六 むかし かたり いま の ひと より 「これが病人の扱い方なの!? 何考えてるの一体!?」 銀時は悪くないのに、銀時が怒られた。 やっぱりこうなるのか、と思いながら、銀時はに言われるがまま、沖田を部屋に運ぶのを手伝って、布団を敷いてやって、が沖田の隊服を剥いて下着一枚にして寝間着に着替えさせるのをあっけに取られながら見守って、沖田の世話をする遠子の手伝いをするために、一日中真撰組屯所に居座った。 薬を飲んで落ち着いた様子の沖田は、赤い顔で荒い寝息を立てながら眠っていた。はその枕元に座って汗を拭いてやっている。銀時は閉じた障子に寄りかかるように座って、が駄賃として馳走した大福を齧っていた。 「いろいろありがとうね、銀さん」 そう言ったに、銀時は笑みを浮かべて答えた。沖田は良く眠っていた。 「別にたまたまだって。料金ちゃんと振り込めってあいつらに言っとけよ」 「万事屋って便利な職業よね。たまたまのボランティアがこんな稼ぎになるんだもんね」 「ボランティアじゃねって。何それ? 嫌味?」 「褒めてるんじゃない」 布巾を桶の水につけて、絞る。軽やかな水音。 は立ち上がって、水の温くなった桶を持って立ち上がる。銀時を促して障子を開けて外に出て、銀時が静かに障子を閉める。二人並んで縁側を歩きながら、はふいに言った。 「神楽ちゃんは元気?」 「あぁ、あいつ?」 銀時は指に着いた粉を舐め取りながら、近頃の神楽の様子を思い浮かべた。いつも少しだけ不機嫌で、自分から話をしようとしない。新八とは話すくせに、だ。まるで反抗期の子どものような様子だった。 「なんか、まだ怒ってるっぽいな。俺が何したってんだか」 「そう。怪我の具合は?」 「あぁそれはもう。あいつ夜兎族だからさ。一晩の内に全快してた」 「あぁ、そうなの。それは良かったわ」 が案内して、銀時は台所まで付き合った。は桶に水を汲み直して、氷を入れて冷やす。タオルも新しい物を取り出して山のように重ねて、それを持つように銀時に差し出した。 「神楽ちゃんを怒らせちゃったのは、私のせいかと思ってたわ」 「え? なんで?」 心底驚いて目を丸くする銀時に、は申し訳なさそうに笑った。 「きっと、私が銀さんと仲良くしてるのが羨ましいのよね。神楽ちゃんは」 「何それ? まじで? 妬いてんのあいつ? お前に?」 「勘だけど、たぶんね」 「うわ何それ。俺にどうしろってのそれ」 「何もしなくていいんじゃない? 女の子は男の子に無神経な事言われると逆に機嫌損ねちゃうし」 「無神経な事言うの前提なの? それ」 「高確率でね。お父さんは心配かもしれないけど、大丈夫よ」 「お父さんじゃねぇよ、俺は」 「それっぽいものではあるでしょう?」 があまり自信たっぷりに言うので、銀時はそれ以上何も言わなかった。神楽についてあまり心配しても仕方がない。徒労だ。けれどきっと、なんとかなるだろう。そう思いたかった。 銀時はそれからの言われるがまま雑用を手伝わされて、万事屋に戻れたのはとっぷりと日が暮れてしまってからだった。 「あれ、銀さん帰ってきたんですか」 目を丸くしてそういう新八に、銀時はソファにどかりと腰掛けて凝った肩をぐるりと回した。 「自分の家なんだから帰ってくるだろ。神楽は?」 「今日は家に泊まるって言って先に帰りましたよ。銀さんまたどうせパチンコか長谷川さんと朝まで飲んで来るのかと思ったんで……」 「今日はそれどころじゃなかったんだよ。ジャンプも買えなかったんだからなー、ったくよー」 「一体何してたんですか? こんな時間までパチンコでもスナックでもなくなんて……。あ、もしかしてさんの所ですか?」 新八が気を利かせて、質素な食事とお茶を出してくれたので、銀時は手を合わせてそれを食べた。