五 ごご はなし の たね たち





「何やってんの? 税金泥棒」

渋滞に巻き込まれて立ち往生していた銀時が検問で見つけたのは、道路の真ん中に寝そべっている沖田とそれをぼんやり見下ろしている土方、それから沖田の周りを携帯電話片手にばたばた駆け回っている山崎だ。

なんだこれ。気持ち悪い。

「あぁ、万事屋の旦那ぁ! ちょうど良い所に!」

今にも銀時に抱きつかんばかりに狂喜した山崎は、携帯電話を通話状態にしたまま銀時に泣きついた。ので、銀時はその眉間を指先でものすごい勢いで小突いた。

「止めろ気色悪い。ていうか何これ? 何この状況? 新手のプレイ?」

「違いますよ旦那! 沖田隊長が熱出して倒れて、今さんに連絡入れた所なんです!」

「なんでそこにの名前が出てくんだよ? 病人の面倒見る事までの仕事なのか? あんまり扱使いすぎじゃねぇのそれ?」

「あ、良かったらさんと話します? 旦那」

「だからなんで」

「はいどうぞ」

銀時は否応なく押し付けられた携帯電話を嫌そうに眺める。なんでと今更電話なんか使って話さなければならんのか。

『もしもし? 銀さん?』

の小さな声が電子音になって聞こえて、銀時は仕方なくため息を殺さずに答えた。

「もしもぉし、こちらピザハットですが。生憎本日営業中止処分が下されていまして配達はお受けできませぇん」

『……今ふざけるの止めてくれる?』

の僅かにトーンの下がった声に、銀時は軽く息を呑む。どうやら状況は深刻らしい。銀時は首の後ろを掻きながら、出来るだけ面倒臭さを装って言葉を継ぐ。

「はいはい。ていうか、何なのこれ? なんで俺がこんな所で足止め食らわなくちゃならない訳?」

『沖田君が仕事中に倒れちゃったのよ。銀さんスクーターでしょ? 屯所まで沖田君送ってくれない?』

「だからなんで俺が……」

『どうせジャンプ買いに出てきただけなんでしょ。善良な市民なら病人を労わるくらいの事できるでしょ?』

「いや、なんでお前に其処まで言われなくちゃならねぇんだよ」

『ねぇ、銀さん、お願い。今度ご飯作ってあげるから』

いつになく真剣なの声を聞いて、銀時は仕方ないなと思い始めていた。アスファルトの上で伸びている沖田を見下ろすと、其処には子どもみたいな顔をした、実際まだ十八歳の子どもが転がっている。いつも所構わずバズーカをぶっ放すようなやんちゃな餓鬼のくせに、こんな奴でも、人間らしく病気もするらしい。

『それから、こっちに来る間にお使い頼んでもいい? 冷えピタと風邪薬と……』

「ちょっと待て、お前俺にそんな持ち合わせあると思ってんのか」

『真撰組宛てに請求書出してもらって。山崎君に代わってもらえる?』

銀時は言われたとおり、携帯電話を山崎の胸に押し返した。山崎は手を滑らせてそれを取り落としそうになってなんとか持ち堪える。

それを横目で眺めながら、銀時はぼんやり突っ立っている土方を目に止めた。倒れた沖田に何の興味もなさそうな様子で、仕事中とはとても思えない気の抜けた表情だ。よく見れば、先日負傷した右足の脛にはまだ包帯が残っている。銀時は土方の様子につい興味を持ってしまって、声を掛けてしまった。

「よぉ。災難だったなぁ、ご愁傷様」

「何がだ」

土方は銀時に視線もやらず、明後日の方を向いてぼんやりしている。銀時は土方の隣に少し距離をあけて座って、その複雑な横顔を眺めた。黙っていれば、綺麗な顔立ちをしている。これじゃが惚れるのも無理はないのかもしれないなと、何となく思った。

「いや、問題児が熱出して横たわってんじゃん」

「こいつは一回死んで生まれ変わってくるくらいでちょうど良いんだよ」

「手厳しいねぇ。獅子はわが子を千尋の谷に突き落とすんだっけ?」

「誰がわが子だ誰が」

「ちなみにうちの神楽ちゃんの場合は、突き落とす前にこっちが突き落とされそうだけどね」

「いや誰も聞いてねぇし」

土方は苛々と吐き捨てて、咥えた煙草を揺らしながら銀時を睨む。ようやくいつもの調子が戻ってきたようで、銀時はあぁ面倒臭いとか思いながら、それでも安堵に目を細めた。

があいつの事家まで送ってくれって。任されていいの?」

が? どうやって連絡取ったんだ?」

「ジミーが携帯で。随分心配してたみたいだぜ? 愛されてんな」

相変わらず放置されままの沖田は、アスファルトの熱を全身で受けてさらに熱が上がっているらしい。顔が耳まで真っ赤で、半開きになった目は焦点が定まっていない。なのに誰も助け起こそうとしないのだから、まるで一種の虐待だ。

