三 みつごと の まえ






山崎は酷い顔をしていた。目の下には隈が浮いていて、顔色は紙のように白い。さながら病人のようで、いつものバドミントンの素振りにも力がこもっていない。普通なら誰か心配して「どうした山崎。そんな酷い顔をして」と声を掛けてくれてもよさそうなものだけれど、そのあまりに近寄りがたい雰囲気に、誰も遠巻きに見守るだけである。

山崎の体調不良は近頃請け負っている極秘任務に起因している。土方に命じられた、坂田銀時と攘夷志士との関わりについての調査だ。志村新八の家で療養中だという銀時の様子を床下やら屋根裏やらで盗聴するという、人道的でない任務をこなしていた監察方の山崎退は、昨日たまたまが銀時を尋ねてきた場面に遭遇してしまったのだ。 そう、山崎はの秘密を知ってしまったのである。

まさか、土方の推理が的を射ていただなんて思いもしなかった。銀時とが攘夷志士と関わりを持っているんじゃないかという疑いが真実だったなんて、思いもしなかった。は人間としてとてもよく出来ている人なのに、こんなに大きな嘘を抱えている事も信じられない。そんな嘘を抱えながら、いつもあんなににこにこと愛想よく振舞っていられる神経も信じられない。 があの悪名高いテロリスト達の名前を親しみを込めて呼ぶ声には耳を塞いでしまいたくなる程の衝撃を受けた。その驚きと戸惑いは全て表情になって表れてしまう。

「おい、山崎」

「はぁっ! はいぃ! なんでしょうかあ!」

「うるせぇよ。何なんだよお前」

土方に突然声を掛けられて、山崎は顔色を更に悪くして胸を押さえた。まるで本物の病人だ。いや、心労のあまり本当に病気になってしまったのかも知れないと自分自身で思う。

土方は不審げに首を傾げたけれど、煙草を持ち直して問うた。

「この間話したヤマ、どうなってる」

山崎は滝のように汗を流した。まさかこんな事を土方に告げるわけにはいかない。そんなことはできる訳がなかった。

「えーっと、それはまだちょっと調査中でして……」

頬を汗でどろどろに濡らしている山崎の顔がちょっと気持ち悪かったので、土方はなんだこいつ病気か? と疑わしい目をする。同時に、あまり長く話をしていたくないと思ったのか、それ以上詮索はせずにすぐ踵を返した。

「そうか。できるだけ早く報告書出せよ」

「へぇい! 分かりましたぁ!」

山崎は空元気な声を出して、疑問符を浮かべる土方の背を見送った。

その背にまた別の声が掛かる。

「山崎君」

「はぁっ! はいぃ! なんでしょうかあ!」

「……驚かせた? 大丈夫?」

今度はだった。これは土方より質が悪い。山崎はもはや吐きそうな気分だった。

「いいえ、大丈夫ですよ! そんな、心配しないでください!」

「みんな山崎くんの様子がおかしいって心配してるんだけど。具合でも悪いの? 顔色悪いわよ?」

「いえいえいえ何でもないです! 最近仕事が忙しくて、ちょっと疲れてるだけですよ」

「そう? 土方さんに扱使われてるんだったらちゃんと言わなくちゃだめよ。体は大切にね」

「はい、心配かけてすみません! ありがとうございます! じゃ、失礼します!」

が何か答える前に、山崎は短距離走のつもりで勢いよく逃げた。このままでは心臓がもたず、本当に病気になって死んでしまいそうな気分だったからだ。

取り残されたは、きょとんとしてその背中を見送る。一体山崎に何があったのか。気になるけれど問いただす隙もなかった。何があったかは知らないが、あの顔色で大丈夫だろうか。突然倒れるなんて事にならなければいいけれど。

さん。おはようございます」

と、に声を掛けたのは沖田だ。起きたばかりらしく寝癖がついたままの浴衣姿で、帯刀もしていない。縁側の縁に立っていたので、庭にいたは歩み寄って沖田を見あげる格好で挨拶をした。

