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04 : フラッシュバック どうしてこんなことになったのかしら。 今日は早番で、まだ日も昇りきらない、濃い霧のかかった朝方に司令部へ向かっていただけ。 その道中に、たまたまタッカー邸があっただけ。 昨日の帰りには雨に濡れながら警備に当たっていた憲兵が二人たっていた。 けれど今朝は、昨日と違う顔ぶれの二人が、血塗れで倒れていて。 どうしてこんなことになったのかしら。 降りしきる雨。 動かない死体。 流れる血液。 どうして私は、思い出したりなんかしているのかしら。 ロイはその日、タッカーを護送するために中央からやってくる予定のヒューズ中佐とアームストロング少佐に会うため、 いつもより幾分か早く司令部に出向いた。 けれど、司令部は落ち着きがなくどこかそわそわしていて、どうやらまた何かあったらしいことが明白。 ロイは執務室へ急ぎ、扉を開けたその瞬間に近場にいたハボックを捕まえる。 「あ、大佐。おはようございます」 「あぁ。何かあったのか?」 「えぇ。もう最悪っすよ」 ハボックは短くなった煙草の先を灰皿でつぶす。 「タッカーが殺されました」 「なに?」 「今日未明、タッカー邸の警備をしていた憲兵が血塗れで倒れているのが発見されて、 タッカーと合成獣も、それと同じように血塗れで死んでたそうっす。今検察が現場検証してます」 「犯人は?」 「さぁ。さっぱり」 ハボックは新しく煙草を取り出して、ライターで火を付ける。 こいつはどれだけ吸えば気が済むんだろうと思うが、今はそれどころではない。 「では、私は現場へ行く。ヒューズとアームストロング少佐には……」 「大佐!」 そこへちょうど、ノックもせずにホークアイが堰を切って現れた。。 ホークアイの表情には普段は滅多に見せない不安があって、ロイはかえってそのことに驚く。 「どうした? 中尉」 「これから現場ですか?」 「あぁ。そうだが」 「その前に、いらしていただきたい所があるんですが」 ホークアイの様子からして、きっとただ事ではない。 第一こんな時にどうでもいい問題で自分を振り回すほど、ホークアイは頭は悪くない。 ロイは睨むようにホークアイの赤茶の瞳を見つめ返して頷く。 ホークアイは返事をせずに、部屋へ入ってきたときと同じように部屋を飛び出し、ロイはそれに続いた。 「あ、大佐」 ロイは一瞬呆然として言葉を失った。 ホークアイが向かった先は救護室で、ひとつだけ使用されているベッドの上にいるのはだった。 「タッカー邸の事件の通報者が彼女です」 ホークアイがそう耳打ちをする。 は照れたように微笑んで、横になっていたために乱れた髪を撫でつけていた。 枕を背中に当てて上半身を起こしているが、顔色は決していいとはいえない。 ロイはホークアイを先に戻らせ、の枕元に立つ。 「大丈夫か?」 「はい。ご心配かけて、すみませんでした」 「いや。気にしなくていい」 けれど、どうしてはベッドで寝ている? 通報したと言うことは、憲兵やタッカーの遺体を見てショックを受けたのだろうか。 いや、それだけなら寝ている必要はない。 「いったいどうした?」 はうっすらと頬を赤く染め、布団の上の両手を手持ちぶたさに握ったり開いたりしている。 「あの、ちょっとびっくりしちゃって……。倒れちゃって……」 「どこか打ったのか?」 「いえ、あの、……その……」 何がそんなに恥ずかしいのだろう。 ついには顔を伏せて口ごもってしまったを見て、ロイはこっそりため息をつく。 けれどここで無理矢理言わせるのも気が進まないので、ベッドの縁に腰掛けて答えを求めた。 「何も恥ずかしがることはないぞ」 「あ、はい……。あの、驚いて、通報したのはよかったんですけど、そこから動くわけに行かないじゃないですか。それで、あの……」 「うん?」 「……動かないで待ってたら、本当に動けなくなっちゃって……、……あの、腰が……」 「抜けたのか?」 の赤かった顔がさらに赤くなる。 なるほど。それを駆けつけてきた軍人に助け出されたとなれば、同じ軍で働くものとしては恥ずかしいことだろう。 ロイは俯いたままのの頭に軽く手を置いてなでてやる。 腰を抜かしたことを恥ずかしがるほど元気だとはいえ、人の遺体を見、その側にずっと付き添っていたのだ。 本人は気づいていないかもしれないが、精神への負担も少なからずあるだろう。 なんでもいいから、慰めになればいい。 「……すみませんでした。本当に」 少し潤んだの声。 「かまわんさ。ゆっくり休むといい」 「あの、大佐!」 ふいに、ははじかれたように顔を上げ、ロイの手がはじかれた。 驚いてみていると、は存外に真剣なまなざしでまっすぐにロイを見つめていた。 「どうした?」 タッカー邸でのことだろうか。何にしろただ事ではなさそうだ。 「……あの、前に相談したいことがあるって、私言いましたよね?」 「あぁ」 「そのことなんですけれど、……あの、夢を見るんです」 「夢?」 図らずも呆れたように声が高くなる。 の悩みと言うから気にかけてはいたが、まさか「夢」とは思ってもみなかった。 けれどはそういう微妙なトーンの違いを感じ取って、また頬を赤らめた。 「……今、バカにしたでしょう?」 「いや、していないよ。続けて」 片手を差し出すようにして先を促すと、は渋々といった感じで続けた。 「すごく、鮮明な夢なんです。音とか臭いとか色もはっきり見えて。現実なんじゃないかなって勘違いしそうになるくらい」 「それは、どんな夢なんだ?」 「いつも目が覚めると忘れちゃうんです。思い出そうとしても全然だめで……。 でも、さっきタッカーさんの家の前で、その、いろいろ見たら……」 降りしきる雨。 動かない死体。 流れる血液。 「目の前に、夢の光景がちらついて……。思い出しそうになって……。これって何なのかなって」 どう思います? と首を傾げて訪ねられ、けれどロイは答えることができなかった。 夢の鮮明さは、それが本当に現実で起こったことであるから。 目が覚めると忘れてしまうのは、それはの記憶から失われてしまったものであるから。 憲兵やタッカーの死体を見てそれを思い出しそうになったのは、その光景が記憶に似通っていたから。 「……日頃の疲れが出ているんじゃないのか? きちんと休養はとれているのか?」 笑顔を取り繕って、そう答える。 今はまだいえない。言ってはいけないと、何かが言っている。 「あ、はい。週末はちゃんと休んでます」 「なら、気づかないうちにストレスが溜まっているんじゃないか? この機会だし、少し休暇を取ったらどうだ?」 「でも、仕事があるし……。休めません」 「ならせめて今日くらいは早く家に帰って休め。今君に一番必要なのは、とにかく休養だ」 ベッドから腰を上げると、スプリングがぎしりと鳴った。 に名残惜しそうに見上げられて、安心させてやるために微笑みかける。 「私もそろそろ現場へ行かねばならないが、暇ができたら君の家へ行こう。事務には私が伝えておく」 「え、でも……」 「休むんだ。いいな?」 「……はい」 まだ不満そうではあったが、は小さく頷いた。 をひとりにすることに不安はあったが、それでも一緒にいたら何か口走ってしまいそうで怖かった。 「また来る。ではな」 そう言って、ロイは一度だけ扉の前で振り返り、部屋を出て行った。 20050324 |