七 しふく の ひと 南向きの窓から差し込む光が眩しくて、は目を覚ました。障子越しとはいえ、朝の太陽の光は鮮烈だ。枕の上、障子の枠の形に落ちている影を見て、は重い瞼で数度瞬きをした。 今が何時なのか分からない。昨夜、高杉と食事もそこそこに酒を酌み交わしながらゆっくりと絶え間なく話をして、いつ床についたのかも覚えていない。 は寝ぼけた脳で記憶を辿りながら、窓辺に寄りかかるようにして煙草を燻らせている人影を目に留めた。肌蹴た浴衣の裾。少し前かがみになりながら、少し視線を落としている。寝ぼけ眼にその表情は映らない。無意識に言葉が零れた事に、は気付かなかった。 「……たさん?」 高杉がを見て、その口元が嘲笑の形に弓なりになった。 「寝ぼけてんのか?」 のそりと布団から起き上がったは、浴衣の裾を直して髪を掻き上げる。少しだけ意識がはっきりしてからもう一度高杉を見やると、高杉は煙管から火種を灰皿に落として火を消した。 「もう昼近いぞ」 「……何時に起きてたの?」 「朝」 「そう」 細かい事に突っ込めるほど覚醒していないは、まだ完璧に目覚めていない脳を目覚めさせるために、両手で頬を挟んで軽く叩く。 高杉と同じ部屋で眠ることは今更気にするほどのことではない。きっと銀時とだってそうだろうし、桂とだってそうだろう。言葉にして確認するまでもない。 「誰だ? それ」 問い掛けの意味が分からず、は高杉を見る。高杉は煙管を袖の下にしまって、膝の上に頬杖を付くと妙な笑顔でで睨んだ。包帯に隠れて片目しか覗けない瞳、はぽかんとそれに見入った。 「誰って? 誰が?」 「ひじかた。寝起きにぼそっとしゃべってたぜ」 説明されても、は瞬時にそれを理解できない。何故高杉がその名前を知っているのだろう。寝起きにしゃべった、ということは、寝言でもしゃべってしまったのだろうか。いや、夢は見なかったはずだ。寝起きに見たものは何だっただろうか。浴衣と、少し前かがみの姿勢で煙管を加えている高杉の姿。 ふと、は思い至る。浴衣、煙草、寝ぼけ眼に見る朝。高杉と土方を見間違えたのだ。はつい赤面して口元を手で覆った。 「男?」 「……そういうんじゃないわよ」 「そういう顔してるぜ?」 「ただの雇い主よ」 「ただの雇い主の名前を寝起きに呼ぶなよな」 「……」 高杉は何もかもお見通しという顔をしているので、は諦めて吐息した。長い髪が流れて、簾のように顔に落ちかかる。それを払う気力はない。どうしてこんな時に土方の事など思い出すのか、自身にも全く分からなかった。高杉と土方に似ているところなんか一つもないというのに。 「……ごめんなさい」 「別に。そういう奴がいるんならもう平気だな」 言うなり高杉は立ち上がって、さらりとの隣を通り過ぎた。は慌てて振り返って、扉の前で下駄を爪先に引っ掛けている高杉の背中を見た。 「行っちゃうの?」 「仲間を待たせてるんだ。お前が起きるまで待っててやったんだから、まぁいいだろ」 「また会える?」 「さぁ、どうだかなぁ」 扉の前で振り返った高杉は、心底嬉しそうに楽しそうに、にやりと笑った。それは昨晩と対面したときと同じような笑顔で、遠慮なく、それでいて流れるような仕草だった。 「……運が、よけりゃな」 笑顔を残して、高杉は扉の向こうに消えた。 公園のブランコで酢昆布を齧りながら両足をぶらつかせている神楽を見つけて、土方はなんとなくパトカーを降りた。神楽より先に定春が気付いて、歯を見せて威嚇してきたので煙草を落として火を消した。 「お前、旅行行ってたんじゃねぇの?」 