一 ひとよ ひとよ に はつ みごろ 「休暇?」 「はい。近藤さんがどうかって」 土方が予想以上に驚いてくれたので、は嬉しくてくすくすと笑う。小さな目を丸くした土方はなんだか可愛らしくて、夜の煙草は白い煙を立ち上らせていた。 「ずいぶん急だな」 「そうですか? 近藤さんは前々から申し出てくれてたんですけど」 「俺は聞いてねぇぞ」 「だから今相談してるじゃないですか。私がいない間はパートの家政婦さんを雇ってくれるそうですから、家事の方は安心してくださっていいですよ」 「期間は?」 「一週間です」 土方はつまらなそうに目を細めて、唇だけで煙草を上下に動かした。煙が揺らぐ。今日の夜は妙に明るく、煙草の煙がそのまま雲になったような紫色の雲が空を泳いでいる。月が雲の向こう側にあるからだ。 「そんなに心配しなくても、すぐ戻ってきますよ」 「別に心配してるわけじゃねぇよ」 「だったら何がそんなに気に食わないんです? はっきりしてもらえませんか?」 土方はそろそろ短くなってきた煙草を灰皿で潰す。少しだけ荒っぽい仕草に、硝子製のそれがごとりと動いた。 はそれを眺めながら、興味深く土方の横顔を見る。土方は自分に都合が悪いと決して視線を合わせない。そんな時の土方の顔はとても面白くて、はとても好きだった。 風邪が全快してからの土方はすっかりいつも通りに戻った。休むだけ休んで眠るだけ眠って、の看病も追い払うようにして部屋に閉じ篭って、たった二日で全快してしまった。が目を見張るほど自分勝手な回復だったので、少し悔しいくらいだった。病気をしたからと言って誰かに甘えるなんて事を、土方はしないのだ。 あの夜の事は、疲労から来た睡魔に負けてしまっただけの事らしい。早朝稽古に出て来た近藤に助け出された事も、の手を握ったまま硬直した手のひらがそのまま固まっていたしまった事も、すっかり忘れているというのだから多少腹立たしい。 けれどこの事件を境に土方がどこか柔らかく優しくなった事を、は確かに感じていた。無意識の中にも意識はある。それは紛れも無く、には、喜ばしいことだった。 「里にでも帰るのか?」 ふと、土方がそう言うので、はつい目を丸くした。には家族がなく帰る場所も無いことを、土方は知っている。土方の方から疑問を投げかけて、はそれに答えた。二人にとっては大きなきっかけだ。 だから、この問い掛けは不自然なのだ。は首を傾げて聞き返した。 「どういう事ですか?」 「一週間も休むんなら、遠出できんだろうが。違うのか?」 「だって、里も何もありませんもの。家族もいないし、家だって無いですし……」 「墓ぐらいあんだろ」 当然のように言われて、は初めてその事に気付く。墓とは、死んだ人の魂が眠る場所だ。 松陽が死んだ時の事を思い出そうとして、それが出来なかった。松陽は、ある日突然寺子屋にやってきた役人達に連れて行かれてそれきり帰ってこなかった。後から聞いた話ではどこかでその首が晒されたらしいけれど、はそれを見ていない。兄弟達と別れる時も、自分の行く先の事ばかり考えて彼らをかえり見ることをしなかった。心からその無事を祈ってはいたけれど、同時に自分に出来ることは何も無いのだと諦めてもいた。 彼らの墓など、どこにあるのだろう。彼らはどこに眠っているのだろう。 「?」 声を掛けられて物思いから覚める。一先ず笑顔を取り繕って、見上げた。土方と目が合った。 「どうかしたか?」 「いえ、何でも」 「顔色悪いぞ。疲れ溜まってんじゃねぇのか?」 「大丈夫ですよ。ちょっとぼんやりしてただけです」 「そうか」 「はい」 「まぁ、ゆっくりして来いよ」 土方は後ろ手に片手を付いて、夜空を見上げながら煙を吐き上げた。 はその横顔に見惚れながらそのままの気持ちで微笑む。この人が、とても愛しい、と思っていた。 「ありがとうございます」 そして、翌日の万事屋である。 「というわけで、一週間程温泉郷にでも行って来ようと思うんだけれど、神楽ちゃん一緒にどう?」 「まじでか!? どてっ腹アルな!」 「それを言うなら太っ腹よ。神楽ちゃん」 新八が入れた粗茶を飲みながら、ソファに並んで座ったと神楽はとても楽しそうに笑っている。 対してその正面に座った銀時と新八は、茶を載せていた盆を盾にしてひそひそと耳打ちをする。二人の顔色は、同じように青かった。 「ちょっとちょっと銀さん。