二 ふたり たび の じょ 壊れた玄関はそのまま、坂本が乗ってきたらしいロケットも壊れたままだ。風通しが良くなった玄関を横目で見ながら、これでいいんだろうかと、は思っている。 「こいつ、坂本辰馬。昔のダチ」 銀時は隣に座った坂本を指差してそう言う。は丁寧に腰を折って挨拶を返した。 「初めまして。です」 坂本は新八が出したお茶をずずずっと啜ると、まじまじと丸いサングラス越しにを見る。頭のてっぺんから爪先まで視線を二往復させると、少しだけ声のトーンを落として銀時の耳に口を寄せて言った。 「何じゃ金時。俺が知らん間に嫁さんもらっとったんか? 水臭い奴じゃのぉ、なんで知らせてくれなかったんじゃ?」 「いや違ぇよ。何妄想してんだよ」 銀時は思い切り坂本の頬を押しのける。坂本は派手にバランスを崩したけれど、奇跡的に湯飲みのお茶は零れない。 「なんじゃ。違うんか?」 「ただの昔馴染みだよ」 「昔って、いつの昔じゃ? わしと会う前か?」 「まぁな。何だっていいだろ別に」 銀時と坂本はそれからしばらく、には訳の分からない談義を続けていた。 はお茶を飲みながら、なんとなく所在無く口を噤んでいる。神楽は旅行の前に定春の散歩に行くといって出掛けてしまって、新八も大人の三人を気遣ってそれについて行ってしまった。 坂本は焦茶色の天然パーマに丸縁のサングラスを掛けていて、銀時より少し背が高く、体つきもしっかりしている。着ている洋服は銀時とは比べ物にならないくらい高価な物のようだ。 銀時にもこんな知り合いがいたのだと思うと不思議だった。坂本は快援隊という貿易組織を率いているらしく、言い換えればつまり社長だ。しがない自営業の銀時とは雲泥の差の経済力があって、背負っている責任も比べ物にならない。そんな人が何故、銀時と知り合いなのだろうか。 「それでお前なんで来たの? 人の家壊しに来ただけか?」 「玄関が壊れたのは偶然じゃきぃ。大目に見ろよ?」 「家破壊されて大目に見れる奴がどこにいんだよ」 「しばらく来ない間に銀時は心が狭くなったみたいじゃの。なぁ? さん」 「え?」 ぼんやりしていたは二人の会話を聞き逃した。きょとんと目を見張ってしまう。 坂本の呑気な笑顔。死んだ魚の目で、不機嫌そうに眉根を寄せている銀時。が包むように持ったままの湯飲みから、ふわりと湯気が昇っている。 「あぁ、ごめんなさい。聞いてなかったわ」 「あぁ、そうか。あはははっ、あはははは!」 「何がおかしいんだよ。いちいちうるせぇな」 「あぁあぁすまんすまん。あはははっ、あはははは!」 「だからうるせぇって」 銀時は坂本の後ろ頭を殴る。勢い付いて、坂本は強かちゃぶ台に額を打ち付けた。ごんっと、ものすごくいい音がした。 こんな風に暴力が挨拶代わりになる関係を、は知っている。銀時と桂は会う度に何かしらお互いを罵り合っているし、銀時と高杉は会う度に刀を向け合っていがみ合ってばかりいる。真撰組では日常的にバズーカ砲が飛び交うくらいだ。拳が出るくらいなんて事はない。 けれどそれが生まれた理由はきっと何かある。そしてそれを理解することはないと、は漠然と思った。坂本はきっと、が知らない銀時を知っているのだ。 「そんで、さんは銀時の何なんじゃ?」 坂本は軽やかに笑いながら足を組んで座りなおして言う。銀時は心底嫌そうに鼻をほじりながら首を仰け反らせた。 「だから、昔馴染みだっつってんだろ」 「そうじゃなか。どういう昔馴染みかって聞いとるんやって」 「出身が一緒なんです。