八 はばかり くずおる いちご 神楽はその日も、定春の散歩と理由をつけて万事屋を出ていて、なのに街中でと鉢合わせてしまって驚いた。のしのしと歩く定春の隣で、つい立ち止まってしまう。に見つからない内にどうやって逃げようか考えたけれど、突然の事に頭が回らない。どうしよう。 けれど、どう考えたって定春の巨体は目立つので、はすぐに神楽を見つけてしまった。 「あら。こんにちわ、神楽ちゃん」 笑顔で挨拶をしてくるを、神楽はぐっと顎を引いて、上目遣いに睨み付けた。は神楽の視線に臆した様子もなく、綺麗に笑っている。 「……オウ」 「お散歩中? 銀さんは一緒じゃないのね」 「別にいっつも一緒って訳じゃないヨ」 「そう。よかったら一緒にお茶でもしない?」 「……」 頷くかどうか、迷った。と二人きりでなんて、一体何を話したらいいのか分からない。 けれど、の言葉に戸惑っているという時点で、神楽はをそう嫌ってはいないし、煙たく思ってもいないのだ。神楽自身がそれに気付いていないから、その悩みは複雑に渦を巻く。神楽はまだ子どもで、だからこそその渦の流れを止める術を知らなかった。素直になる事は、きっかけさえ掴めれば容易い事なのに。 「この間ちゃんとご馳走出来なかったから、お団子がいいかしら? 神楽ちゃん何がいい?」 「……別に何でも良いアル」 「そう。じゃ、美味しいお店連れて行ってあげる」 は神楽の答えを待たずに歩き出した。神楽はまさかそれを無視する事もできず、散々葛藤した末に、定春に背中を押されるようにしてその後を追った。 は神楽を心配する様子もなく、一度も振り返らなかった。 が案内した店は、定春を気遣ったのだろうか、店先に傘を開いて長椅子を出している小さな和菓子屋だった。は柚子茶を注文して、神楽はここぞとばかり、攻撃的に品書きの初めから順番に追加注文し続けた。最初はみたらし団子、次は餡団子、胡麻団子、柏餅、苺大福。品書きの全てを食らい尽くしてやろうという気分だった。 「この間はあんまりお話できなくて、ごめんね」 神楽はの隣に座っているので、お互いに視線は人通りの多い往来に向いている。もちろん定春もだ。神楽はごくりと団子を飲み込んで、不機嫌そうな演技をして答えた。 「別に気にしてないアルよ。銀ちゃんと話しに来てたんだロ」 「ちょっと用事はあったけど、別に銀さんとだけ話をしたかった訳じゃないわよ」 「へえ」 「銀さんが心配してたわよ。近頃元気ないみたいだって」 何かあったの? と尋ねながら、は神楽を見やって首を傾げる。神楽よりずっと背の高いから見下ろされる。こうされたら、きっと腹が立つんだろうなと漠然と思っていた神楽は、実際そうならない自分に驚いていた。 の笑顔は綺麗だ。どうしてだろう。特に器量のいい顔立ちをしている訳ではないのに、笑顔だけ、それだけが特別綺麗だ。理由は分からない。言葉が出なかった。それは、口いっぱいに詰め込んだ柏餅の苦さだけが原因ではなかった。 「私には話してもらえない?」 「……」 「別に、銀さんに告げ口したりしないから。言ってくれていいのよ?」 「……分かってる、アルか? もしかして……」 「何となく予想してるだけよ。本当かどうか知りたいから、聞いてるの」 神楽は時間をかけて柏餅を飲み込んで、煎茶でそれを流し込む。片手には苺大福を持って、傍らに置いておいた傘を何となく見下ろした。 あんなに嫌悪していたはずのが、今はそうでもない気がしていた。何故なのかは分からない。といると分からない事が溢れるから、こんな気持ちになる。苛々と腹が立って、鬱陶しくて、話しかけて欲しくなくて。が分からないから、怖かったのだ。