三 みちゆき の いどばた 「おー、マヨラ。こんなとこで何してるアル。マヨ待ちか?」 「いや意味分かんねぇし。何マヨ待ちって」 今日もいい天気である。こんな日でも平日なので、一応公務員の土方は巡回中だった。 神楽は定春と一緒で、左手で傘を差して右手で酢昆布を持っている。定春は嬉しそうに舌を出しながら尻尾を振っていた。 「散歩?」 土方は吸っていた煙草を落として足裏で潰す。神楽はまだ少女なので、それ位の気遣いはする。 立ち話も何だし時間の無駄にもなるので、土方は巡回コースを辿るのに足を止めない。神楽はその背中を見上げながら後を追った。さらのその後を定春が追った。 「そうアル。これから旅行でしばらく定春の相手できなくなるネ」 「旅行? 万事屋の野郎と行くのか?」 「違がうヨ。銀ちゃんに旅行なんかする甲斐性も貯金もないネ。お前のとこのとだヨ」 神楽が言うと、ふと土方は足を止めた。神楽を振り返ったその表情はきょとんとしていて、いかにも初耳といった様子だった。 「聞いてないアルか?」 神楽が隣に並びながら問うと、土方は促されるようにして再び足を動かす。神楽は少しだけ足早になって隣に並んで、土方の横顔を眺めた。 「休暇貰ってたのは知ってたけどな」 「旅行する事は知らなかったのかヨ」 「知らなかった。だから何だ?」 「の事だロ? 気にならないのカ?」 「気になるもならねぇも、せっかくの休みどう使おうがあいつの勝手だろうが。ていうかついてくんなよ。仕事中なんだよ俺は」 「せっかくの休みにデートもしてやれない男は危ないネ。私のマミーとパピーもそれで別れ話した事あるって言ってたヨ」 「あのな、別に俺はと付き合ってねぇし。余計な詮索してんじゃねぇよ」 そして二人はしばらく歩き続けた。順番としては、次に言葉を紡ぐのは神楽のはずで、それを当然の事と思って土方は待っていた。煙たがるふりをしながら、仏頂面で。神楽は自分から話を止めるという事をしない。それがいつもだった。 だから、横断歩道を一つ渡って、曲がり角を一つ曲がって、橋を一つ越えようとしても口を開かない神楽はおかしい。 そしてようやく、土方から聞いた。 「ていうか、何?」 そろそろニコチンが切れ掛かっているような気がしていて、口元が寂しい。 神楽は何か考え込みながら酢昆布を齧っている。これは何かあると踏んで、土方は立ち止まってその顔を見下ろした。橋の上、木造のそれの手摺に背中を預ける。 「って、」 「あ? 何だ?」 神楽は定春の獣臭い息を背負いながら、眉根を寄せて吐き出すように疑問符を投げつけて来た。 「って、お前達の家族なんじゃないアルか?」 「……はぁ?」 土方は声と共に、かくりと肩を落として手摺で背中を滑らせた。心底呆れてしまった。 神楽は至って真剣な顔をしているけれど、そのせいで余計に言葉が偽者臭い。何を訳の分からないことを言い出したのか。 「何言ってんの? お前」 神楽は酢昆布を全部口に押し込んでそれを飲み込んで、土方の額に顔を突き合わせるようにして詰め寄った。 「だって、が言ってたアル。同じ屋根の下で、一緒にご飯食べて寝てって、そういう事をするのが家族だって」 「あぁ、まぁ、そりゃ間違ってねぇだろうけどよ」 「けど、なんアルか?」 「別に仕事で一緒にいるだけだろうが。それに、家族ってのは血が繋がっててなんぼだろ?」 「血とかそういうのは関係ないとも言ってたヨ」 「あぁ、そうかよそうかもな。ていうか、何なんだよ急に。何でそんな話になるんだ? 誰かに何か言われたのか?」 神楽は再び口を噤む。少し躊躇うような間だ。土方は辛抱強く待った。 神楽の脳裏には、数日前に和菓子屋の傘の下で話をしたの姿が浮かんでいた。始終笑顔で、銀時との事を話してくれた。笑顔だったけれど、どこか少しだけ寂しそうだった。銀時は神楽の家族だと、言ってくれた。自分はもう家族ではないのだと言ってくれた。あの時確かに寂しそうに、は笑っていたのだ。 「……が、言ってたアル」 「何をだ?」 銀時との関係をどこまで話していいのか、神楽には分からない。