02 : てのひら





「どうぞ」

「……どうも」

愛想悪い。
鋼の錬金術師、エドワード・エルリックの第一印象。

曹長が、エドワード君は大佐を毛嫌いしているから、と言ってはいたけれど、この仏頂面もそれが原因なのかしら。

「彼女は事務の。勤めはじめてまだ日は浅いが、私と縁があってね。よく働いてくれている。
。こっちが鋼の錬金術師のエドワード・エルリックと、弟のアルフォンス」

大佐に紹介を受けて、盆を両手でもって頭を下げる。
彼は最年少国家錬金術師で、確か15歳だと聞いているけれど、私との地位は雲泥の差だ。

「よろしくお願いします」

鋼の錬金術師は、さして興味もなさそうにティーカップを傾け、鎧姿の弟はその傲慢ともいえる態度にはらはらしながら、 丁寧に会釈をする。
不思議な兄弟だな、と私は思った。
15歳、というには小柄な兄。14歳というには大柄な、鎧をまとった弟。

「今日は、どんなご用でいらっしゃったんですか?」

試しに、というか、好奇心で聞いてみる。
国家錬金術師と会話するなんて、大佐を除いて、滅多にできることじゃない。

「気が向いたからちょっとね」

答えともいえない答え。
面倒くさがりなのか、または私なんかに話すいわれはないからなのか。

「ちょっと兄さん。初対面の人にはもっと丁寧に……」

「丁寧だろ。ジューブン」

どうやら前者らしい。
いくら国家錬金術師といえど、15歳の子供には変わりないということかしら。

「すみません、さん。兄さんちょっと機嫌悪くて……」

「俺がいつ機嫌悪くなったってんだよ!?」

「ここへ来てからずっとじゃないか。本当、子供っぽいんだから」

「子供っぽいとか言うなぁ!!」

いや、実際本当に子供っぽい。
堪えきれなくて、私は思わず吹き出した。
くすくす息を漏らして笑っていたら、さすがに二人も気づいたようで、言い合う声が止んだと思って見てみたら、
二人とも気まずそうに目をそらして、鋼の錬金術師の方はほっぺたを掻いたりしていた。

。彼らがトレインジャックの首謀者を捕らえてくれたんだ。一言礼を言いたまえ」

大佐がおもしろそうにティーカップを口に運びながら言うので、私は思い出して笑いを納めた。
けれど顔に張り付いた笑顔は消えず、それは都合のいいことに二人への好意を表すものになる。

「えぇ。本当にありがとうございました。おかげで被害も最小限に抑えられたと聞いてます」

「あ、いえ。元はといえば兄さんが……」

「また俺かよ」

「だってそうじゃない」

「ケリ付けたのは大佐だろ」

「え、そうなんですか?」

それは初耳だ。
大佐がケリを付けた、ということは、お得意の焔を使ったんだろう。
ということは。

「何か、焼けましたか?」

「いや、そんな大したものはなかったんじゃないのか」

「首謀者への威嚇でしたからね。石畳が少し焦げた程度だったと思いますよ」

ふと見ると、大佐は知らん顔でなにやら本棚を探っている。

「大佐。市街では極力焔を使わないで頂きたいと先日の会議で……」

「トレインジャックの首謀者が暴れ出したんだ。非常事態だろう」

「ホークアイ中尉もご一緒だったんなら他に方法もあったでしょう?」

「人命より市街の建物を守ることに執心しろと言うのか?」

「そういうことじゃなくてですね……」

焔を使うなと会議で決まった理由は、言ったとおり、市街の破壊をできる限り防ぐため。
ただでさえあまり治安のよくないこの東部の街なのだから、軍の人間自らがそうすることは避けねばならないからだ。 なのにこの大佐ときたら。終わりよければ何とやら、を信条にでもしているのかしら。

