二 ふあん ふたり ふるき こと






は次の日、買い物のついでに万事屋へ寄ってみた。桂と高杉がもめたというのなら、銀時が何か知っているかも知れないと思ったからだ。

銀時と再会を果たして、桂ともほんの一瞬だけの再会を果たした。それからというもの、他の仲間達が戦争以後どんな生活をしているのか考えない日はない。忘れていたかつての思い出が蘇ってきて、毎晩夢に見る程だった。

スナックお登勢の二階にあるガラスの引き戸の前に立って、は古びたドアベルを押す。ジリリリリというけたたましい音。返る声はない。

「……留守かしら?」

もう一度押す。ジリリリリ。やはり返事はない。

「仕事かな。珍しいこともあるのね」

せっかく尋ねて来たというのに、無駄足だったとは踵を返す。木造二階建ての家は歩くたびに床が軋んだ。抜けそうで抜けない危うい床だ。気を付けて、一歩一歩を踏みしめるように階段を下る。

下りきった時、まるでタイミングを見計らったように一階の引き戸ががらりと開いた。おそらく床板の軋みで気付いたのだろう。

「あんた、万事屋に用かい?」

と、かすれて低い声で言ったのは化粧の濃い中年の婦人だった。おそらく「スナックお登勢」の経営者だろうとあたりをつける。指先に挟んだ煙草はまだ長く、黒い着物がよく似合う、さながら極道の妻のような人だった。

「えぇ。でも留守みたいで……」

「銀時なら、怪我したとかで療養中だよ」

「え? 怪我?」

黒い着物のおばさんは長く煙を吐いてそう言った。は、なんだか誰かに似ている、と思って、それが誰なのかは分からなかった。

「原因は知らないけど、新八のところで面倒見てるそうだ。急ぎの用ならそっちに行きな」

「はぁ、ありがとうごいます」

おばさんは言うだけ言って、また引き戸の中に戻っていった。
はそれを見送って、それじゃその新八さんとやらのところに行ってみようと決める。幸い時間ならもう少しだけ残っている。

さて、新八とやらの家はどこだろうか。もう一度おばさんに聞いてみよう。



***


「ていうか、来るなら土産くらい持ってこいよ。チョコレートとかケーキとか」

「そんな重傷で何言ってんのよ」

銀時は布団に横になったまま物欲しそうな目で頭の後ろで手を組んでいて、はその枕元に正座をしている。

銀時が志村家であてがわれた部屋は家の中で一番広い座敷だった。隙あらば逃げ出そうとする銀時を一番見張りやすい場所に軟禁するためらしい。そんな状況下でも銀時の顔色も良くいつも通りの憎まれ口も突っ込みも健在だったので、ひとまずは安心した。

「いや、だから。銀さんは定期的に甘いもの食べないとだめなんだって。治るもんも治らないだろ」

「体に優しいものを食べなさい。治るものも治らないから」

「だぁから俺の栄養分は糖分が全てなんだって。この長い付き合いでまだ分かってないのかお前は」

「長い付き合いだからこそ分かって言ってるんじゃない」

「あー、ただでさえ近頃まともなもの食えてねぇってのに。始めての見舞客がこれじゃ夢も希望もねぇよ」

「人の家にお世話になってる身でその言い草はなんなのよ」

溜め息を押し殺さず言って、は前に落ちてきた髪を耳に掛ける。銀時は本気で残念そうな顔をして、ぼんやり天井を眺めていた。やっぱりこの人は心配するだけ無駄なのだ。相変わらず口は減らないし態度はふてぶてしい。どんなに心配したってこちらの身が持たない。けれど、はそれを何も考えずに受け入れられるほど素直な性格をしてはいない。

「一体何の無茶したの?」

「別に何もしてねぇよ」

「何もしないでどうしてそんな大怪我するのよ」

「これはあれだ。バイクで転んだ」

「桂くんと高杉くんが喧嘩したって土方さんが言ってたのよね」

「へぇー。そういやそんなニュースやってたなぁ」

「なんだかすごい騒ぎだったみたいで、どっちの勢力も被害が尋常じゃないんですって。二人とも怪我してなければいいけど」

「あいつらなら頑丈だから大丈夫だろ」

「頑丈なのは銀さんでしょ。人斬りさんに斬られてそんな大怪我したって、さっき新八君に聞いたんだけ……」

「新八の奴何勝手にしゃべってんだぁあ!! お前も分かってるなら聞くなぁあ!! 面倒臭ぇんだよいちいちぃ!!」

大声を出して起きあがった銀時は、それで傷口が痛んだのか「うおおぉぉ」とか呻きながら腹を押さえて俯いた。はしばらくそれを見守ってから、もう一度横になるのに手を貸してやる。銀時は呼吸を整えるのにしばらくかかって、それから溜め息に乗せて言う。

「……ったく、お前もいい加減お人好しだな。いつまであんな奴らの心配なんかしてんだよ」

「別にそんなんじゃないわよ。もう私に何ができるでもないんだし」

が思い出すのは近頃夢に見る過去の記憶だ。銀時、桂、高杉、皆。そして、松陽。暖かい日差しと、温かな家。明るく、騒がしく、幸せだったあの頃。

「ニュースを見て、桂君や高杉君はまだ生きてるんだって確かめて……。出来る事なんて、それだけよ」

「寂しいか? 昔のダチに会えなくて」

「そうね、寂しいわね」

いつになく素直に言ったに、銀時は目を見張る。寝転がった姿勢からを見上げているから、その表情がはっきり見えた。はぐっと眉根を寄せて、痛みを堪えるような、怒りを押し殺しているような、張りつめた表情をしていた。

「……だから、そういう無茶しないで。死にかけるような事しないで。銀さんが死んじゃったら、どうしたらいいか分からないから……」

「……、お前……」

「失礼しますー。お茶お持ちしましたぁ」

と、そこに何か沸騰した液体が満たされた湯飲みを盆に乗せて、お妙が襖を開けた。何かごぽごぽ言っている湯飲みは今にも溶けそうだったけれど、お妙は気持ちいいくらいの笑顔だった。

「あぁ、わざわざすみません」

そう言って顔を上げたはいつも通りの笑顔に戻っていて、銀時は拍子抜ける。なんだかとっさに言葉が出なくて、銀時は押し黙った。



20091007修正