七 ななつ の こ





「総悟の様子はどうなんだ? トシ」

と、近藤に問われたので土方は、

「瀕死。が面倒見てるから平気だろ」

と、あっさり言った。

朝食の席の事である。





目を覚ました時、訳が分からなくなって混乱した。何が分からないのか分からなくて、見慣れたはずの黄ばんだ天井にすら威圧されるようだ。何故こんなにも体がだるいのだろう。頭が痛くて、無意識に涙が零れる。指先も動かすのが面倒だ。

「目、覚めた?」

ふと声がして、首を巡らせた。覗き込むようにして視界に入ってきたのは、穏やかに微笑んだだ。
その笑顔を見ただけで、たったそれだけの事でため息が出た。威圧感が消えて、肩の力がすっと抜けるのが分かった。安心したのだ。

「……、さん」

「気分はどう?」

「……だるいです……。気持ち悪……」

「少しでも何か食べられる? 薬飲まないといけないんだけど」

沖田は少し考えて、覚悟を決めて半身を起こす。が肩を支えてくれたので思っていたよりうまくいった。布団の下で胡坐を掻いて盛大に吐息する。息がまるでそれ自体生き物のように熱くて、自分の体の事なのに酷く驚く。

「はい、お粥」

はほんの少しだけ茶碗に粥をよそって、沖田の手に持たせた。沖田はうつろに目を伏せたまま、それが食事だという事すら意識できないまま、操られたように手を動かした。

は沖田が匙を動かしている間に手早く薬の準備をして、すぐに手を止めてしまった沖田に素早くそれを飲ませた。とても手馴れていているようだった。

「もう横になって良いわよ」

「……はい」

沖田は言われるがままそうして、に顎の下まで布団を引き上げてもらう。冷えピタも取り替えられて、頭が急激にひやりとした。少しだけ目が冴えた。

食器を重ねたり、タオルを絞ったりしているを寝たまま見上げて、沖田は思う。子どもの頃、姉にもこうして看病してもらったことがあったっけ。

「……さん」

「ん?」

「すいやせん、迷惑かけちまって……」

は綺麗に笑う。病人の目の錯覚だろうけれど、少しだけミツバに似て見えた。沖田は胸苦しくなった。本当は、泣きそうだった。

「謝る事ないわよ。誰だって病気くらいするんだから」

「……すいやせん」

「大丈夫よ」

ふと、の手のひらが目の前に落ちてくる。自然目を閉じたら、前髪を掻き上げる様に撫でられた。頬に触れた手が冷たく心地良くて、呼吸が穏やかになる。眼裏に、ミツバの顔が浮かんだ。細い指と白い手のひら。ミツバの手もと同じように家事で荒れていて、同じように冷たかった。

「もう少し眠った方がいいわ。私ここにいるから、寝なさい」

「……さん、俺一人で寝れますぜ……?」

「どうして?」

「……だって、さん、他に仕事あるでしょう……」

の手のひらが外れる。目を開けたらの、相変わらずの笑顔が見えて、沖田はやっぱり安心した。こんな事を言っても、がここからいなくなってしまうことを想像したら、その時にきっと寂しくなる自分が想像出来てしまった。ミツバはもうこの世にいないのだ。だから今、こんなに寂しいのに。

「だって、沖田君」

「……なんですかぃ?」

「一人になったら寂しいでしょう」

そんな恥ずかしい言葉も、熱に浮かされた頭には酷く優しく響く。寂しいのは嫌だと素直に思えた。無意識にに向かって寝返りを打ってしまう。の膝頭が目の前に見えた。臙脂色に蓮華の花柄の着物。

「……さん、ちょっとでいいんで、膝貸してもらえやせんか……?」

答えが聞こえなかったので待った。少しだけ、桶とか布巾とかを片付ける気配がする。の膝がにじり寄ってきたのが見えたと思ったら、ふと頭を持ち上げられて、そのまま左耳がの太腿に乗った。

