三 さん ざん と さび さび





神楽の怪我の手当てをしてやった新八は、翌朝包帯を替えてやろうとして愕然とした。沖田に負わされた腕の太刀傷が、一晩の間にすっかり完治してしまっていたのだ。さすがは夜兎族。感心と驚きと戸惑いと、その他諸々複雑な感情が入り混じって、新八はため息を殺しきれなった。

「もう大丈夫みたいだね、神楽ちゃん」

「だから言っただロ。こんなんいらないって。おせっかいな眼鏡アルな」

「あんだけ酷い怪我して帰ってきたら普通するんだよ。ていうか夜兎族ってどんな細胞してるんだよ。どうやったらあれが一晩で完治するの?」

「新八も鍛えればこれくらい出来るようになるアル」

「いやならないよ。僕一般人なんだから。純然たる地球人なんだから」

神楽の体中に巻いてあった包帯を全部解いてやって、それを山のように重ねて捨てた。神楽は包帯を巻かれていて強張った腕をぐるぐる回す。

二人のその様子を影から眺めていた銀時は、いかにも興味なさそうに、ジャンプに読み耽っているふりをしている。順調にページを捲ってはいるけれど、その内容はほとんど頭に入っていない。その証拠に、いつもは死んだ魚みたいに淀んでいる目が生きていた。

「神楽ちゃん、どうしてこんな無茶したの? 沖田さんとは顔合わせる度に喧嘩してるのは知ってたけど、今回ばかりはいくらなんでもやりすぎでしょ」

新八は至って真剣に問うたけれど、神楽はじゃれてくる定春の相手をし始めてしまって耳も貸さない。苛立った新八はこめかみを引きつらせた。

「ちょっと神楽ちゃん。聞いてるの? 僕真剣な話してるんだけど」

「聞いてるヨー。今夜の晩御飯は酢昆布何箱だって?」

「ちっとも聞いてねぇじゃねぇか! なんだよ晩飯酢昆布って!? いつも思ってたけどどんだけ好きなんだよ! 僕はそんな生活ごめんだよ!?」

「新八ー、うるせぇぞー。俺二日酔いで頭痛ぇんだよ」

銀時がぼんやり口を挟んだので、新八は尚更苛立ちながら視線をやる。机にブーツを履いたまま足を乗せてジャンプを読んでいる銀時の顔は、その表紙に隠れて見えない。

「そんなだれた事言わないでください。銀さんからも何か言ってあげてくださいよ。何とも思わないですか?」

「子どもの喧嘩だろうが。ほっとけよ、そんなもん」

「僕はいくらなんでもやり過ぎだって言ってるんですよ。夜兎族がどんなに強いって言ったって、神楽ちゃんは女の子なんですよ?」

「結果的に怪我ももう治ったんだからそんなに気にする事ねぇだろ? そのための回復力だろ。こういう時に面倒な訴訟とかに発展させないための回復力だろ?」

「なんであんたはそう自分の都合のためにしか物を言えないんですか」

神楽が定春とじゃれてる派手な音がしている。そろそろ床が抜けてしまうんじゃないだろうか。そうしたら張替えが面倒だなぁ金もかかるし。

銀時は面倒くさそうに後ろ頭を掻いて座り直した。古い椅子はぎしぎし鳴って、いつ壊れてもおかしくはないだろう。買い換えるの、面倒だなぁ。

「神楽ぁ。ちょっと来い」

右手で手招きをした銀時は、ジャンプを閉じて机に置く。神楽は定春の頭を撫でてやってから、銀時の机の前に立った。

新八が見守る中で、腕組みをした銀時は神楽を見上げる。神楽はいつもと違って無表情で、銀時は薄ら寒い物を感じて背中に冷や汗をかいた。もし手を出されたらどうしよう。いつもながら、勝てる気がしない。

「俺が言いたい事は分かるな?」

「糖尿野郎の言う事なんか知るかよヨ」

「おぉそうか。じゃぁ説明してやろう。お前が破壊した建造物の損害賠償を俺が負担する事になったらどーするつもりだ。今回は相手の方が全額負担してくれるっていうから良かったものの……」

「ていうかそこかよ! 神楽ちゃんへの教育的指導は!? 結局金の亡者か!?」

「分かってるって。ちょっと黙ってろ突っ込みいらないから今」

「銀ちゃん。私、銀ちゃんに話があるネ」

と、神楽が唐突に口火を切ったので、二人は驚いて思わず黙った。真面目な顔をした神楽は、机に両手を着いて前のめりになる。銀時の目を覗き込むように、神楽は言う。

「銀ちゃん。あのとかいう女のこと好きアルか?」

「は? 突然何言ってんのお前」

「銀ちゃんはあぁいう女がいいアルか? あぁいう清楚で可憐で羊の皮被ったみたいな女がいいアルか?」

「どういう例えだそれ。ていうかのどこが清楚で可憐で羊だ?」

「銀ちゃんの顔に書いてあるネ! なんであいつアルか!? あんなののどこが良いアルか!?」

神楽はだんだん興奮してきた。どんどん銀時に詰め寄って、もう額がくっついてしまいそうな勢いだ。銀時はさすがにたじろいで両手を顔の前に広げて見せる。

「ちょっと、落ち着け神楽! 何なんだよいきなり? お前沖田君と喧嘩したんじゃなかったのか?」

「今質問してるのはこっちアル! 答えてよ銀ちゃん!」

「神楽ちゃん、どうしたんだよ? いくらなんでも突然過ぎるよ……」

「うるせぇんだよ眼鏡! お前は黙ってろぉ!」

だんだん収集が着かなくなってしまった。神楽が銀時に掴みかかっていく様はまるで小さな猪のようだ。
新八はそれを止めようとして眼鏡を吹き飛ばされ、銀時は神楽に力で適わず、椅子から転げ落ちて強か腰を打った。神楽はいつまでたっても答えない銀時に痺れを切らしてついに拳を振り下ろす。銀時はそんな事をされて余計に口が開けなくなった。

それは二階の騒ぎを聞きつけて、不審に思ったお登勢が様子を見にやってくるまで続いて、その時にはもう銀時も新八も虫の息だったことは言うまでもない。





神楽はそれから、万事屋を出て、ふらふらと明るい昼のかぶき町を歩いた。

神楽がの事を必要以上に気にかける理由は、すべて銀時にある。決して銀時との不確かな恋仲疑惑に妬いているのではない。

神楽は銀時の過去を知らない。は銀時が攘夷戦争に参加する以前からの馴染みだと言うけれど、神楽はそれを知らない。神楽の家庭事情は知っているくせに、自分の事情を話そうとしてくれたことは一度もない。きっかけなら何度もあったし、同じ屋根の下に住む仲なのだから時間だって腐るほどあった。それでも、銀時は話そうとしない。は全てを知っているのに、他の誰にも秘密を明かしてくれない。

それが悔しかった。だから神楽は、二人の親密さに足を踏み込む勇気が持てなかった。その悔しさが子どもじみた暴力に変わってしまったのだ。


ふと、引き付けられたように視線を上げると、随分と離れた場所にがいるのを見つけた。目が合ったような気がしたけれどなんだか気まずくて、神楽はすぐに踵を返して走って逃げた。



20091016修正