そうしながら今日一日の事を報告する。真撰組と渋滞で鉢合わせた事、荷物のように折り畳んだ沖田をスクーターに乗せて真撰組屯所まで運んでやった事、を手伝いながら神楽について話をした事。新八は興味深そうにそれを聞いていた。 「それで、沖田さんはどんな具合なんですか?」 「風邪だろうってさ。寝てれば治るだろ」 「そうですか」 「……何か言いたそうだな」 新八は、湯飲みを膝の上に乗せて少しの間黙る。伏せた視線があまり見る事のない色をしていたので、銀時は心持ち疑問符を持って新八を見る。今日はどうも、妙な顔色を良く見る日だなと思う。 「銀さん。聞いてもいいですか?」 「あぁ、何だ?」 「前々から思ってたんですけど、銀さんって自分の事あんまり話さないですよね」 新八は持っていた湯飲みをテーブルの上に戻して、膝に両手をついて真っ直ぐ銀時を見た。銀時は自然、それから逃れるようにソファに身を深く沈めてしまう。無意識に、逃げるように。 「僕や神楽ちゃんの事は知ってるくせに、銀さんは話そうとしませんよね。それを不公平とは思いませんけど、きっかけがなかっただけかもしれませんけど、僕も神楽ちゃんも気にしてるんですよ?」 「あぁ、そうかい」 「そうかいじゃなくて。神楽ちゃんがその事気にしてるの分からないんですか?」 新八の視線は真剣だった。だから、銀時は瞼を下ろして頭の後ろに手を組んだ。 「さんと会ってる時の銀さん、すごく楽しそうですよ。いつもはつまらなさそうとか、そう言うんじゃないですけど、でも、やっぱり銀さんにとってさんが大切なのは見てれば分かります」 「……何が言いたいんだよ?」 「僕らに、隠さないで欲しいんです」 「あぁ?」 新八は少しだけ泣きそうに目を細めて、眉間に深い皺を寄せた。いつもの穏やかな顔つきにそれは酷く似合わない表情で、銀時は目を見張る。新八は真剣だった。だから逃れたかったし、逃れるべきだったし、そして逃れられなかった。 「別に、さんと会うことを止めて欲しいなんて、僕も神楽ちゃんも思ってませんよ。ただ、銀さんがそうやっていつまでも過去を隠して、さんも、銀さんの過去を知る幼馴染だからって、そんな理由で僕らから遠ざけてるから腹が立つんです」 「……新八、お前」 「僕、前に言いましたよね? 家族と思ってくれて良いって」 「……」 「神楽ちゃんだってそう思ってますよ。銀さん」 新八はだんだん背中を丸めて、最後にはまるで自信をなくしたように俯いた。銀時はその旋毛を見下ろしながら、気まずそうに口をへの字に曲げた。 銀時が、過去の事、や、桂や、高杉や、坂本の事を新八達に話さないのは、単純にきっかけがないからだ。そのきっかけがあったとしても、わざわざ話をしなければならないような重要な事ではないと思っているからだ。 戦争の記憶など、言い換えれば人殺しの記憶でしかない。そんな事を子ども達に語ってどうするというのだ。 「……僕もう帰りますね」 「……おぅ。飯美味かったぜ」 「はい。それじゃ、また明日」 新八はいつも通りに笑って、万事屋を出て行った。 引き戸ががらりと開いて、閉まる音がする。瞬間、銀時は一人になる。しんと空気が静まり返る。壁に掛けた時計の秒針がやたらうるさく鳴っていた。テーブルの上には一人分の食事と二人分の湯飲み。新八は家に帰ってからお妙の作った夕飯を食べるのだろう。銀時は一人分の食器を、一人で片付けなければならない。 けれど、なんだか全てが億劫で、銀時は乱暴に髪を掻き上げてため息を吐き捨てた。持て余した何かが淀む。苛立ちが釈然としないまま淀む。追いやってしまいたいけれど、その方法は手近にない事を、銀時は経験で知っていた。 もう早々に床に入って眠ってしまいたくなった。こういう夜は妙に長いので、酷く苦手だった。 20091016修正 |