「おはよう、沖田くん。今日は朝寝坊なのね」

「すいやせん。朝飯食いっぱぐれました」

「残念でした。お昼までお預け」

けれどやはり、沖田は腹が減っているようで、眉を寄せて腹をさする。は笑って、沖田の足下に腰を下ろして隣を促した。沖田は素直にそれに従う。

「ね、ちょっと聞きたいんだけど、山崎くん何かあったのかしら? 酷い顔してたんだけど」

「山崎ですかぃ? さぁ、監察方の仕事は俺もよく知らねぇんですよ。土方さんが牛耳ってますからね、あそこは」

「じゃぁやっぱり扱使われてるのかしらね?」

「それはいつもの事でしょう」

「それもそうね」

「何かデカイヤマでも抱えてるんじゃないですかね」

沖田は縁側から足を外に投げ出して、指先に下駄をつっかけて立ち上がる。からん、からんと軽やかに歩く沖田はに背を向けたまま、「ところでさん」と切り出した。

「万事屋の旦那が大怪我したって本当ですかぃ?」

「あら、誰から聞いたの? それ」

「監察方の奴からです。最近旦那の周り嗅ぎ回ってるらしいですぜ。たぶん山崎も絡んでるでしょうね」

「……もしかして、それって銀さんの事まだ疑ってるってこと?」

「そういう事だと思いますぜ」

銀時が真選組に疑われるようになったきっかけは、俗に池田屋事件と呼ばれる攘夷志士が大量検挙された事件にある。そこにたまたま(とは言えないかもしれないが)居合わせていた銀時が攘夷志士のリーダー格である桂小太郎との関わりを疑われているのだ。と銀時が昔馴染みだと言う情報が土方に伝わってからは、までもが銀時を通じて桂にまで繋がっているのではないかという疑いを掛けられている。

「……いい加減にしてほしいわね。違うって言ってるのに……」

溜め息を吐きながら、は少し疲れたように笑った。沖田はそれを見て、寝癖の付いた頭を掻く。

さんは旦那の怪我の原因、知ってるんですかぃ?」

「原付で転んだって聞いたわ。馬鹿よね、本当」

沖田は縁側に座ったままのをじっと監察する。はぼんやりと膝に頬杖をついて、斜め下の方を向いて微笑んでいる。何を考えているのかとっさには読めない。

「よかったら、お見舞いにでも行ってあげて頂戴。案外ピンピンしてるのに体動かせなくて鬱々してるから」

「はぁ。分かりました」

「おぉい。総悟!」

と、その時大きな声に呼ばれて沖田は振り向いた。声の主は近藤だ。真選組の隊服に身を包んだ近藤は外回りから戻ってきたところのようだ。刀をベルトから外して手に持って、反対の手を顔の高さに上げている。

「なんだ、今起きたのか? いくら非番だからっていつまで寝てるんだ。いい若者が!」

「近藤さんは朝から騒がしいですねぇ。発情期ですか」

「なんでだ。それに今は朝じゃないぞ。もう昼前だ。おぉ、ちゃんもここにいたのか。お疲れさん」

に気付いた近藤は、白い歯を見せて明るく笑う。は頬杖を解いて会釈をした。

「おかえりなさい、近藤さん。お疲れ様です」

「あぁ。すまないが、ちゃん。今時間はあるか?」

「えぇ。何かありましたか?」

「いや、ちょっと話があるんだが、顔を貸して貰ってもいいか? あぁ、総悟は来るなよ。ちゃんと二人で話がしたいんだ」

近藤は言うだけ言って、その場で靴を脱いで縁側に上がる。はそれを目で追って、近藤に習って同じようにした。

沖田はその一部始終を見て、「またね」と手を振って近藤の後を付いていくを瞬きをして見送った。二人でしたい話とやらは無性に気になったけれど、立ち聞きをしようとまでは思わなかった。


20091008修正