一 ひと きらい





天気の良い日に団子屋の軒先で飲む粗茶は最高に美味だ。しかもみたらし団子がセットとくれば言うことはない。そのはずだ。そのはずだ。

神楽は心の中で自分に言い聞かせながら、不機嫌な顔で口いっぱいに団子を頬張る。見方によっては、食べ過ぎて膨れたお腹を持て余しているようにも見えるけれど、あいにく神楽と背中合わせに座っている二人の大人からは、それは見えていなかった。

「いやぁ、助かるよ。今月ピンチでさぁ」

「そんなのいつもの事じゃない。いい加減まじめに仕事したら?」

「いやいや仕事はしてるんだよ? ただ依頼の数が少ないってだけで……」

「ようするに怠けてるだけでしょ」

銀時は団子を右手に持ちながら左手を後ろ手に付いて寛いでいて、は湯飲みを両手で暖めるように持っている。神楽は差した傘を肩に引っ掛けていて、それはまるで壁のようだった。神楽の耳に、二人の声は遠い。

「まぁそう言うなって。おぅ親父ぃ、団子三本追加ー」

「一体いくら食べる気なの? 私の財布は四次元ポケットじゃないんだけど」

「奢るって言ったのはお前だろ? 自分の言葉に責任を持て」

「限度はあるでしょって言ってるのよ。もう」

は母親みたいな理屈を並べて銀時を叱るけれど、声色はちっとも怒っていない。きっと呆れたみたいな笑顔でため息をつきながら横目で愛しげに銀時を眺めているんだろう。そう考えたら、腹が立った。神楽は傘の柄を握る手に力を込めて、やり場のない怒りを押し殺す。手のひらの中で、みしり、と小さく音が鳴った。

「おい神楽? お前も追加するなら今のうちだぞー。食えるだけ食っとけよー、こんな贅沢滅多にできないぞー」

「大した贅沢でもないでしょ。変な価値観植え付けないでよ。神楽ちゃん、何食べたい? 好きな物選んでいいわよ」

「え、何それ、何なのその優しさ? 神楽にだけそんな態度取って、そんな事したっていい事ないぞ」

銀時の突っ込みがいつもより活き活きしているような気がして、神楽は思いきり眉間に力を入れる。

何様だ、何様だ、こいつ。。銀時の幼馴染みだとか言っていたけれど、それが何だ。ぽっと出てきて、週に何度か、銀時とデートみたいにかぶき町をふらふら歩いたりして。キャサリンなんかはもう、二人は恋仲なのだと勝手に決めつけている。そんな事があってたまるかと思う。たまたま鉢合わせた神楽を見て、嬉しそうに笑ってみたりして。

うざい。鬱陶しいったらない。目の前から消えてほしかった。

「神楽ちゃん? どうかしたの?」

「なんだ、食べ過ぎて腹でも壊したのか? 無理することないぜ、その分俺が食うから」

その時、神楽の堪忍袋の尾が切れた。それはそれは綺麗に、ぷっつんと音を立てて切れた。

神楽は勢いに任せて湯飲みを乱暴に掴み上げると、運ばれてきたばかりの銀時の団子皿の上で逆さまにする。派手な水音と、銀時の悲鳴が重なった。

「だあああぁぁぁ!! 何しやがんだてめえええぇぇぇ!!」

「うぅるさぁいネ!! この甘味爺ぃ!!」

「ちくしょう、団子が台無しじゃねぇか!? んだよこれ、団子のお茶漬けって、どんなチャレンジャーだよ!」

「お前なんか団子喉に詰まらせてしまえ! そして二度と帰ってくるなぁ!!」

「いや意味分かんねぇし。つーかお茶漬けにしたら逆に喉越し良くならないこれ?」

「私帰る!! 絶対追いかけて来ないで!!」

最後に、神楽は傘の先で銀時の頭を殴ろうとしてかわされて、そのまま空いた手で銀時の鳩尾を殴った。銀時は今にも吐きそうな声を出して腹を抱えてうずくまる。神楽は最後に、ぽかんと目を丸くしているを一瞥して駆け足でその場を去った。

小さな足で走る神楽の後姿を眺めていたは、隣で猫みたいに背中を丸めて打ち震えている銀時に目をやって、何をするでもなく言った。

「大丈夫? こんな所で戻さないでね」

「て、てめぇ、もうちょっと労われよ……。あいつの馬鹿力はおっぱいがミサイルのお母さん千人分の馬鹿力なんだぞ」

「例えがよく分からないわ。しかもそれ使い回しじゃない。いくら意識が朦朧としてるからって手抜きしちゃ駄目よ?」

「いやなんでお前が知ってんだよ」

団子屋の親父が銀時を気遣って茶を持ってきたので、は団子のお茶漬けを片付けてもらって銀時の肩を叩いてやる。湯飲みを手渡すと、銀時はわずかに起き上がって青い顔でため息を吐いた。

