二 ふり だし けんか の こと 「土方さん、また動いたでしょう?」 「動いてねぇよ」 「包帯がずれてます。嘘つかないでください」 「だから動いてねぇって」 「傷の治りが遅いんですよ。いい加減にしてください」 「だから嘘とか吐いてねぇって。てめぇこそいい加減にしろ」 は土方の右足、脛に巻かれた包帯を上から叩く。案の定、土方は声にならない悲鳴を漏らして、右足をぴくぴく痙攣させた。目を据わらせて土方を睨むはその鈍痛を労わるでもなく、救急箱を片付けながら忠告する。 「子どもじゃないんですから、自己管理くらい自分でしっかりしてください。そんな事じゃいつまで経っても治りませんよ」 土方は目に薄い涙を浮かべながら溜息を吐いて、どうにか足を組み直して胡坐をかいた。怪我の療養中である土方は、昼間にもかかわらず浴衣姿だ。口元には何時も通りの咥え煙草。けれど頬には絆創膏が張られていて、右足は包帯で膨れ上がって左足より一回り大きい。 土方の怪我は、先日、貿易商「転海屋」蔵場当馬を検挙した際に負った物だ。その背景をはよく知らない。近藤は土方が一人で無茶をしてしまっただけだと、簡単にしか説明してはくれなかった。 はそれを不満には思わない。は真撰組の仕事には一切関わらないからだ。生活の場を共有しているとはいえ、武装集団真撰組と一介の家政婦では、至って当然の事である。だから土方の身に一体何があったのか、詳しくは問いただせない。 それでも、は土方の怪我を手当てする度、沖田ミツバの事を否応なく思った。今回の件にミツバが何らかの形で関わっていたということは、誰に聞くでもなく理解できた。 土方はあれから何も変わらずに過ごしているけれど、武州で行われたミツバの葬儀には、怪我を理由に出席していない。死に顔を拝むことも、骨を拾うこともしなかった。それがどういう事を意味するのか、なんとなくは理解できた。理解できてしまう自分を恨めしく思いながら、いつも土方と向き合っていた。 「」 「はい?」 煙草を吹かしている土方は遠い目で、開け放った襖の向こう、荒れた中庭を眺めている。は片付けた救急箱を脇に置いて膝に両手を着いた。 「どうかしましたか? 土方さん」 「……大した事じゃねぇんだが」 「はい」 「……いや、やっぱりいい」 口を噤んだ土方は、首の後ろの髪を掻き上げて、大して長くもない髪が鬱陶しいとでも言いたげに頭を振る。 いつもなら、は言葉遊びのつもりで鎌をかけてみたりするのだけれど、近頃はそうもいかなかった。何を話してもその先にミツバの顔が浮かんでしまいそうで、それを恐れて何も言えなかった。死した人程、心の中で美しい。これは誰の言葉だっただろう。こんなに的を射た言葉を、今のは他に知らない。 「そういえば、今日銀さんに会ってきましたよ」 だからは笑顔で言った。土方は銀時の名前を聞いて、つまらなさそうに眉根を寄せた。 「……へぇ、そうかい」 「なんだか、神楽ちゃんが銀さんのせいでちょっと不機嫌で、年頃の娘を持った父親みたいになってました」 「おー、そりゃぁめでたいこったな」 「神楽ちゃんの事怒らせちゃって、お団子のお茶漬けなんか食べさせられそうになってましたよ」 「なんだそりゃ。団子にはマヨネーズだろマヨネーズ」 「それもどうかと思いますけど」 他愛ない話で、は軽やかに笑う。土方は笑わない。けれど、少しだけ肩の力が抜けたように見えたので、はそれで良いと思う事にした。人が亡くなった悲しみを埋める術は、それと関わりのない、出来るだけ明るい話題を振る事、この方法の他にはないと、は持論としている。そうやって生きて来たからだ。 ふと、廊下をぱたぱたと走る音が近づいてきて、二人は同時に視線を移す。やがてやって来たのは、くたびれた声で土方を呼ぶ山崎だった。 「副長ー。すみません、療養中失礼しますー……」 山崎はよほどの事があったのか、言うなり縁側にへたり込んでしまった。それを見てつい腰を上げてしまう。 「山崎くん。大丈夫?」 「あぁ、……さん。こっちにいたんですね、すみません邪魔しちゃって……」 「山崎、何かあったのか? 報告をしろ」 鬼の副長、土方はもちろん容赦しない。