話しかけて、ようやく神楽が土方を見る。酢昆布で膨れた頬、目が据わっていて凄みがある顔だ。その顔で何も言わないから、気圧された土方は心持ち半歩後ろに下がった。 「……どうした?」 「べっつにー。テメェに話すようなことじゃネェヨー」 「へぇ。そう」 「いや、聞けヨ! 粘れヨ! 何だヨそのあっさりさはぁ! 来々軒の醤油炒飯かヨ! 味薄すぎてご飯の味しかしないあれか!?」 「落ち着け。何があった。最初から話せ」 とりあえず土方は神楽に酢昆布を全部飲み込ませて、持っていたシガレットを渡して黙らせて、ブランコの周りを囲うようにしてある柵に腰を下ろす。子どものためのそれは低いので、土方は高く足を組んだ。 定春が大きな欠伸をして、木の下の日陰に入って丸くなる。弱い風が吹いていた。 「……銀ちゃんが、何にも話してくれないネ」 神楽はブランコの持ち手を握って、ゆっくりと漕いでいた。口には土方からもらったシガレットを咥えていて、しゃべるとそれが小さく上下に揺れた。土方は定春が昼寝しているのをいい事に煙の出るシガレットを咥えていた。 「何を?」 「のこと」 「具体的に言え」 「なんで一人で行っちゃったのかとか」 「伝言とか残していかなかったのか?」 「なかった」 「どこに行くとか聞いてなかったのか?」 「聞いてない」 「分かんねぇことだらけだな」 神楽は落ち込んだのか、土方に頭頂部を見せてうな垂れた。桃色の髪、真っ直ぐな分け目が線のように土方に見えた。そう言えば、は髪を一本に結うから分け目はなかったなと思う。 「お前、心配じゃないのかヨ」 「別に。心配するなら休暇終わっても戻ってこなかった時だろ。まだ四日ある」 考えるまでもなくの残りの休暇日数が口に出て、土方は自分の事ながら戸惑った。まるできちんとのことを考えているみたいで気恥ずかしい。神楽が顔を伏せていてくれていることがありがたかった。今のこの妙な顔を誰かに見られたくはなかった。 「……まぁ、元気出せよ。土産でも買ってきてくれるんじゃね?」 土方は立ち上がって、神楽の頭を軽く撫でてやってから踵を返した。これ以上何か話したら墓穴を掘ってしまいそうで怖かった。 パトカーに戻ると、運転席に座っていた原田が昼寝していたので叩き起こして、屯所に帰る。がいないと言うだけで、屯所内が少し静かなような気がするのは気のせいではない。隊士達の士気が落ちているというか、気が抜けている。は屯所に住む隊士達全てに対して寛容で、まるで出来の悪い子どもを嗜める母親のように接してきたから、それがいないとなると隊士達は悪い意味で自由だ。土方が怒声を上げる回数も多くなっていた。 「あ、副長。礼の件の調査報告なんですが……」 山崎と廊下ですれ違って声を掛けられる。けれど何だか妙に疲れてしまって、まともに相手をしたくなかった。 「あー。悪ぃ、急ぎじゃねぇんなら後にしてくれ」 「はぁ。じゃ、書類だけ持ってってください。はいこれ」 書類束が妙に重い。どうにかそれを部屋の机の上に叩きつけて、短くなった煙草を潰して新しい煙草を咥えた。毎晩が回収してくれていた吸殻は、最近は自分で処理していたけれど、昨夜はサボってしまって灰皿の中が賑やかだ。煙が乗ったため息を溢す。すると口元から、新しく火をつけたばかりの煙草が滑り落ちた。畳の上でじりじりと焦げてしまって、慌てて拾い上げて畳を素手で叩く。い草が焦げる臭い、畳に黒い点が着いた。 それを見下ろしていたら何だかやるせない気分になって、土方はぐしゃりと髪を掻き上げた。 20091016修正 |