「ったく、あの野郎。なんなんだよ、いきなり」

「私と会った時にはもう元気なかったと思うわよ。銀さんが何かしたんじゃないの?」

「知らねぇよ。年頃の女ってのはなんであぁ面倒くせぇんだ? 何考えてるんだか、お父さんにはさっぱりだ」

「お父さんなんて、娘には嫌われ役なんだから。仕方ないんじゃない」

はくすくすと笑って、疲れた様子の銀時が回復するのをしばらく待った。

その日はよく晴れていて、往来は人波に溢れている。空には鳥が親子で連れだって飛んだりしていた。

「ところで、実は本題があるんだけど、」

はふいに言って、銀時は湯飲みに口を着けたまま横目でを見る。は神楽が走り去った道を眺めていた。

「近藤さんが、銀さんにありがとうって伝えてくれって」

「何だそりゃ? 何の事だ?」

「沖田ミツバさんの事よ」

はお茶を一口飲んで言葉を切った。銀時は何も言わず、ただの言葉を聞いていた。

「葬儀は先週武州で執り行って、一昨日近藤さんと沖田くんが屯所に帰って来た所なの」

「へぇ。随分とせっかちなんだな。ちゃんと納骨済ませてきたんだろうな? 化けて出られても知らねぇぞ?」

「大丈夫よ、心配しないで。……だから、」

は笑顔で銀時を見やる。そのどこかに不自然さを感じながら、銀時は突っ込みの言葉を探しあぐねてつい黙りこんでしまった。

「ありがとうね」





神楽はぷんすかと効果音が出そうな顔をしながら、人通りの少ないかぶき町の路地を歩いていた。

子どもの一人歩きが安全とは口が裂けても言えないような場所だけれど、神楽はそこらの一般的な子どもとは体の造りがまるで違うのでそこは心配すべきところではない。むしろ心配すべきは、不機嫌な神楽の餌食になる何か、の方だ。

神楽が道端に落ちていた小石を蹴ったら、それは家一つ分の屋根を飛び越して昼寝をしていた黒猫の脳天に命中したりする。もちろんそれを神楽は知る由もないので、飛んで行ってしまった力のベクトルを持て余して、思わず吐き捨てるように呟いた。

「……銀ちゃんのばぁか」

「独り言かぃ?」

と、思わぬ所から帰ってきた応答に神楽は勢いよく振り向く。そこはコンビニの角で、人の姿はない。少し考えて視線を下に動かしたら、ベンチに黒い人影が寝そべっていて神楽は思わず後ずさってしまった。

その人は睫の長い目がプリントされているアイマスクを右手の親指で軽く持ち上げる。沖田総悟は、眠そうな目でだるそうに言った。

「おぅ。チャイナ」

「お前こんなトコで何してんだよ。税金ドロボウが」

「公務でぃ。見て分かんだろ」

「ただの昼寝だろうが! いい加減な事言ってんじゃねぇヨ!」

沖田は腕をぐんと振ってその勢いで上半身を起こして、黒々とした丸い瞳で神楽を見上げる。神楽は差した傘の影の中でむすりと唇を尖らせていた。

しばらくの睨み合い。鳥が親子で仲良く空を飛んだりしている。

「何お前? 何かあったの?」

心配なんか微塵も篭っていない冷えた声音で沖田は言う。神楽はぷいと顔を背けて言った。

「別に何でもないアル」

「あっそ。ところでさん見なかったか? 探してんだけどだけど。あの人ケータイ持ってなくてさ」

「今まで昼寝してた奴がよく言えるアルな」

さん見たのか見なかったのかって聞いてんでぃ」

神楽の脳裏に、さっきまで一緒にいた二人の大人の後姿が蘇った。仲良く団子なんか食べている後姿。思い出したらまた腹が立った。何様だ、何様だ。あいつ。

「……銀ちゃんとあっちの団子屋でいちゃついてるヨ」

「あぁ? 何それ?」

神楽はくるりと回れ右をして、傘で沖田との間に壁を作る。思い出したくもない、あんな二人のことを思い出させる沖田なんか、喧嘩の相手にもなりはしないと思った。

「なぁ、それまじなの? おい」

「……」

「聞いてんのかよ。チャイナ?」

「……さい」

「あ?」

「うるせぇんだよこの糞餓鬼いぃ!!」

「うぉあ!?」

そう思ったのに。神楽の手は傘の柄を握り直して閉じて、思い切り後ろに振っていた。それは沖田のこめかみ辺りの直撃コースだったのだけれど、寸前で交わした沖田はベンチに片手を付いてしゃがみこんで、眉間に皺を寄せて声を荒げた。

「なぁ! いきなり何しやがんだてめぇ!?」

「てめぇが余計なことべらべらしゃべるからだろぉ!?」

「俺はたださんのこと聞いただけだろ!? ……あ、お前。まさか」

「あんだよ!? しゃべってみろコラあぁ!?」

傘の先を沖田に突きつけた神楽は、女子にあるまじき形相で汚い言葉を吐き連ねていたけれど、沖田は珍しく反論しない。目を丸くして神楽を見る。

沖田の脳には神楽と共に銀時の姿が浮かんでいて、志村新八と三人並んでいる姿を思い浮かべた。まるで家族みたいに一つ屋根の下にいる三人を沖田は知っている。そして銀時とは幼馴染で、しかも今二人はデート中らしい。

沖田は神楽の傘の銃口を無視して、大きくうなだれて吐息した。そして神楽を見上げて、心底馬鹿にした笑顔で言ってやる。

「お前、いい加減に親離れしたら?」

「あぁ? なんだそれ? 何の事だコラぁ」

「そのままの意味だって。八つ当たりすんなよ。ったく」

言うだけ言って、がしがしと後ろ頭を掻いた沖田の眼前に、神楽は力を込めて傘の先を押し付けた。

沖田は微かに息を呑む。神楽は酷く冷めた目で沖田を見下ろしていて、沖田は微かに戦慄した。そして沖田の目も冴える。きんと、音を立てて二人は冷えた。



20091015修正