「まぁ、ひとまずは解決を見たんだ。過ぎたことばかり気にしても仕方がないだろう」

そうみたいだ。

と、ふいに扉がノックされ、大佐が返事をすると、入ってきたのはホークアイ中尉だった。

「失礼します。大佐、車の準備ができました」

「分かった。鋼の、先に行って準備をしていたまえ」

「おまえも来んのかよ」

鋼の錬金術師は立ち上がりながら大佐を睨む。
よくよく考えれば、こんなことができる国家錬金術師もそういないだろうな、と思って、鋼の錬金術師ってそんなに大物なのかしら、という疑念も沸く。
あとで曹長に聞いてみよう。

「私の紹介なのだから当然だろう。中尉も先に行っててくれ。すぐに行く」

そうして、鋼の錬金術師とその弟と中尉は先に部屋を出た。

大佐と二人部屋に残る。少し緊張する。

それをごまかすのに、客人二人に出したティーカップの片づけをした。
片方は空になっていたけれど、もう片方は手をつけられずに冷めていた。

「お出かけになるんですか?」

「あぁ。彼らが会わせてほしい人物がいるというのでね。その案内だ」

「……あの、大佐」

大佐はちょうど、コートに袖を通そうとしていたところで、突然声色を変えた私に目を見張ってた。
できるだけ普通に話そうとしていたんだけれど、やっぱり無理だったみたいだ。

「どうかしたか?」

「いえ、あの……、大したことじゃないんですけれど……。今夜、お時間ありますか?」

大佐は胸ポケットから手帳を取り出してぱらぱらとめくる。
そう。この人はとても忙しい人だ。仕事にしても、女性関係にしても。

「……今夜は先約があるな。明日ではだめか?」

「はい。大丈夫です」

「何か、悩み事か?」

言い当てられて、瞬間的に心臓が跳ね上がる。
どうして分かったんだろう。
大佐は微笑んで、私の頭にその大きなてのひらを乗せる。

「どうして分かったんだとでも言いたげだな。分かるさ。顔に書いてある」

「……そうですか?」

「あぁ。では、私は急ぐ。明日の夜、君の家へ行こう。その方が話しやすいだろう」

言って、大佐は軽快な足取りで部屋を出て行った。

なでられた頭に手を添えてみる。
大佐の暖かさが、まだそこに残っているような気がした。



「あの事務、ずいぶん気に入ってんだな。大佐」

車の中で、ロイと向かい合って座ったエドは、目を細めてにやにや笑いながらそう言った。
どうやら、部屋で二人になったときの会話を聞いていたらしい。
もちろんそれはわざとではなく、部屋に忘れたコートを取りに戻ってきていたためだったのだが。

「君が期待しているような関係ではないよ。言っただろう。彼女とは縁がある」

「縁って、何なんですか?」

窮屈そうに、けれど足を閉じてきちんと座ったアルが言う。
ロイは少し考えた後、ふと目をそらした。

「彼女は東部の内乱の折に孤児になってね。路頭に迷っていたところを私が保護したんだよ」

「それだけ?」

「その時のショックで、彼女は記憶を失った」

「え」

「記憶を?」

エドとアルは顔を見合わせる。
ロイは頬杖をついて、さっきから窓の外ばかり見ている。

「これは仮説だが、両親が死んでしまったことがよほどショックだったのだろうな。当時は13歳の少女だ。致し方ないことでもある」

「その記憶は、思い出せていないんですか?」

「医者にも診せたがな。無理だった。……それ以来だな、彼女との縁は。就職してからはよく食事も一緒にしている」

「……なんだか大佐」

ふいにアルが口を開いて、ロイはようやく視線を戻す。

さんのお父さんみたいですね」

真っ先に吹き出したのは車を運転していたホークアイだった。
ロイは不愉快そうに眉を寄せ、声を低くする。

「中尉」

「は、はい。申し訳ありません」

ホークアイは浮いた涙をぬぐってハンドルを持ち直す。

そうしている間、エドは遠慮なしに腹を抱えて笑っていた。
ロイが小さく指を鳴らすと、エドの目の前で小さな火花が散った。



20050316