六 ろくでなしの無情 久藤くんは、剣術の腕は立つけれど根は優しい人だった。よく、屯所に迷い込んできた野良猫に餌付けして誰かに怒られていた。 池田くんは、腕っ節が強いくせに怖がりで、ゴキブリ1匹見つけただけで悲鳴を上げるような人だった。彼の代わりに何度ゴキブリほいほいを処分してあげただろう。 松井くんは、1年程前に入隊したばかりの新人だったけれど、明るい性分で隊のムードメーカーだった。よく冗談を言って笑わせてもらったものだ。 野口くんは半年前にお嫁さんをもらったばかりで、荒木くんは生まれたばかりの子どもがいたはずだ。確か女の子で、幸せそうに笑いながら家族写真を自慢してくれた。「そういうの死亡フラグっぽいからやめとけ」と誰かに冷やかされても、腹の底から響く声で笑い飛ばしていた。「絶対に死んでたまるか」って、笑い飛ばしていたのに、久藤くんも池田くんも松井くんも野口くんも、瞳孔を開いてもう息をしていなかった。 沖田の振るう刀の切っ先が、西田くんの喉元を迷いなく切り裂き、その勢いのまま西田くんの背後に立っていた平井くんの胴を薙ぐ。横に倒れかかった体を座席の背もたれを蹴って立て直し、膝のバネを使って飛び上がると頭上から刀を振り回して一度に内藤くんと と永田くんと大久保くんの急所を寸分の狂いなく斬った。 そこから先は、もう何が起こっているのか分からなかった。沖田の姿を視線だけで追いかけることだけで精一杯で、その刀が何を斬っているのか、理解が追いつかなかった。どうしてだけが誰にも手を出されず、無傷のまま立ち尽くしているのか、いや、この戦場でただ立ち尽くしているだけで無傷でいられるはずはないから、きっと言ったとおり、沖田が信頼によってを傷つけさせなかったのだ。 それが分かっても、には何もできなかった。できることがなかった。 たとえば攘夷戦争の折、銀時や高杉、桂達といっしょにいたら、こんな思いをしたのだろうか。なんの力もなく、仲間を守ることも救うこともできず、ただ見ていることしかできない無力感。 これが怖くて、はあそこから逃げたのだ。 「ちゃん! 大丈夫か!?」 近藤の大声で、はやっと我に返った。気がつけば血で溢れた車両の扉はの背中で閉じていた。沖田が抜身の刀を持っての隣に立っていて、近藤がその反対側での肩を支えていた。 「しっかりしてくれ、ちゃん」 「……すいません」 沖田がしんがりを務め、近藤に手を引かれて、車両を先へ先へと移動する。時折大きな怒鳴り声と重い剣撃が聞こえて、はその度に肩をすくめた。 「大丈夫だ。ちゃん。大丈夫だからな」 近藤が穏やかな声でそう言い聞かせてくれることだけが、にとって救いだった。 追っ手の隊士を始末した沖田が、車両の扉を閉める。列車が走る音だけの静寂が訪れ、3人はやっと足を止めた。沖田は抜かりなく神経を尖らせていて、近藤は真っ青な顔をしたを床に座らせた。 「ちゃん。大丈夫か? 怪我はないか?」 走る列車のうなりと揺れに体を預けて、は力なく頷いた。 「えぇ。怪我はない、と思います」 近藤は眉根を寄せ、労わるようにの肩を叩いた。その手のひらは、着物の生地を通しても熱くて、は思わず涙した。 「……近藤さん、どうしてこんなことになっちゃったんですか?」 「……ちゃん」 「……どうして、こんな時に限って、土方さんがここにいないんです?」 「それは、俺も同意見ですねぃ。ったく、無責任だったらありゃしねぇ」 沖田が淡々とした口調で口を挟む。 「総悟、トシは……」 「土方さんだけじゃねぇ。近藤さんもですよ」 沖田の声に、近藤ははじかれたように顔を上げた。沖田は後続の車両を睨みながら、刀の柄を握りしめていた。 「こんなところまでさんを連れてきちまうなんて、何が起こるか分かっていなかったとは言え、考えなしにもほどがありまさぁ。おかげでさんまで暗殺されそうになる始末ですよ」 「なぜちゃんにまで手を出す必要があるんだ!? ちゃんは関係ねぇだろう!?」 「さんも真選組で働き始めて長いですからねぇ。それに、土方さんとのこともあるでしょう。不安の種は芽が出る前に摘んでおきたかったんじゃねぇんですか」 近藤は苦々しく唇を噛み締めた。 「……ちくしょう」 「まぁ、計画を知っていながら引き止めなかった俺も同じ穴の狢ですけれどね」 は嗚咽が漏れそうになるのをなんとかこらえ、沖田を見上げて訴えた。 「そもそもどうしてこんなことになったの?」 「伊東さんが、近藤さんと土方さんの暗殺を企てていたんですよ。さんはその煽りを食ったって訳です。恨むんなら近藤さんと土方さんを恨んでください」 「恨むだなんて、そんな……」 「いいえ、恨んでもらわなきゃ困るんです。さんはちゃんと怒って、声を上げてもらわなきゃ困るんですよ。そうじゃなきゃ、あの馬鹿は二度とこっちに戻って来ねぇかもしれやせんぜ」 沖田はそう言うと、ひとり扉の外へ出て鍵をかけた。近藤が後を追ったけれど、沖田は車両と車両を切り離してしまったらしく、列車が揺れて大きな音が鳴った。近藤が拳で扉を叩きながら、大きな声で叫んでいたけれど、には何を言っているのかまるで聞き取れなかった。 怒らなければいけない、だなんて、どういうことだろう。には、沖田の言うことが理解できなかった。 その時、爆発が起こって扉が吹き飛んだ。爆風と扉の破片がを襲い、飛んできた瓦礫で頭を打ったはそのまま気を失った。 20150831 |