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05 : 女癖は悪くない あの日から数日が経過していた。 あの日とは、タッカー殺害の犯人、顔にある十字の傷のためにスカーと呼ばれる男が逃げた日のこと。 そして、が倒れ、一日だけの休養をとった日のこと。 はあれから休むことなく出勤している。 ロイと顔を合わせる日も何度かあって、表面上は何も変わらずに挨拶を交わした。 けれどその笑顔の奥に感じた違和感は、きっと気のせいではないと、ロイは思っている。 が、失った記憶を取り戻したいと言ったことは今まで一度もなかった。 当時13歳の少女はそのことのショックで、しばらくまともにしゃべることすらできなかった。 それでも、最初こそ自分の過去を知りたがったけれど、まさか内乱のこと、両親のことなど話せるはずもない。 だから「今は、体の傷を癒すことが大事だ」とごまかし続け、病院を出てからすぐに孤児院へ入れた。 内乱で孤児になった子供が多い場所を選んでやったら、は過去を求めなくなった。 同じ境遇の人間がいることに安心したのかもしれない。子供達は内乱の話はしたがらなかったし、両親の話もまた然りだった。 こんな育て方をしたから、は「過去の記憶はもういい」と言うようになった。 自分も、あんなもの思い出すだけ辛いだろうから必要ないと思っている。 が過去の話を持ち出すなんて、初めてのことだ。 どうしてやることが、一番の得策なのだろう。 どうしてやることが、のためになるのだろう。 「大佐。仕事してください」 ホークアイの厳しい声がして、ロイははっと物思いから覚めた。 確かに書類にサインする手が止まっていて、ペン先が乾きかかっていた。 「あぁ。すまない」 「いいえ。いつものことですから。今日中に終わらせてくだされば結構です」 「……なんだか今日は一段と冷たいな。どうかしたのか?」 とは、もちろんホークアイに直接言えるはずもなく、追加の書類束をデスクに置きに来たブレダに耳打ちしたものだ。 ところがブレダもいつもの恰幅の良さがなく、どこか面倒くさそうにぼそりと言う。 「ハボックの野郎が有給取ってやがんですよ」 「ハボック少尉が?」 見てみると、確かにハボックのデスクの上の灰皿は空っぽだった。 それははっきりとハボックの不在を表している。 「この忙しいときに、あいつは……」 「ったく。しかも女と会ってるってんだから許せねぇ」 「女ぁ? 何をやってるんだあいつは」 人のことはあまり言えたものではないが。 「彼女も彼女ですよね。まぁこの間倒れたばかりだから何とも言えませんけど」 「けど、ハボック少尉の方から誘ったんでしょう?」 「そうなの? それは初耳だわ」 「だったら尚更じゃねぇか。仕事と女はすっぱり分けてる奴だと思ってたんだがなぁ」 「ちょっと待て」 部下達の話を聞いて、慌てて間に割って入る。 彼らの話し様はまるで、 「……お前達、ハボックの女のこと知ってるのか?」 ホークアイをはじめとする四人は意外そうに顔を見合わせる。 そうして同時に視線を戻し、フュリーが遠慮がちにこういった。 「……ハボック少尉、事務のさんとお付き合いしてるみたいですけれど……」 「…………はぁ?」 混乱する頭でロイが言葉にできたのは、情けないため息ひとつだった。 「ぶぇっくしゅん!」 小奇麗なレストランでランチを前にし、ハボックさんは突然くしゃみをして背を丸めた。 正面に座っていた私は驚いて肩をすくめて、鼻の下を擦るハボックさんに尋ねる。 「風邪?」 「いや。誰か噂してんのかな。大佐だな、たぶん」 どこか遠くを眺めるようにしてそう言うハボックさんがおかしくて、頬の筋肉が緩んだ。 ハボックさんはとても社交性のある人で、一緒にいると楽しい。 そう意識しなくても会話が途切れることはないし、かといって彼が一方的にしゃべっているわけでもない。 こういう人の側にいるととても気持ちが楽だ。安らぐ、と言った方が正しいかもしれない。 「本当に、有休なんか取ってよかったの?」 「それはお互いさまだろ?」 「私とハボックさんじゃ全然仕事違うじゃない。ただでさえ今大変な時期なのに……」 「俺の仕事なんてのは所詮大佐のアシストなんだって。あの人がサボるからこっちも辛くなるだけ。 ちゃんとやってさえくれれば全然余裕。」 「……やってくれてる保証はないんでしょ?」 今日だけ大佐がまじめになってくれるなんて、あまりにも信憑性のない話だ。 案の定、ハボックはおどけたような笑顔を見せる。 「ねぇな。そりゃ」 「あははっ。ホークアイ中尉とかに負担かかるんじゃない? 明日出勤したら怒られそう」 「怒られようが明日挽回すりゃいいさ。それより、せっかくうまいもん食いに来てんだから仕事の話はなし。な?」 にかりと笑って、ハボックさんはパスタをおいしそうに頬張った。 この人には笑顔がとてもよく似合う。本当に幸せそうな、暖かな笑顔を浮かべる人だ。 つきあい始めてまだ一ヶ月足らずだけれど、とりあえず敬語を使わずに話すことはできるようになった。 もちろん仕事場とプライベートで使い分けている。 だからこそ、そういうやりとりがこそばゆくて楽しい。 ひとつ気がかりなことは、大佐に私とハボックさんのことを知らせていないことだ。 他人といってしまえばそうなのだけれど、大佐にはずっとお世話になっているし、知らせるべきとは思う。 けれどいざとなると何となく言いにくくて、結局今日まで黙ったままだ。 「そういやさ、前から聞こうと思ってたんだけど……。?」 「あ、うん。何?」 物思いから覚めて、慌てて相づちを打つ。 いけない、今はハボックさんと一緒にいるのに。 ハボックさんはなぜだか少し迷うように視線を泳がせて、そしていざ口を開くときは、妙に真剣な目をしていた。 「とさ、大佐ってどういう関係なの?」 「関係?」 今更聞かれると、何と言っていいのか釈然としない。 まさか、お兄さんみたいな人とも言えないし、他にどうというと、内乱の時のことから話さなくちゃならないし……。 「……あの、ちょっと長い話になるけど、いい?」 どうしてなのかはよく分からないけれど、私が知っている限りのことを誰かに話したかった。 自分のことで分からないことは多いけれど、それでも私が思っていることを聞いてほしかった。 「いいよ。ぜひお願い」 笑顔で、ハボックさんはナイフとフォークを置く。 そんな小さな気遣いが嬉しくて、本当にこの人が彼氏でよかったなと思った。 私のことを話せるのが、この人でよかったなと、心から。 20050327 |