六 むかしばなし と むくどり 夜のかぶき町は騒がしい。けばけばしいネオンの光と怒声に嬌声。耳を塞ぎたくなるような雑音の塊だ。 この時間、普段は屯所にいるはずのは、それらの波に埋もれて体中を嫌悪感に震わせていた。眉間の皺が普段見せたことがないほど深い。穏やかな性格のにこんな顔をさせる人間はそうそういないが、今夜ばかりは仕方がなかった。 「まいったな……。ここまで手が早いとは、予想外だ」 「予想外はこっちのせりふなんだけど、桂くん」 ここは表通りの喧噪から少し離れた路地裏である。褌一枚のホームレスや胸元まで肌をさらけ出した女郎なんかが二人の視界に入る位置にいるけれど、それはさして大事なことではない。問題はけたたましく鳴るサイレンと真選組の黒い隊服の群だ。 の隣にいる男は、攘夷志士のテロリストとして指名手配中の桂小太郎である。二人はずっと昔に同じ寺子屋に通っていた者同士ではあるが、再会したのは攘夷戦争に参加する以前に袂を分かって以来初めてのことだった。もちろんこの再会は銀時と同様偶然以外の何物でもない。けれど二人が喜びを噛みしめる間もなく状況は切迫していた。 は買出しのために街に出ていたのだけれど、その途中俄かに道行く人々が騒がしくなったと思ったらそれからはあっという間だった。桂小太郎の目撃情報が真撰組に入ったらしく、隊士達が街中に溢れて物々しい雰囲気になる。に話しかけてくる隊士も何人かいて、出来るだけ早く屯所に戻るようにと何度も何度も忠告された。桂の事を考えて、銀時と同じように会って話をしたいと思う。けれど真撰組がこんなにも大々的に出動している今それは難しい事だとも思った。 は潔く諦めて屯所に戻ろうとしたのである。けれど立ち食い蕎麦屋から出てきた桂と、偶然に鉢合わせてしまったのだ。それだけなら無視する事も出来たものの、桂が大声での名前を呼んでしまったからもう始末に終えなかった。 「どうして私があなたと一緒に逃げなくちゃならないのかしら?」 「巻き込んだことについては悪かったと思っている。まさかこんな事になるとは俺も思っていなかったんだ」 「立ち食い蕎麦屋で呑気に食事なんかするようなテロリストがどこにいるってのよ」 「いや、だってしばらくまともな食事をとってなかったものだからな……」 「それでよく派閥のリーダーなんかやってられるわね? 攘夷志士の風上にも置けないわ」 「それは心外だ。腹が減っては戦はできぬと言うだろう。いかなる危険を冒してでも食事だけは、」 「あなたの腹のためにどうして私が巻き添え食わなきゃならないのって言ってるのよ」 「ん! まずい気付かれた! ! こっちへ!」 「だからなんで一緒に逃げなきゃならないのよ!」 「がここにいたら俺との関係を疑われるぞ!?」 がこんなに腹を立てたのは、本当に久しぶりの事だった。 「土方さん!」 パトカーに背を預けて煙草を吹かしながら、腕組みをしている土方の元に駆けてきたのは山崎だ。土方は厳しい表情のまま質問を返した。 「どうだった?」 「だめです。やっぱり単独で逃げられるとこっちが不利ですね。すぐ見失っちまって……」 「路地囲って追いつめろ。あいつも人間なんだから空飛んで逃げたりはしねぇだろ」 「分かりました。それから、ひとつ妙な情報が入ってるんですけど、」 「何だ?」 山崎は土方の側に寄って、口元に手を添えて耳打ちをする。 「桂の奴、女連れて逃げてるらしいんです」 「あぁ? なんだそりゃ? 」 「さぁ。今までこんなこと無かったんですけどね。女がどこの誰なのかもまだ分かりませんし……」 いつの間にか、土方は口元に手を当てて黙りこんでしまっていた。鋭い視線はそのまま、瞬きの数が少し多い。 山崎は最近の土方が一番気に掛けている事をよく知っていたから、土方が何を考えているのか確認するまでもなく分かって、同時に苛立った。土方は今の事を考えている。桂が連れて逃げているのは、なのではないかと。 「さんなら、いつもこの時間は屯所ですからね」 「……誰もあいつのことなんか聞いてねぇだろ」 言葉とは裏腹に、戸惑った表情と自信なさげな声が嘘を物語っていた。土方は無器用だ。山崎は思わず両手を腰に当てて語気を強めた。 「まださんのこと疑ってるんですか? 副長はさんに対して思いやりがなさすぎます」 「どういう意味だ?」 「そのままの意味ですよですよ。さんはこれまでずっと俺達に尽くしてくれたじゃないですか。その恩を仇で返すつもりですか?」 「……うるっせぇな。その台詞、もう聞き飽きてんだよ」 土方は面倒臭そうに眉根を寄せて、山崎の言う事など気にも留めていない様子だった。山崎は心底呆れて目を細める。土方の頭の固さは重々承知していたつもりでも、こうはっきりとその性分を目の当たりにするとがっかりするのも一入だった。 20091004修正 |