四 しばらく の さよなら





新幹線は夕方だと聞いていたので、少し早めに万事屋に戻ったらがいなかった。

「銀ちゃん、は?」

銀時は椅子に座って、頭の後ろで手を組んで昼寝に勤しんでいるようだ。神楽からはその旋毛しか見えない。
定春の足の裏を拭いてやってから部屋に入って、神楽はぐるりと部屋を見回す。坂本とと銀時が使っていたらしい湯飲みがそのままだった。

「銀ちゃん、起きてヨ」

傘の先で銀時の旋毛を突いたら、銀時はよく分からない悲鳴を上げて椅子から転げ落ちた。どうやら狸寝入りしていたらしい。神楽は機嫌を害して目を細めた。

「何やってんだヨ糖分じじぃ」

「べっ、別に何でもねえよ。ていうか、なんでピンポイントで旋毛を突くんだ。起こすなら普通に起こせ馬鹿!」

はどこ行ったネ?」

「帰ったよ。坂本と」

「帰った? 何で? これから旅行アルよ?」

「あぁ。その話なかった事にしてくれって。用事出来たってさ」

「え? 何でアルか? の方から誘ってきたのに?」

「仕方ねぇだろ。急用なんだから。土産買ってくるって言ってたから、許してやれよ」

そう言って、銀時はまた昼寝の体制に戻ってしまう。
なんだか取り残されたような気分になった神楽は、胸がじりじりとするのを感じながら考えた。

が旅行に誘ってくれたことは本当に嬉しかったのだ。ついこの間までつんけんとした態度ばかりとっていた自分を、はいつも笑顔で受け入れてくれて、どんなに酷い言葉で罵っても優しかった。優しくしてくれた。だから自分もに優しくしてあげようと思ったし、二人きりで旅行をするなら銀時の事をもっと話したり、できるかと思っていた。とたくさん話をしようと思っていた。思っていたのに。

「銀ちゃんのばか――――!!」

「うおアアアアアアァァァァァアアア!! 何しやがんだてめええぇぇえええ!!」

苛立ちの捌け口が手近になかったので、銀時に当たることにする。だってを帰してしまったのは銀時なのだから。





その頃は、坂本が借りてきたレンタカーの助手席に座って高速道路の入り口をくぐったところだった。ちなみに、未だに現状を把握できてはいない。

「あの、坂本さん?」

「おー、何じゃ? ちゃん」

車内には坂本が選んだらしい音楽がずっと流れている。おかげで沈黙は怖くはないけれど、陽気なのだかうるさいのだか激しいのだかよく分からない曲調は少し耳障りだ。それは妙に坂本の醸し出す雰囲気と似通っている。

は坂本に多少なりと苦手意識を感じてしまっているのだ。それを分かっていながら、逃げ場もなく対処法もよく分からないまま、横目で坂本の横顔を盗み見ていた。

「坂本さん。お仕事の方は大丈夫なんですか?」

「あぁ。そんな事気にしちょらんでもええよ。うちの部下は優秀なんじゃ」

「でも、せめて連絡くらいはした方がいいんじゃ……?」

「ははっ! ちゃんは心配性じゃのう」

からりと、まるで癖みたいに笑いながら、坂本はぐんとアクセルを踏む。背もたれに体を押し付けられるような圧力を感じて、は生唾を飲む。耳鳴りがした。

「そんなに心配せんでも、俺だってもう三十路前の大人じゃ。もうちょっと信用してくれてもいいぜよ」

「あ、別に信用してないって訳じゃ……。すみません」

「いいや、自分がいい加減な性格してるのは重々分かってるきぃ。仕方なか」

「……すみません」

「何を謝るぜよ? あはははっ。あはははっ!」

また笑って、坂本は高速道路の緩やかなカーブを速度を上げて曲がる。どうやら運転には慣れているようで、ハンドルを握る手は淀みない。速度は制限速度をいくらか越えていて、他の車をすいすいと追い抜いていく。

「それはそうと、京までの道は長いぜよ? ちゃん」

「え? 京に行くんですか?」

「あぁ。仕事柄、こういう情報は結構流れてくるもんなんじゃ。高杉は今、京に潜伏しちょるらしい」

高杉の名前を聞いて、は思わず肩を震わせた。高杉とは、あの夜以来連絡も取っていない。

「……それは、確かな情報なんですか?」

「あぁ、確かじゃ」

坂本は自信たっぷりに頷く。

ものすごい速さで流れていく景色を見やりながら、は軽く目を伏せた。

高杉に会えたとして、何を話せばいいのだろう。高杉はとても大切な人だ。一番に大切な思い出の、その真ん中にいる人だ。けれどその事に気付いて、は泣いたのだ。悲しかったのか、嬉しかったのか、その理由は未だによく分からない。気持ちは曖昧なまま、ぐるぐると胸の中で渦を巻いている。こんな気持ちのままでは、一体どんな顔をすればいいのだろうか。

「なぁ、ちゃん」

「はい?」

「京までの道は長いき。暇つぶしに、何か話でもしてくれんかの?」

「話?」

「そうじゃのぉ。あいつらとの昔話なんかいいの。何せ、わしはあいつらが子どもの頃の事は全く知らんからなぁ」

少しだけうるさい音楽の向こうで、坂本は楽しそうにそう言った。
は坂本の笑顔を見て考え込む。彼らとの思い出。思い出せるものは、あまりに長い時間が経ってしまった今となっては、とても少ない。記憶に残る映像も曖昧だ。けれど覚えているものは、そう、それこそ、一番大切な思い出のはずだ。

「……それじゃ、覚えている限りの事だけなら……」

早い速度の中で、は遠く、故郷の萩の地に思いを馳せた。一番はいつだって、一番。それは絶対に揺るがない価値であるはずだった。



20091016修正