03 : 過去への憧憬と懺悔





赤く燃える街。黒い煙。
四方から聞こえる銃声は、いつまでたっても止まない。

「この辺りも、そろそろカタが付くわね」

「まったく。本当に単純な奴らばっかりで助かるよ、人間ってやつは」

家が燃えて崩れる音がする。
町中が燃えているのに、その火を消し止めようとする人はいない。

「お父様へもいい報告ができそうね」

「んじゃ、吉報は僕が持って行こうか。後は頼むよ」

すぐ近くで、肉を引き裂くような音がしている。時たま、骨が折れるような大きな音も。
火薬と、いろんなものが焼ける臭いがする。
生き物が焼けると、あたりの空気がべたついてくるような気が、何となくする。

「……あら、お嬢ちゃん。いつからそこに?」

会話をしていた二人が振り向く。
甘く、妙な妖艶さに満ちた声と、まるで道化師のようにおどけた声。

「立ち聞きなんて行けない子だね。パパやママはいないの?」

「あら。それならあれじゃない?」

妖艶な声が指さした先。
人間の腕を持った、太った男がひとりいた。
どこか、見覚えのある腕。

「どうする?」

おどけた声が言った。
対象は私だと、その時は気づかなかった。

「グラトニー」

太った男が、真っ赤に染まった口でにたりと笑った。

「食べていい?」



反射的に瞼が持ち上がった、とでもいう風にして目が覚めた。
寝覚めの時のあのだるさがなくて、そのことがかえって気持ちが悪い。
ひとまずベッドから起きあがって、髪をかき上げながら時計を見る。まだ夜明け前だった。
昨夜もベッドに入ったのはとても遅かったのに。

「……」

夢を見ていた気がするけれど、よく思い出せない。
とても鮮明で、臭いとか空気までよく分かった気がしたんだけれど、記憶に引っかかって現実までついてきてくれない。

ふと、静かな部屋で耳を澄ます。
何か優しい音が絶えず鳴っている。

ベッドの脇のカーテンを引くと、外では雨が降っていた。



鋼の錬金術師とその弟がイーストシティに滞在して、今日で一週間が過ぎていた。

「元気ないですね。さん」

事務室にやってきた曹長にそう言われて、仕事の手が止まっていることにはじめて気づく。
慌てて姿勢を正して気合いを入れ直すけれど、その様子がかえっておかしかったらしく、曹長に笑われた。

「すみません。ぼーっとしてて……」

「いえ。今日は忙しいですからね。気をつけてください」

そう。今日はとても忙しい。
先日のトレインジャックの事後処理もあるけれど、それに上乗せするような事件が起きた。 綴命の錬金術師、ショウ・タッカーが、娘と飼い犬を使って合成獣を錬成したのだという。 私は錬金術には詳しくないから、この事件がどれほどのものなのかよく理解できないでいるのだけれど、この報告を受けて周囲の空気は一変した。司令部には憲兵がひっきりなしに出入りしているし、大佐も車に乗って現場へ急行していってしまった。

大佐といえば、私が話したかった”悩み事”は、まだに話せていない。
約束した夜は、残業ができてしまっていけないと電話をもらった。
暇ができたらまた連絡すると言ってくれたけれど、暇ができるどころか忙しくなる一方で、
とても悩みなんて聞いてもらえるような時間はなかった。
それに加えて、この事件。

「……大佐も、大変ですよね」

「そうですね。ここのところきちんとした休みも取れてないみたいですし」

「その分サボってるみたいですけどね」

「あぁ、そうですねぇ」

「……あれ?」

曹長との他愛のない会話の合間、降りしきる雨で曇った窓の外に人影が見えたような気がして、立ち上がって窓を擦ってみる。
こんな雨の日に外に出るなんて、事件に関わっている憲兵か軍の人間だけに思えるけれど、見えた人影はそんな人じゃないような気がする。
雨のせいでよく見えないけれど、正面玄関に面した階段に誰か座っていた。
金色の髪。背中によく分からない紋章が刺繍された赤いコート。

「……鋼の錬金術師さん?」

「え? エドワード君来てるの?」

曹長が私の隣に立って同じように窓を擦る。
あ、本当だ、とか曹長は呟いて、

「あんなところで何してるんだろう?」

と私に問いかける。
そんなこと私の知ったことではないけれど、傘も差さないであんなところに座り込んで、あれじゃ。

「……風邪引いちゃいません?」

「え?」

脈絡のない言葉に曹長は一瞬眉をしかめた。
曹長が理解する前に、私は踵を返す。

「あの、ちょっと出てきます」

「え? どこにですか?」

私はデスクの側に置いておいた傘を手に取りながら答えた。

「これ、届けに」



「なんか用?」

雨脚が強い。
差した傘に水滴が当たる音がうるさくて、けれど彼の声は魔法みたいに響いて私の耳に届いた。

「……どうして分かったんですか?」

まだ声もかけていなかったのに。
彼は一言、ぶっきらぼうに言い放つ。

「足音」

「……もしかして、私だって分かってました?」

そうじゃなかったら、第一声は「なんか用?」ではなくて「誰だ?」とかそう言う感じになったと思う。
これにも一言、

「勘」

さっきより口調がきつくなっている。

不機嫌な子供のように、気持ちを持てあまして態度で訴えかけてくるような、そんな背中。
彼は今年で15歳だといったっけ。年の割に、ずいぶん幼い感情表現ね。

「どうぞ」

持ってきた傘を差し出すけれど、彼は受け取るどころか、こっちを見もしない。

「いらねぇ」

「風邪引きますよ」

「いらねぇって」

頑固な子供。なんだか呆れてため息が出た。
ここまで不機嫌になっている理由は分からなくもない。
先だってのタッカー氏の事件。この一週間、彼は毎日タッカー邸に出入りしていたらしい。
合成獣にされてしまった娘とも仲良くしていたそうだから、相当ショックだったのだろう。

もしかしたら、助けてあげられなかった責任を感じているのかもしれない。
国家資格を持ちながら、力を持っていながら、助けてあげられなかったこと。女の子ひとりを。

相変わらず彼は雨に濡れている。
金色の髪が肌に張り付いて、顎から水滴がぽたぽた落ちている。

仕方がなくて、私は彼の隣に座り込んで自分で持っていた傘の中に彼を入れた。
彼は目を見張り、はじめてその目に私の姿を映す。
迷惑そうな、うっとうしそうな、厳しい双眸。

「なんなんだよ。あんた」

「風邪、引いたらいけないでしょう」

「引かねぇよ」

「どうしてそう言えるんですか?」

「それぐらい分かる」

「引かなくても、雨に当たり続けるのは身体に毒です」

「……」

「エドワードさん、機械鎧なんですよね? 錆びますよ」

そこでやっと彼の表情に変化が見られた。
目の下が痙攣するように少し動いただけだったけれど、それでも彼にとっては大きな反応だ。

「ほら。そうなったら困るでしょう?」

「……分かったよ!」

やけになって、私の手から奪い取るように傘を受け取ると、ぽんっと音を立てて開く。
そうしてから持ってきていたタオルを渡して、それも受け取った。
頭の上からタオルをかぶって乱暴にかき回す。
その一部始終を見ていたら、彼に思い切り睨まれた。

「なんだよ」

「いえ。別に」

似てるなぁ。
こんな風にひねくれてはいなかったけれど、彼は誰かに似てるなぁ。

誰だっけ。
確か女の子で、ずっとずっと昔に出会ったことがある気がするんだけど。

誰だったかな。



20050318