自分から頼んでおきながら、いざそうされてみると驚いてしまう。けれど、何も考えられなかった。すぐに肩の力の力が抜けた。

「楽?」

「楽、です。ありがとうございます……」

「どういたしまして」

眠気が中途半端に襲ってきた。緩い瞬きを繰り返しながら、熱く浅い呼吸を繰り返しながら、の体温に耳をすませた。ミツバの事を、思い出していた。





土方が沖田の部屋を覗いてみたら、沖田がの膝枕ですやすや眠っていて、思わず呆れてしまった。そこまで甘やかす事もないだろうに、何をやってるんだ、は。

「土方さん。お見舞いですか?」

「冷かしに来ただけだ。……何やってんだお前?」

土方は障子を半分開けたまま部屋に入って、立ったまま沖田を見下ろした。どうやら沖田は熟睡しているようで、これでは寝込みを襲われても、なんの対処も出来なさそうだな、と、土方は考える。

「ご飯食べさせて薬飲ませたら、寝ちゃったんです。そろそろ落ち着いてきたみたいですよ」

「いや、そうじゃねぇよ。なんで膝枕?」

「寂しかったみたいで」

「何だそれ」

は意味深ににこにこと笑っていて、土方はため息を吐きながらその向かいに座った。いつもの咥え煙草は、病人の前なので自重した。

は優しく沖田の頭を撫でている。目の下にうっすらとくまが浮いていて、疲労しているようだった。近頃はミツバの事もあってばたばたしていたから、仕方がない。

「寂しかったみたいですよ、沖田君」

「あぁ?」

「どうしてか、分からない訳ないですよね? 土方さん」

「……あぁ、分かってるよ」

「だったら、もうちょっと優しくしてあげてくださいね。一番辛いのは、沖田君なんですから」

「そういうのは柄じゃねぇんだよ」

「こんな時くらいだけならいいじゃないですか」

は土方を咎めない。言葉は忠告だけれど、声色は穏やかだ。土方はのこんな声を聞いた事がなかった。沖田が眠っているからだろうけれど、こんなに静かで穏やかなは、土方にとっては新鮮だった。

銀時の言葉を思い出した。銀時とは終わっている。それは、どういう事なのだろう。

「……お前も、家族いなかったんだっけか?」

「はい?」

「そんな話してただろ、前に」

は唐突な話題に驚いて目を丸くした。土方は、両手を体の後ろに着いて重心を移す。煙草を吸えない事が少し手持ち無沙汰だった。

「突然ですね。どうかしましたか?」

「別に、なんとなく思っただけだ」

答えを促すためにじっとを見つめた。は戸惑って目を白黒させていたけれど、言葉を選ぶような沈黙の後、静かに語りだした。

「……陳腐な話ですけど」

一度ゆっくりと瞬きをした。

「……生みの親の顔は覚えていません。物心着く前に捨てられてたんです。私を拾ってくれた人は、私を自分の寺子屋で育ててくれましたけれど、戦争に巻き込まれて亡くなりました。兄弟、と呼べるかどうか分かりませんけど、私と同じような境遇の子どもがたくさんいたんです。でも彼らもあの後どうしたのかはさっぱり……」

「攘夷戦争か?」

「えぇ。私は戦況が悪化する前に上京してきたんです」

「万事屋の野郎はそこでの馴染みなのか?」

「えぇ」

「……へぇ」

「土方さんから聞いてきたくせに、興味なさそうですね」

「そんなんじゃねぇよ」

土方は、煙草が欲しくて堪らない。指先と口元が寂しい。ニコチンが切れ掛かっているのかもしれない。土方はじっとの指を見ていた。沖田の栗色の髪の上の、白く細い指。それに触れたいと思っていた。

「……こういう話した事なかったからな。たまにはいいだろ」

「こんな時だから、でしょう?」

「あぁ?」

「寂しいのは、沖田君だけじゃないでしょ」

の目が土方を捕らえる。は何故か、とても幸せそうに笑っていて、土方にはその意味が分からなかった。

「……何が言いたいんだ?」

「別に何でもありません。独り言です」

「でかい独り言だな」

土方はの視線に耐えかねて、反射的にぐしゃりと髪を掻き上げた。立ち上がる。はじっと土方の動作を見ていた。

「それじゃ、後は頼むぞ」

「はい、分かりました」

開けたままだった障子に手を掛けて振り返る。沖田に膝を貸したままでは当分動けないだろうに、は平気な顔で土方を見送った。幸せそうに笑いながら。



20091016修正