01 : 敬礼をしない軍人





「え、トレインジャック?」

廊下でたまたま会ったフュリー曹長にそう聞いて、私は思わず声を裏返した。
慌てて咳払いをするけれど、曹長は存外に涼しい顔をしている。
そんなに落ち着いている場合じゃないでしょう! と言ってやりたかったけれど、私が口を開く前に
曹長は顔の前で軽く手を振って見せた。

「もう首謀者は逮捕しましたから! 大丈夫です」

「あ、そうなんですか。よかった。……もしかして大佐がですか?」

ちょうど一時間ほど前に、ロイ・マスタング大佐がリザ・ホークアイ中尉と連れだってどこかへ出掛けるのを
私は見ていた。そういえば、大佐はちょっと難しい顔をしていたかもしれない。それに中尉は、腰の裏にいつも
持っている拳銃の弾を入念に確認していた。

けれど曹長はたはは、と苦笑いをして黒縁のめがねを直す。

何がおかしいのかしら。
もしかして、首謀者を捕まえたのは大佐じゃない?

「実は、エドワード君が列車に居合わせていて……」

「エドワードって、……あ! 鋼の錬金術師の!」

それなら知っている。たまに大佐に会いに来る、赤いコートを着た金髪の少年だ。
近頃は東部を旅して歩いているらしく、直接会ったことはないけれど、ずいぶんと派手な行動で軍では有名な人物だ。

「それは、運がいいというか、何というか……」

列車がひどい壊れ方をしていなければいいな。

「えぇ。もうすぐ大佐と一緒に来るんじゃないですか。あ、ほら」

曹長は正面玄関の方に視線をやる。
そこには軍の黒い車が止まっていて、降りてきた人物のためにそこらにいた人は道を空け、敬礼した。
私は曹長の斜め後ろに立って軽く頭を下げる。

マスタング大佐がホークアイ中尉とともに、司令部を歩いているのを見るのが私はとても好きだ。
そのときの大佐には威厳というか、何かとてつもなく大きな何かが味方しているように思えるのだ。
それが何かは分からないのだけれど、確かにそれは大佐の力のひとつで、だからこそ今の地位にあることができるんだと、 とても誇らしく、そして嬉しく思う。

と、大佐は曹長の前で足を止めた。
曹長は今回のハイジャックで裏方の仕事をしていたそうだから、何か連絡でもあるのかしら。

「やぁ、。久しぶりだな」

あまりにも唐突なことだった。
大佐は曹長ではなく。私の前で立ち止まっていたんだ。

顔を上げると、大佐はさっきまでハイジャックの首謀者とあれこれしていたとはとうてい思えないような笑顔で、
私はちょっと拍子抜けた。

「あ、はい。お久しぶりです」

「悪いが、私の部屋に茶を持ってきてくれないか? 久しぶりの客人なんだ」

大佐は親指で後ろの国家錬金術師を指さし、軽く手を振って行ってしまった。
その背中を見送ってちょっと呆けてしまった後、私は曹長に少し笑われた。





私は。東方司令部で事務の仕事をしている。
事務というのは軍人とは全く違う区分の仕事で、同じ指令部内にいるといっても立場は全く違う。
敬礼をする必要がない、というのがそれひとつだ。
一応軍支給の制服を着ているけれど、それが戦場で汚れることは決してない。

大佐とは子供の頃に知り合った、私にとっては優しいお兄さん、といった感じの人。
実を言うと、就職先をここに決めた理由は大佐がここにいるからだ。
本当にとても優しくて、私は大佐が大好きだから側にいたかった。

軍はいつも東部の治安維持のために忙しないけれど、私はとても幸せな毎日送っている。
ただひとつ、やっかいな悩みがあることを除けば。



20050310