六 むかし かたり





「で、なんでそれを俺に愚痴る?」

「他に話せる人がいないからよ。悪い?」

は土方とのやりとりの一部始終を銀時に話していた。の色恋事に銀時は全く関係ないし、相手が土方であるとすれば尚更だ。興味だって欠片もない。それに、こういう話は本来女同士でするものだろう。

。お前友達少ないだろ」

「そんなつもりないけど、訳有りな職を渡り歩いてきたから今となってはもう会えない人がほとんどなのよ」

「訳有りって、一体今までどんな仕事をしてきたんだ」

言ったのは、銀時の枕を挟んでの反対側に正座している桂だ。その後ろにはエリザベスというあひるみたいな顔をした白い円筒型の生き物が、ぬいぐるみのように鎮座している。あんまり怪しいので、は始終見ないふりをしていた。桂が見舞いに果物を持ってきていたので、はその中から林檎を選んで皮を剥く。

「そうね、初めは大名家の住み込み下働きだったかしら」

するすると、細く林檎の皮の螺旋が落ちる。の視線はそこにじっと落ちている。

「それから、裏町の安い宿の女郎とか、キャバクラとかソープとか。掛け持ちして水商売は一通りやったわよ。年齢的厳しくなってからは貯めたお金で部屋借りてスナックとコンビニ掛け持ちして、それから真選組の家政婦になって……。そう考えると今が一番落ち着いてるわね」

言い終えてちょうど、ひとつの林檎が八当分されて皿の上に綺麗に並んだ。

馬鹿みたいにぽかんと口を開けての話を聞いていた銀時と桂は、「はいどうぞ」と勧められるままに林檎をつまんでしゃくりと噛む。言葉が出ないとはまさにこのこと、と言わんばかりの沈黙だ。破ったのは本人だった。

「まあ、それはどうでもいいんだけど。勝手に話の引き合いに出しちゃってごめんね、銀さん」

銀時は横になったままの姿勢で林檎をくわえたまま、居心地悪そうに答えた。

「……別にいいけどよぉ」

「何?」

「いや。お互い苦労したんだなって思っただけだ」

「そうね。みんなお互い様よ。どうでもいいんだけど」

「どうでもいいという事はないだろう」

と、桂は演技じみて目頭を押さえてうなだれる。こういう仕草は桂の昔からの癖で、決して悪気はない。

にそこまで苦労をさせていたとは……。まるで俺達の責任のように感じるのは何故だろうな」

「そんなことないわ、桂くん。先に皆から離れたのは私の方なんだから」

「いや、しかし俺達の恩人である松陽先生の愛娘であるを守ってやれなかったというのは、松陽先生への恩を仇で返したことになる」

桂は真っ直ぐにを見つめると、軽く目を伏せるように頭を下げた。

「すまなかったな、

「謝らないで。別に命を粗末にしたわけじゃないんだし……」

「いや、これでは俺の気が収まらない。これからは例え真選組に追われ危機的状況に陥っても必ずを守り抜くと約束しよう」

「それはこの間でたくさんよ桂くん」

銀時は頭上で交わされる会話に耳を傾けながら、寝たままだと林檎食いにくなぁ起きあがっていいかなと考えている。林檎も本当は生じゃなくてパフェとかコンポートとかで食べたい。アップルパイ、タルト、蜂蜜漬け、ケーキ。あぁ涎が垂れそうだ。

「それはそうと。相手はともかく身を固めるってのは少し考えた方がいいんじゃねぇのか?」

「え?」

ふいの銀時の言葉にはきょとんと目を丸くした。銀時はあまり見た事のないの驚く表情を見て、あぁこいつもこんな顔するんだなと思う。

「いい年だってのは本当の事だろ。それにいつまでもあんな所で働いてたら身が持たねぇだろうし、早いところ相手見つけて子どもでも作って、普通の生活送った方が老後のためだと思うぜ」

