四 しずこころ と しゃにむに





昼過ぎになると、大抵の隊士達は仕事で屯所の外に出払ってしまう。残っているのは門番と何人かの非番の隊士だけで、小鳥の声が響くくらいにのどかだ。

殺風景な中庭に面した近藤の部屋は障子が開け放たれている。心地よい風を通しながら、向かい合って座っているのは近藤とだ。二人の間にはいくつかの書類が並べられていて、それは近藤に向けてが手渡したものだ。

「これで全部済みました。沖田ミツバさんに関する行政の手続きです」

近藤は意味が分からないながらにそれら全てを手にとって目を通す。そして、申し訳なさそうに目を細めて笑った。

「すまないな、ちゃん。こんな事までさせてしまって」

「いいえ、私はこれくらいしか出来ませんから」

「俺はこんな書類なんか読んでも理解できないし、総悟だって同じようなものだからな。本当にありがとう」

近藤は膝に両手をついて、深々と頭を下げた。はただ首を横に振って、近藤の真摯な姿をじっと見ていた。

近藤に頭を下げられる謂れなどない。ミツバが死んだ後、死亡届や財産分与等、その他諸々の行政処理を引き受けたのは、彼らにはそんな暇も頭もないと分かっていたからだ。そして、自分にはそれくらいしか出来る事はないと知っていたからだ。自分は彼らの慰めになりはしない。こんな簡単な事でもして役に立っているところを見せなければと、感じたからだ。それくらいはミツバに引け目を感じていたのだ。

そんなの気も知らず、近藤は顔を上げて、穏やかに笑った。

「何か、礼をしないといけないな」

「そんな、止めて下さい。私は何も……」

「遠慮しないでくれ、ちゃん!」

近藤はあんまり勢いよく凄むので、は気圧されてつい口を噤んでしまう。きょとんとしたの隙を突いて、近藤は一気に捲くし立てた。

「そうだなぁ、何か綺麗な洋服でも買ってこようか? ちゃんは忙しくてあまり外出も出来ないだろうが、ついでに少し休暇も出そう! 万事屋とデートでもしてくるといい! こんな時だが、家事の方はなんとかなるだろうし、トシの怪我も良くなってきてるし。どうかな!? ちゃん!」

「……あの、近藤さん?」

「ん!? なんだ!?」

「なんでそこで銀さんが出てくるんですか?」

首を傾げたに、近藤は当たり前の事を聞かれて訳が分からなくなって、ぐるりと目を丸くした。

「だって、ちゃんはあいつと付き合ってるんだろう?」

「付き合ってませんよ」

「え、だって総悟が」

「え? 沖田くんが?」

「だって、……えぇ?」

声を裏返した近藤の説明を聞く前に、は銀時との関係を話せる範囲の中で詳しく話して聞かせた。銀時は出身が一緒で、同じ寺子屋に通っていた幼馴染であるという事。攘夷戦争に巻き込まれて、戦火を逃れるために一人で上京して、それから、銀時にスクーターで跳ねられて再会するまで、同じ江戸に住んでいた事さえ知らなかった事。

近藤は話を聞きながら、総悟あの野郎、とか、ぶつくさ呟いていた。





「土方さん」

「なんだ?」

「昨日さんが言ってた意味、よく分からなかったんですが」

「おぉ、そうか」

「土方さんは分かりました?」

「なんで俺に聞くんだ」

「土方さんも話聞いてたじゃないですか」

「知るか。分かんねぇんなら自分で考えろ」

「……土方さんにも分かんないんですね。へぇ」

「うるせぇよ黙れ」

仕事中に小声でしゃべりながら、膝の下だけでお互いを蹴りあいながら、土方と沖田は無表情にお互いを罵り合った。それもいつもの事なので、誰も気に留めていない。

かぶき町の外れで検問をしいていた真撰組は、攘夷志士の取り締まりに四苦八苦している。これは単なる日常業務なので、こんな単純な警戒に引っかかる攘夷志士もいない。

酷く肩の力を抜いて渋滞の列を眺めている土方と沖田は、無表情のまま会話した。

「で、どうするんだ? お前」

「何がですか?」

「あいつに謝りに行くのか?」

「まさか。なんで俺が」

「いや、それなら別にいい」

煙草の煙を燻らせながら、土方はいつもとなんら変わらない様子の沖田の横顔を盗み見た。

近頃沖田は少し痩せた。それはミツバの死を経験して憔悴したことが原因だけれど、土方はそれを口にしない。そんなことをしてたまるものかと思う。沖田を甘やかすなんて、それは自分の役割ではない。

が言っていた事も、沖田ほど全く理解できないという訳ではないのだ。女を意図的に傷つけて平気な顔をしている男なぞ最低だ。糞だと思う。それが今目の前にいるこの餓鬼だと言うのだから、複雑だった。何と言って叱ってやればいいのだ。そもそも何故自分がそんな事で悩まなければならないのかが問題だった。

「何考えてるんすか? 土方さん」

「何でもねぇよ、別に」

「そうっすか? なんか今にもマヨネーズ吐き出しそうな顔してやがったんで」

「どんな顔だそれ」

土方は唐突に、相変わらず口の減らない沖田を心配している自分が馬鹿らしくなって、それ以上考えるのを止めた。いつもの事ながら腸が煮えくり返りそうだった。沖田から視線を逸らして無視した。けれど、それが油断になった。

「すんません、土方さん」

「今度は何だ? 便所か?」

「いや、それもなんですけど……。なんか、頭痛……」

「あぁ? 仮病使おうったってそうはいかねぇぞ。しっかり働け」

「そうじゃなくて、なんかまじでおかしいんですけどこれ。耳鳴りするし……」

「てめぇいい加減にしろよ生言ってんじゃ……」

怒り露に振り返った土方の視界に、沖田の姿は映らなかった。相変わらず続いている渋滞の列。検問の警備、隊士達の声。あれ、どこ行ったあいつ。

まさかと思って視線をゆっくり下に落としたら、沖田はうつ伏せに大の字になってアスファルトの上に倒れていた。顔は妙に赤く、少し潤んだ目は虚ろ。指先がぴくぴく震えて痙攣している。

土方はそれを見下ろしながら、少し悩んで煙草を吹かした。

「おぉい、山崎ぃ」

「なんですか副長……ってぇ!? 沖田隊長ぉぉおお!? 副長何やったんですかぁぁああ!?」

「何もしてねぇよ。勝手に倒れやがったんだ」

「だったらなんで放置!? 沖田隊長! しっかりしてくださいぃぃ!!」

山崎と他の隊士達と、気絶しかけた沖田を眺めながら、土方は一歩も動かずに煙草の煙を長く吐いた。ざまぁみろ、と本心から思っていた。



20091016修正