝をしていた。
私もそれを傍目に捕らえながら答えた。

「何をですか?」

「ハボックと、付き合っているそうだな」

その言葉を聞いてどきりとする。
誰から聞いたんだろう。
タイミングがつかめなくて黙っていたのだけれど、いつかは自分の口からちゃんと言おうと思っていたのに。

「だ、誰から聞いたんですか?」

「私の部下からだが」

目を合わせてくれようとしない大佐は、なんだかとても冷たい。
そういえばこんな風に大佐と話をするのは初めてのことだ。
そんなことはないはずなのに、悪いことをしてしまったような気になって、ほとんど反射的に頭を下げる。

「すみませんでした。ちゃんと自分から言おうと思ってたんですけど……」

「いや、それはいいんだが……」

突然大佐はぐるりと振り向いて、私の目をのぞき込むように視線を合わせてきた。
近くなった距離に恐縮して肩を竦ませるけれど、

「本当にハボックのことが好きで付き合っているのか?」

「……はぁ?」

大佐の言葉に思わず脱力した。
もしかしてそんなことを考えてこんな冷たい態度を取っていたって言うのかしら。

「そんなこと聞きたいんですか?」

「いいから答えろ」

いったい大佐はどうしたんだろう。
ハボックさんのことを気に入っていないはずはないし、それにどうしてこんなに冷たくなるんだろう?。

「好きですよ。ちゃんと」

そう言ったとき、一瞬だけ大佐の表情が揺れた気がしたけれど、大佐はすぐにそっぽを向いてしまったからよく分からなかった。
本当に、いったい今日の大佐はどうしてしまったんだろう。

「……そうか。ならいいんだが」

「大佐、なんか変ですよ? どうかしたんですか?」

「別にどうしもしていない」

「うそ、ちゃんと言ってください。私何かしましたか?」

「何でもないと言っている。早く仕事に戻れ」

「大佐こそ……」

「大佐! こんなところにいらっしゃったんですか!」

突然届いた側近の声に、大佐は大げさに肩を振るわせた。
その態度の変容が正直とても面白かったのだけれど、ホークアイ中尉が焦ったような表情を浮かべていて、
体を強ばらせていた大佐も姿勢を正して視線を厳しくする。

「何かあったのか?」

「先ほど、三番街の水路周辺が崩壊したと通報がありました」

「……なに?」

大佐の目がぐっと細くなる。そして私には一瞥もくれずに踵を返した。中尉もその後ろに従う。

「テロの可能性は?」

「ないとは言い切れません。規模が大きいので、現場検証もどれくらいかかるか……」

「分かった、車を出せ。それから、ハボックの隊を現場に向かわせろ」

「はい。……あ」

ふと、中尉が私の方を振り返った。
なんだか申し訳なさそうな、悲しそうな顔をして会釈をする。
その表情の意味が分からなくてぽかんとしているうちに、二人は廊下の角を折れて視界から消えてしまった。



その日、私は空が真っ赤に染まる夕暮れ時に司令部を後にした。
今日の司令部はほとんどの人が出払ってしまっていたから、とても閑散としていたのだけれど、
帰りに通ってきた三番街の水路周辺は軍人と野次馬でごった返していた。
まぁ、あれだけ派手に市街が崩壊してしまったのだから仕方がないといってしまえばそうなのだけれど、
その原因がいまだに分からないと言うから問題だ。

老朽化という線もなくはないけれど、それにしては崩壊した範囲が広すぎる。
テロかとも言われたけれど、それらしい武装勢力の話題はここ最近聞かない。

では、他に何かあるかと問われれば、一番に名前が挙がるのは傷の男、スカーだ。
あの男ならこんな大規模な破壊も可能ではあるだろう。
その上、スカーが着ていた上着が水路で発見された。それも血まみれで。
軍の中ではこの瓦礫の下敷きになっている、とかいう案が持ち上がって、ハボックさんの隊がその撤去作業に当たっている。
それを命じたのは、もちろん大佐らしい。

「……やっぱり、よく思われてないのかな」

どうしても、重いため息が落ちるのを止められなかった。
今日だって、こんなことがなければハボックさんと食事に行く約束をしていたのに。
大佐も大佐だ。私たちの仲を知っていたんなら気を遣ってくれてもいいものなのに。

……、やっぱりよく思われてないんだろうな。

大佐の私に対する冷たい態度の原因がそれだとしたら、私はどうすればいいんだろう。
大佐にずっとあんな態度を取られ続けるのも嫌だけれど、かといってどうすれば機嫌を直してくれるのかもさっぱり分からない。
てっとりばやくハボックさんと別れたら、どうなるのかしら?
いや、けれどそんなことは絶対に嫌だし。大佐ときちんと話ができれば一番いいのだけれど、
今の状態では当分無理だろうし……。

「どうしたらいいのかなぁ……」

「何か悩み事? お嬢さん」

ふいに声をかけられて、文字通り私は飛び上がって驚いた。
ほとんど反射的に振り向いて声の主を見つける。

人通りのほとんどない、小さな公園の前の通りだった。
街頭がひとつ、声の主と私のちょうど中間を照らしていた。

「……どちら様ですか?」

「あら、覚えていないかしら。一度会ったことがあるのだけれど」

ゆっくりとしたリズムの、妙に甘やかな声。
聞き覚えはない、はずだ。きっと。

声の主の足が街灯の明かりの中に現れた。
黒いハイヒールが見えた。

「でも、そうね。もうずっと前のことだから、忘れてしまったかしら」

もう一歩近づく。
黒いロングスカートが、見える。

「まぁ、そうだとしても仕方のないことかも知れないわね」

細くくびれた腰と、豊かな胸が見える。
緩いウェーブのかかった髪が、歩くスピードに合わせてゆらゆら揺れていた。

「ねぇ、ラスト」

もうひとり、別な人間の声がした。

その瞬間、信じられない勢いで背筋に悪寒が走った。
肌が泡だって、熱くもないのに体中から汗が噴き出す。
寒くもないのに歯ががちがちと震えて、体中の力が抜けて立っていられなくなった。
冷たい地面に尻をついて、体の震えを止めようと自分自身を抱きしめる。
けれど腕そのものも震えていたから全く意味をなさなかった。

どうしたんだろう。
私はいったい、どうしてしまったんだろう。

この人達は誰? 私を知っているの?
ずっと前に出会ったことがあると、この人は言ったわ。

もしかして、私が失った記憶の中にいる人たちなのかしら。

だったらどうして、私はこんなに震えているの?

何がこんなに、恐ろしいの。

「……グラトニー」

「食べていい? ラスト」



20050510