の様子を見ていれば、何か秘密を持っている事は女のカンで明らかだし、は悪い人間ではない事を知った今では、それを裏切るような事はしたくなかった。だから、言葉を選ぶなんて慣れない作業をしながら、神楽はそれでも言った。 「は、昔銀ちゃんと家族だったって」 「あぁ、昔馴染みだって言ってたな」 「けど今はそうじゃないだロ? 銀ちゃんの家族は私達アル。だから、の家族はお前らなんだって、私思ってたネ」 「そりゃぁ、随分と安直な考え方だな」 「なんだよ、アンチョクって。美味いのか?」 「簡単でいい加減って意味だ。てめぇの勝手で都合のいい解釈すんなよ」 「そういう事言ってるんじゃないアル」 「じゃぁ何なんだよ、はっきり言え」 神楽の背を、定春が頭でぐいと押した。その勢いでもっと土方に詰め寄る形になった神楽は、もう額と額がくっ付かんばかりの距離だ。土方は気圧されて、手摺の位置を基点にして少し仰け反った。 「私は一回家族が壊れてるから知ってるアル。家族がいないってすごく寂しくて苦しいネ。そんな時普通笑ったりできない。だから、あんな風に笑うはきっと今の家族がいるんだって思ったヨ。お前がの家族なんだって思ったヨ。けどそれが違うって言うんなら、の笑顔は偽者ネ」 「ちょっと、お前落ち着けよ。何なんだよ急に。ていうか口、酢昆布臭ぇんだよ。食い過ぎなんだよお前」 土方は神楽の肩を押し返して、動物を宥めるみたいに頭を叩いてやった。 神楽は当たり前のように新しい酢昆布を取り出し食べた。それを見た土方は煙草を吸わずに我慢している自分が馬鹿らしくなったけれど、そこは大人なので耐えた。 「で、つまりお前は何が言いてぇんだ? を家族にしろって言うならそれは無理な話だぜ」 「なんでヨ? はお前の女なんだロ?」 「違ぇよ。誰に吹き込まれたんだよそんな事」 「銀ちゃんも沖田も皆言ってるヨ」 「あぁなんか納得できる顔ぶれだなそれ」 「お前、の事心配じゃないアルか? 何とも思ってないアルか?」 真剣な顔で問い掛けてくる神楽に、土方はすぐに答えてやる事ができない。 の笑顔が偽者だとか、家族がいなくて寂しがっているだとか、考えた事もなかった。近頃はどたばたが重なって疲労が顔に表れるようにはなっていたけれど、それとこれとは違う話だろう。きっと。 おそらく、神楽は土方の知らないを知っている。それと同じように、土方は神楽の知らないを知っている。それは当然の事で、同時に無駄な嫉妬を生むのは仕方のない事だ。土方と神楽は違う人間なのだから。 けれど、だから言える事もある。土方は、胸ポケットから煙草とマッチを取り出して火を着けた。これで話を終わりにしたかったからだ。長く息を吸って、長く吐く。神楽にとっては、長い時間。 「心配してるって言って欲しいんだろ? お前は」 「ていうか、普通こんな話聞いたら心配するだロ」 「悪いけどな、お前が思ってるより俺達は歳食ってんだよ。歳食ったら家族がいなくなるのなんて当たり前だし、けどそれがなくたってちゃんと金稼いで生きていけんだ。そんな事、あいつはちゃんと分かってる」 「なんでお前がそんな事分かるネ?」 「餓鬼のお前に説明したって分かんねぇよ」 とその時、神楽の背後から身を乗り出してきた定春が土方に向かって鼻っ面を突きつけた。ものすごく勢いが良かったから、土方は再び手摺を基点に、ちょうど九十度になるくらいにまで仰け反った。咥えていた煙草が口から離れて、流れる川に落ちた。 「てっ、てんめぇ! 何しやがんだいきなりぃ!!」 定春はぐるる、と喉の奥で唸った。どうやら煙草の煙が癇に障ったらしい。 睨み合う土方と定春を酢昆布を齧りながら眺めていた神楽は、少しだけ目を伏せて、土方の煙草が落ちていった川を見下ろす。煙草なんかもうどこにも見当たらなくて、淀んだ水がさらさらと流れているだけだった。 神楽は呟く。定春と喧嘩中の土方には聞こえないと、分かっていて。 「……でも、は絶対寂しがってるヨ。女のカンは当たるんだからネ」 20091016修正 |