怖い人に、銀時を盗られてしまうのが嫌だったのだ。 「……お前、……」 「うん?」 「……お前、銀ちゃんと家族だったん、だロ?」 悔しいことに、声が震えた。このたった一言だけを、ずっと言いたかった。それだけのことで、今まで出したこともないような勇気を大量に消費した。体が枯れそうだった。いつのまにか、右手の中で、苺大福が可哀相にも潰れていた。 「そうねぇ。有り体に言えばそうかもね。同じ釜の飯を食べてきたというか、なんと言うか」 「なんだよアリテイって。美味いのか?」 「嘘偽りなくって事よ。別に血が繋がってるとかそういう事じゃないけど、同じ屋根の下で、同じ人に育ててもらって、同じ寺子屋で勉強して、一緒にご飯食べて寝て、……って、そういう事をするのは家族でしょう?」 「……そんな細かいトコまで聞いてねぇヨ」 「あ、ごめんなさい。すいません。苺大福追加お願いします」 後半は店主の親父に向けられた言葉で、親父は手際良く神楽が潰した苺大福を雑巾で包んで片付けた。新しい苺大福が皿の上にちょんととぼけて鎮座する。 「私が銀さんと家族だった事が気に食わないの?」 「そんなんじゃねぇよ、くっだらねぇ。私だってもう餓鬼じゃねぇんだヨ。コロナミンCも飲めるんだヨッ」 「そっか。そうよね、ごめんなさい。じゃぁ質問を変えるわ」 は一口お茶を飲んでから、言葉を選ぶような間をおいて言った。まるで、大切な宝物を自慢するように。秘密を明かすように。相変わらずの、綺麗な笑顔で。 「神楽ちゃんが知らない銀さんを、私が知っているのが許せない?」 が怖かった。神楽が知らない銀時を知っているから、いつか銀時を盗られてしまいそうで怖かった。神楽にとって銀時は地球での家だったから、家を失う事は怖かった。得体の知れないこんな女に銀時を、家を受け渡したくなかった。もしそうなったら、どうしたらいいか分からなかった。 けれど、銀時の過去を知らない。聞こうと思えばいつだって聞けた。だって同じ屋根の下に住んでいるんだから。聞けなかったのはがいたからだ。銀時が話さないのは秘密があるからだと思っていた。 「……なんで分かったアルか?」 「何となくよ、別に」 「……何なんだよそれ……」 「あのね、これだけ言わせてね。神楽ちゃん」 はいつの間にか飲み干してしまったらしい湯飲みを置いて、真っ直ぐに神楽を見た。神楽も、その日初めてときちんと視線を合わせた。 「銀さんと私は確かに昔家族だったけれど、今は、神楽ちゃんが銀さんと家族なんじゃないかしら。私はもう違うのよ。なんて言うのかな、お友達に格下げ、って言うの?」 「……どういう意味アルか?」 「そのままの意味よ。私達は、家族であることを止めたの。辛い事が沢山あって、大切な人が死んでしまって、それだけで家族が壊れたの。皆が一番辛くて苦しい時に、私は銀さん達と一緒にいる事を止めたの。つまりは逃げたのよ」 「……」 「私がした事は、家族として間違っていたし、失格だなって思うのよ。その時に、私と銀さんとは終わってるの。もうこれ以上の関係にはなれないのよ」 神楽にはの言っている事の半分も理解は出来なかった。けれど、随分酷い事を綺麗な笑顔で矛盾させている事は分かったので、大人の狡賢さを呪った。どうしてそんな事を言うんだろう。家族から格下げ、だなんて。何だそれは。そんな事は本当にありえるのだろうか。どうして、そんな残酷な事を、そんな笑顔で言うんだろう。 「……酷いよ、お前……」 少しだけ泣きそうに喉を詰まらせて、神楽はを睨んだ。反射的に苺大福を掴む。そして、また潰した。 は最後に、ごめんねと一言、謝った。 20091016修正 |