「銀さん」

「その意見には俺も賛成だ。そもそも真選組で働くなど、俺たちとの関係を考えれば危険極まりないだろう。そんな所はさっさと離れるべきだ」

「桂くんまで……。止めてよそんな事言うの」

は心底嫌そうに目を細めて、すっと姿勢を正して溜め息を吐く。

「私まだ結婚とか考えてないし、真撰組を離れる気もないわ。人生で一番安定した生活を送れてるのに、それを手放すなんて出来る訳ないじゃない」

「いや、しかし

桂は林檎の一切れをエリザベスに食べさせて、自分でももう一切れ取って食べた。

「一歩間違えたら、関係もないのにが攘夷志士というレッテルを貼られてる恐れもあるんだぞ? そんな不安を抱えたままで平気なのか?」

も林檎を一つ掴んで、銀時の口に放り込んでやった後に自分でももう一切れ取って食べた。

「誰でも生きてれば少なからず不安はあるでしょ。それになんだかんだで真選組には馴染んでるし、大丈夫よ」

憤然と言うに、桂はそれ以上反論しようが無くなって口を噤む。桂は銀時に目配せをして、銀時はそれに応えて仕方がないとでも言いたげに口端を持ち上げて笑った。

「随分自信があるんだな? 尊敬するよ」

「自信じゃないわ。たぶんそうなるんだろうなって、なんとなく思ってるだけ」

そんなことを言いながら、はとても楽しげに笑った。銀時と桂を安心させてやるために。本音は言葉にしないまま喉の奥に閉じこめた。





「近藤さん、さん見ませんでしたか?」

近藤の部屋にやってくるなりそう問うたのは沖田だ。近藤は丁度刀の手入れをしていた所で、突然の来客に驚いた。

「なんだ総悟か。驚かせるなよ」

「すいやせん。で、さんは?」

沖田は開けたままの障子戸の側に立ったままで、どうやら急ぎの用があるらしい。

ちゃんなら、万事屋が事故にあったとかでその見舞いだ。しばらく通って世話してやりたいとかで、今日は遅くなるらしいぞ。どうかしたのか?」

「いや、今日の夕飯はハンバーグの約束だったんですがどうやら煮込みらしくて。俺は上に目玉焼きが乗ってる奴がよかったんですが」

「我を通すのもいい加減にしろお前は!」

沖田は納得したのか諦めたのか、なんとはなしに頬を掻いてのこのこと庇を跨いだ。近藤は刀を持った手を降ろしてそれを向かえ入れる。

沖田は十八という年齢にはとても思えない幼い顔立ちをしているけれど、純粋で可愛らしく見えるその瞳も実は嘘っぱちだ。近藤はその心の内の黒さが生まれた過程をずっと見てきているので知っている。

「万事屋の旦那、そんなに重症なんですかね?」

だからこそ、やたらと真剣な顔をして、少しだけ不安そうに視線を落として、こんなことを尋ねてくるなんて意外だった。近藤はつい目を見張ってしまう。

「どうした総悟? 万事屋の心配なんて珍しいな」

「俺が心配してるのは旦那の方じゃなくてさんの方でさぁ」

沖田は刀を腰から引き抜いて座って、近藤を見上げて言う。

さん、旦那と会うようになってから少しおかしくないですか?」

「どういうことだ? それは?」

「はっきりとは言えないんですが、なんだか、俺達に隠し事してるみたいな」

「何が言いたいんだ?」

心底訳が訳が分からず首を傾げるばかりの近藤に、沖田はずばりと告げた。

「もしかしてさん、旦那と恋仲なんじゃないですかね?」

近藤は思わず刀を取り落として、畳に綺麗に突き刺した。

「なんだとぉぉおお!? それは本当なのか総悟ぉぉおお!!」

大音声を上げて仁王立ちになる近藤を見上げて、沖田は努めて冷静に言う。

「いや、単に憶測ですけど。考えられないことでもないんじゃないかなぁと……」

「なんてことだ! そうだとしたらちゃんになんて理不尽な事言っちまったんだ! 俺はぁあ!」

「何言ったんですか? 局長」

近藤はなんだか泣きそうな顔で頭を抱えこんでいて、どうやら沖田の声は届いていないらしい。沖田はさてどうしたらいいものかと考え込んだけれど、こういう時の近藤は鬼の副長でも止められないのだ。なんだか面倒臭くなった。

と、その時、慌ただしい足音が縁側を駆けてくる音がして、沖田は悶絶している近藤を尻目にそちらに視線をやる。飛び込むようにして顔を覗かせたのは監察方の山崎だ。

「失礼します局長! 副長から伝達です! 攘夷志士の残党がかぶき町に……!」



20091009修正