土方は何がおかしいのか、銀時の言葉を鼻で笑った。

「お前がそれを言うのか?」

「あぁ?」

「愛されてんのはお前の方だろうが」

「おいおいそういう言葉何度も使うなよ。恥ずかしいだろ」

「てめぇが言ったんだろうが」

「いやいや言わせたのそっちでしょーが」

「もう面倒臭ぇんだよ。黙ってろお前」

土方が怒りを露にする前に、銀時は口を噤む。こんな場所で、いつも通りに喧嘩なぞするものではない。一応病人も側にいるのだ。

土方は短くなった煙草を足元に落として火を消して、新しい物を咥え直す。その一連の仕草を観察して、銀時は隊士に担がれてスクーターの荷台に括り付けられている沖田を眺めた。

「あいつ、怪我大丈夫だったの?」

「何の話だ?」

「この間神楽と喧嘩してただろ? 神楽は体頑丈だからもう全快してんだけどさ。あいつは一応普通の人間じゃん」

「見ての通りだ」

「あ、これ神楽関係あんの?」

「さぁな。に聞けよ。こいつの手当てしたのあいつだから」

銀時はつい眉根に力を込めてしまう。土方が酷く気安くの名前を呼ぶ事には、最初こそ居心地悪さを感じたこともあったけれど、今はそんなやきもちじみた下らない思いは感じない。ただ、土方の声に滲んでいる、に対する親密さの中に、何か陰りのようなものを見つけた気がした。を「あいつ」と呼ぶ土方の声が少しだけ低くなったような気がする。もしかして、何かあったのだろうか。

「……いつも思うけどさ。お前らの事そんな扱使ってんの?」

「あぁ?」

土方は心外だと言わんばかりに、喉の奥から絞るような低い声を出した。こんな風に怒るということは、図星なのだろう。

「会う度に思ってたんだけどさ。の奴、昔と比べて少しやつれたっつーか……。まぁ、比べる昔が昔過ぎんのかもしれないけどさ」

「そう思うんなら言うなよ」

「幼馴染の心配して悪いか? 今といるのはお前らだろ」

「あいつには十分な給料も出してるし待遇も一般的な家政婦斡旋所より上等だ。何より本人から不満を聞いた事は一度もない」

「いや、そういう問題じゃねぇって」

「だから何なんだよてめぇ何が言いてぇんだよ」

沖田の体を縄で固定している隊士が、そのバランスを取るのに四苦八苦している。おそらくスクーターを走らせたら両手の指先と爪先が地面に擦れて摩擦を起こしてしまうだろう。それを防ぐために、両手は後頭部で組ませて固定して、足は膝の位置で折りたたんでガムテープで止めていた。

はさ、結構気ぃ遣ってると思うよ? お前等馬鹿だからさ。普通病人にあれはないだろ」

「てめぇ喧嘩売ってんのか? おいお前らぁ、体折り畳んでもとりあえず骨は折るなよ」

沖田の重さに耐えられなくて、スクーターがぐらぐら揺れた。沖田が熱にうなされる度、その体が苦しげに揺れていた。

「そんなに心配なら連れて行けばいいだろーが」

投げ遣りに返された言葉に、銀時は目を見張る。土方は折りたたまれた沖田を、やっぱり興味なさそうに眺めていて、銀時には少し疲労した視線にも見えた。どうやら、本心でそう言っている訳ではなさそうだ。

「……一つ言っとくけどさ」

「何だよ」

「俺、とはもう終わってるからさ、ある意味で。だからそう言うの無しなんだよ。分かる? これ」

「あぁ? 何言ってんだ?」

「旦那ぁ! 準備出来ましたぁ! よろしくお願いしますぅ!」

と、沖田を畳み終わった隊士達と荷物を積み終わった山崎が、大きく手を振って銀時を呼んだ。元気な奴、と銀時は思う。というか、銀時の背中に括り付けて固定するという方法は思いつかなかったんだろうか、あいつらは。もしかしたら、こんな時にでも、日頃の鬱憤を晴らそうとしているのかもしれない。銀時は少し同情した。

「じゃぁな。料金はに請求しとくぞー」

後ろ手に手を振りながらヘルメットを被り直す銀時を見て、土方は忌々しく悪態を吐いた。銀時の言っている事の意味が全く分からなくて、すぐに忘れようとしたけれど、まるでこだまみたいに言葉が残った。

終わっている。それは、一体どういう事だ?



20091016修正