山崎は両手を床に着いたまま、それでも必死に言葉を紡いだ。は山崎の肩に手を添えて支えてやりながら、その真っ青な横顔を見て妙な胸騒ぎを覚える。 「お、沖田隊長、なんですが、あのですね……」 「何だ? また何かやらかしたのかあいつ」 「えぇ、まぁそれはそうなんですが……」 山崎は言葉を区切って、こんなことを自分の口から伝えたくはなかったと言わんばかりの辛そうな顔で言った。土方もも、それには目を見張って言葉を失ってしまった。 山崎曰く、沖田総悟と万事屋の神楽が派手な喧嘩をして、コンビニが一件潰れ、道路状況が悲惨な状態になっているとの事。真撰組の面子に関わる重大事件である。 沖田が屯所に戻ってきたのは日がすっかり落ちてしまってからだった。 沖田の私室に集まっているのは、手首を捻るなり、頬に擦過傷を作るなり、足を打撲したり、体中ぼろぼろの様相の沖田と、その手当てをしている、そして沖田を尋問しに来た土方と山崎だ。 「なんであんな所で暴れたんだ洗いざらい吐け」 と、土方は沖田のこめかみを刀の鞘で小突いた。 「止めてください。これでも重症なんですから」 に静止されてすぐ手を下ろしたけれど、土方は不服そうに目を据わらせて長く煙草の煙を吐いた。 沖田は息を止めていたのかどうか、ちょっと目を細めただけで動かない。その傍にいたはふいのことに思わず咳き込んでしまって、言葉きつく土方を責めた。 「土方さん」 「お前は黙ってろ」 「副長、……やっぱりここは出直した方が……」 怒り露な土方に耳打ちをする勇気ある挑戦者は山崎だ。 「うるせぇお前も黙ってろ」 山崎には土方の裏拳が飛んで、それが鼻っ面に直撃した山崎は後ろに倒れこんだ。 「お前が万事屋のとこのチャイナ娘とやり合ってんのは知ってたがな。ここまで派手にやるたぁ、お前の阿呆さ加減がよく分かったよ」 沖田は珍しく何も口答えしない。は頬の傷をオキシドールで消毒してやりながら、酷く無表情な沖田を眺めている。 どちらかと言えば、は沖田の味方でいてやりたかった。土方の言うことはもっともだけれど、それは大人の理屈だとは思う。子どもには子どもなりの理屈があるのだから、それに全く耳を貸さないのは大人の勝手だ。 「おら、何とか言えよてめぇ」 「土方さん」 は強く言って、土方の威圧的な尋問態度を押し黙らせた。鞘に収まったままの刀を持った土方は、の厳しい視線に触れて刀を握る手の力を抜いてしまう。 その後ろで山崎がのそりと起き上がった。 「山崎くん、ガーゼが足りないんだけど持って来てもらってもいい?」 「え? あ。は、はい」 山崎が部屋を辞したのを確認してから、は改めて沖田を見た。向かい合って座っているのにも関わらず、沖田はの目を見ない。傷が深いというよりは、疲労しているのだろうか。それとも、土方の説教には耳を貸さず、全く別の事を考えているのかもしれない。 「沖田くん、大丈夫? まだ傷痛む?」 「いえ。大丈夫です」 「どうしてこんな無茶したの? 今までこんな怪我してきたことないじゃない」 沖田は答えず、視線を落として俯いた。土方は面倒くさそうに眉根を寄せている。土方にとっては、沖田が起こした問題などは全て一括りにされているらしい。怪我の大小はさして意味がないようだ。 は、土方の事はもう無視をすることに決める。こんな、刀の事ばかり考えているような人に思いやりなども求めたって仕方がない。 「神楽ちゃんに怪我させたらしいわね? 沖田くん」 「……はぁ、まぁ」 「謝ってきなさいね」 沖田の驚いた目を見て、は視線を厳しくして沖田を睨んだ。沖田は視線を上げず、ただ目を丸くした。 「……なんで俺が……。勝手にキレやがったのはあっちで……」 「理由がなんであれ、女の子に怪我させるのはいけない事よ。自動車事故と同じでね、こっちが悪くなくても事故に遭ってしまったら責任はこっちにあるようになってるの。そういうものなの」 「……」 「謝ってきなさいね。沖田くんが行かないなら私が行くわ」 不服そうな沖田の表情を見つめながら、は沖田のその様子にミツバの影を見ていた。それはの目に付きまとうように、余韻を引きずりながら。 20091015修正 |