一体どうなってんですかこれ? なんでこの二人急に仲良くなっちゃってんですか?」 「知らねぇよ、俺に聞くなよ。俺だってびっくりしてんだよ。何があったのこれ? 何の突然変異? 何と何の化学変化?」 「僕だって分かりませんよ。ていうか、さんと仲が良いのは銀さんでしょ?」 「いや仲良いって言ったって理解できない事はあんだろうが。女の脳みそはある意味で小宇宙だよ? コスモだよ? お前も姉貴いんだからそれ位分かんだろ」 「えぁ、まぁ、それはそうですけど……。これはどう見たって異常でしょ? 神楽ちゃんこの間までさんの事あからさまに避けてたらしいじゃないですか」 「だぁかぁらぁ俺が聞きてぇんだってそんな事……」 「という訳で銀さん。神楽ちゃんを一週間借りて行ってもいいかしら?」 と、笑顔で問われて、銀時と新八はびくびくしながら盆の影から顔を出す。それは楽しそうに笑っていると、温泉郷のパンフレットを片っ端から捲っている神楽。二人のツーショットはなんだかとても非現実的だった。 「心配しなくてもお土産は期待していいわよ。旅費だって私が持つし」 「いや、別にそんな心配はしてねぇんだけどさ」 「あらそうなの。それじゃ問題ないわね。良かったわね、神楽ちゃん」 「ねぇねぇ、私ここ行きたいアル。この温泉プールある所」 「神楽お前はちょっと黙ってろ」 銀時は盆を神楽の顔面に押し付けるようにして黙らせた。神楽は息を詰まらせてソファに倒れこむ。 不安そうに見守る新八の前で、銀時は真剣に眼差しを細めた。銀時がなぜそこまで神経質になるのか、新八に理由は分からない。 「お前、仕事の方は大丈夫なのか?」 「えぇ。実は纏まった休暇をもらっちゃってね。せっかくだからと思って」 「随分突然だな。何かあったのか?」 「別に何もないわよ。近頃ばたばたしていたのがようやく落ち着いた所で、それで近藤さんが気を遣ってくれたの」 「へぇ。そうなのか」 「銀さんを誘ってもいいんだけれど、それで皆にあらぬ誤解をされても迷惑だから。ごめんなさいね」 「さらりと酷い事を言うな。銀さんこれでも繊細なんだからな」 「知ってるわ。だからそれも理由なのよ。分かるでしょ?」 神楽と新八は首を傾げていたけれど、銀時は理解できるものを理解したくなくて、荒々しく吐息した。 の性格をよく知る銀時にすれば、今回のの休暇を怪しむ理由は十二分にある。 社会不適合者と言われても仕方が無いくらい怠惰な日々を送る銀時と比べて、は比較的まっとうな人生を歩んできた人間だ。きちんと、生きていくために仕事をしている人間だ。ちゃんとしている、きっちりしているという言葉が良く似合う。 が今とても大切にしているのは真撰組の家政婦という仕事で、銀時が知る限り、はその真撰組にとても大切にされている。技術的な意味においても、精神的な意味においてもだ。それは間違いない。 そんな職場を一時でも離れることに何の迷いも無いのは何故だろう。は中途半端を許さない。それは昔から変わらない、の大切な心の一つだと、銀時は思っていた。けれど今のにその心は見出せない。 「……大丈夫なの? それで」 情けないことにそれしか言葉が出なかった。新八が妙に心配そうな視線を送ってきたけれど、無視をした。だって格好がつかないから。 「大丈夫よ。神楽ちゃん強いじゃない。不審者に絡まれたって返り討ちよ。ねぇ?」 「もちろんアル! 銀ちゃん! の事は私に任せるネ! どんな男でもぼっこぼこのばっきばきにしてやるアルよ!」 「わぁ頼もしいー」 ソファの上に立ち上がってガッツポーズを決める神楽と、ぱちぱちと拍手してそれを称える。それはとてもとても、不思議なツーショットだった。 銀時と新八は、今度は自分達の手のひらを壁にして耳打ちをした。 「銀さん。もうこれ何も言わない方がいいですよ。僕らには手に負えませんよこの二人」 「あぁ。もう、なんか、心配してるこっちが馬鹿馬鹿しくなってくんな。しかも、なんか、惨めだし。何なんだこれは? 別に俺達何も悪いことしてないよな? なぁ?」 と、その時である。爆発音がした。 木材と硝子が砕ける激しい音共に姿を現したのは、焦げ茶色の天然パーマと丸縁のサングラスの男。 「よーお金時! 久しぶりじゃなぁ! たまたま近くまで来たんで遊びに来たぜよー!」 銀時は泣きたくなった。何回家壊すんだこいつ、と心の中で嘆いた。 20091016修正 |