それと育て親が一緒で……」 「おぉ! なぁるほどなぁ! そういうことだったんか!」 が答えると、坂本は銀時を無視するようにして身を乗り出してくる。は思わず苦笑いして、申し訳程度に小首を傾げた。 「俺は戦争の時に銀時と知り合ってのぉ」 「戦争って、あの攘夷戦争ですか?」 「あぁ。あの時の銀時はすごかったなぁ。白夜叉ー、なんて呼ばれてぶいぶい言わせてたもんじゃきぃ」 「はぁ。白夜叉」 「そうそう。それからの……」 「おい。お前それ以上言うな」 ふと、銀時が口を挟んだ。妙に強い声に二人は視線を銀時に集める。銀時は両手を頭の後ろに組んでソファに深く凭れている。そして、がんと両足をテーブルの上に乗せて高々と足を組んだ。湯飲みがぐらりと傾いだけれど、どうにか転倒は免れた。 「なんじゃ? 銀時。行儀悪い奴じゃな」 「いいから、それ以上しゃべんな」 「なんでじゃ? お前の武勇伝じゃろ。えぇやないか」 「だから黙れっつってんだよ」 坂本の頭に、銀時の掌が落ちる。茶色の天然パーマが綺麗に潰れて、坂本の前歯が湯飲みに激突した。 坂本が痛みに悶えている間、銀時はを睨むように見やって口を開く。魚が死んだ時の胡乱な瞳。 「。お前時間大丈夫なのかよ?」 「え? 時間って?」 「旅行行くんだろ? 電車とか、色々あんだろーが」 「新幹線は夕方だから。それに神楽ちゃんの準備もあるでしょ?」 「なんじゃ、金時。さん追い出すみたいな言い方しよって! 相変わらず礼儀の一つも分かっとらん奴じゃの」 「人の家壊して一言も謝らねぇやつに礼儀云々言われたくねぇんだよ」 「あぁそう言えば、桂や高杉はどうしちょるんじゃ?」 不機嫌な銀時の態度を物ともせず、坂本は口元の出血を拭いながらあっけらかんと言う。さすがにも、もう少し空気を読んだ言葉を使ってくれないかと心中で思うくらい、坂本はずっと笑顔だ。何を考えているのか分からない。 「お前、二人と仲良かったじゃろ? 今何しとるか知っとらんのか?」 「知らねぇよ。ヅラはたまに顔くらいは見るが、高杉はどうだかな」 「何じゃ、そうなんか。さんは何か知っちょるんか?」 「いえ。私も何も」 「へぇ。そりゃぁ寂しいこっちゃなぁ。昔の友達大事にせんのか? 冷たい奴じゃのぉ金時は」 「何で俺にだけ言うんだよ」 「さんは二人に会いたいとか思わんのか? 幼馴染なんじゃろ?」 坂本に笑顔で首を傾げられて、はつい口を噤んでしまう。 桂とも高杉ともずっと会っていない。桂は真撰組が最重要指名手配犯として執拗に追っているから情報ぐらいは耳に入るけれど、高杉に関してそれは全くない。潜伏期間が長く、だから真撰組も手を焼いている。 確かに、心配だった。一番に大切に思う過去への郷愁はにとってあまりに大きな価値がある。会えるものなら会いたいと思う。 「さん。これから旅行なんか?」 ふと、坂本が少しだけ穏やかになる。どう穏やかに、という訳ではない。今までは窺えなかった物が、転がり落ちるようにやってきた。それは、気遣いだった。 「……えぇ、そうですけれど……」 坂本は笑顔で、は呆然として、真っ直ぐに顔を見合わせた。坂本は丸いサングラスの向こうで何かを考えている。それが何なのか、には分からない。 「せっかくの旅行じゃ。二人に会いに行ってみたらどうじゃ?」 「坂本さん、あの、言っている事がよく分からないんですけれど……」 「俺が案内しちゃるよ?」 「「はぁ?」」 銀時との声が重なった。 間抜けな二人の声の間で、坂本は間抜けな表情で笑っていた。 20091016修正 |