五 ことのは かいをあやまる まよいつじ






「ちょっといいか? 局長」

すぱん、と気持ちいい音を立てて部屋に入ってきた土方を見て、近藤は慌てて机の上の便箋をばさばさ音を立てて片づけた。

「なななななんだトシ! 突然!」

「……何してんだ?」

「なななななんでもないぞ! 断じてお妙さんにラブレターをしたためていたわけではない!」

近藤はぐしゃぐしゃに丸めた紙の山をゴミ箱にぽんぽん投げているがひとつも入っていない。つっこむのも馬鹿らしかったので、土方は無視して近藤の隣に腰を下ろした。

「聞きたいことがある」

「あぁ、なんだどうした?」

近藤は首を傾げて体ごと土方に向き合う。土方はいつものくわえ煙草を口から話して、長く煙を吐いた。けれどその仕草は何か心構えをするような形式的なもので、近藤は不穏なものを感じ取って口元を硬く引き結んだ。

「山崎から聞いた話なんだが、万事屋の野郎と桂が接触したらしいって情報がある」

「そうか。しかしその手の話にはいつも確かな証拠がないんだろう?」

「聞きてぇのはその事じゃねぇ」

言葉を選ぶような間があって、土方は口元から煙草を離して改めて問うた。

が野郎と知り合いだって話は聞いたか?」

「あぁ。総悟がそんなこと言ってたな」

が桂と繋がりがあるってことはないか? どう思う?」

近藤はきょとんと目を見張った。どちらも何も言わない間がしばらくあって、次の瞬間近藤は弾けたように大声で笑った。

「はははははっ! 何言ってんだトシ! 悪い冗談だな!」

「あぁ?」

ちゃんが桂なんかと関係あるわけが無いだろう?」

「根拠はあんのか?」

「根拠とかどうとかそういう問題じゃないだろ」

近藤は腕を組んで背筋をすっと伸ばすと、軽く首を傾げて目を細める仕草をした。

「今までちゃんがどれだけ俺たちに尽くしてくれたと思ってる? それを疑うのは恩を仇で返すようなもんだ」

「可能性は否定できねぇって言ってんだよ」

ちゃんを見てれば分かるだろ。百歩譲って桂と関係があったとしても、俺たちを売るようなまねするなんてありえないって」

「だから、その自信はどっから出てくるんだ?」

と、その瞬間土方の背中で爆発が起きて襖が吹っ飛んだ。こんな事をする人間はとりあえず沖田総悟しかいない。

「おいこら総悟!! 何やってんだ!! また屯所壊しやがって!!」

「なんでぃ。まだ生きてたんですかぃ土方さん」

「てめぇオレに何の恨みがあんだよいつもいつもぉ!!」

「同じ空気を吸うのもわずらわしい」

「え、存在そのもの?」

「あっはっはっは! 総悟、今日はそのくらいにしておけ。トシも少し疲れてるみたいだからなぁ」

沖田の不機嫌さは、今ここでの土方と近藤の話を立ち聞きしていたことから来るものなのだけれど、土方がそれを知るよしもなかった。





さん。これありがとうございました」

夜中にほど近い頃、台所で朝食の仕込みをしていたの元にやって来たのは、やたらでかい鍋とおたまを抱えた山崎だ。

「もういいの?」

「はい。おかげさまで完璧なブツを作れましたよ! 今度お見せします!」

胸の前でぐっとこぶしを握る山崎はあまり見せたことのない生き生きした表情をしていて、は何を作っていたのかは聞かないことに決めた。ろくなものではさそうだった。

「こんなに遅くまで仕込ですか?」

「うん。味噌汁をね」

「ここまで一生懸命やってくれてるんなら、そりゃうまくて当然ですね」

「ありがとう。そんなに誉めてくれるの山崎くんと沖田くんくらいよ」

は冗談でなくそう言ったのだけれど、山崎は腑に落ちなかった。
と土方の関係は屯所内で知らない人間はいない。毎夜必ず徒然に話をする二人は恋仲にある。その関係は本当のところとても淡白なものだけれど、噂は経た人の口の数だけ色が着くもので、山崎の元にたどり着く頃にはそりゃぁもう仲睦まじい土方とのツーショットができあがっていた。つまり、今日の食事もうまかったよやっぱりの作る飯は最高だないやだ土方さんってばあははうふふ、なんていう二人の図が、山崎の脳内ではできあがっていたのだ。

けれど今の話を聞くかぎりでは、土方はの作る食事を誉めたことはないらしい。恋愛経験の乏しい山崎にとってそれは意外なことだった。

「山崎くん? どうかした?」

知らず黙り込んでしまっていた山崎は、に不思議そうに問われてはっとした。

「い、いいえ。別に」

「そう?」

「何でもないです。ちょっとぼーっとしてました」

「そう」

首を傾げながらではあったけれど、はすんなり味噌汁の鍋に視線を戻した。山崎にすっかり背を向ける格好になって、山崎は若干ほっとした。そのせいだろうか、元来から素直な性格が災いして浮かんだ言葉がぽろりと口から零れてしまった。

「昼間はすみませんでした。あんなこと聞いて」

言ってから、これは自分が謝らなければならないことだったのだろうかと疑問が浮かぶ。しまった、失言だったと思った。

「あんなことって?」

「あの、副長が言ってたじゃないですか。万事屋の旦那とさんがどうのって」

そうだ、これは土方が言ったことだったのだ。山崎が謝る義理はない。なぜこんな事を話しているのか自分自身でも分からないまま、山崎は言葉を止められなかった。

「副長も、何も悪気があった訳じゃないと思いますよ」

「気にしてくれたんだ、ありがとう。でも私、そんなに怒ってるように見えてた?」

「いや、そういう訳じゃないんですけど……」

「ねぇ、山崎くん」

は山崎の顔を見ない。鍋をの覗き込みながら、背筋はいつものようにすっと伸びている。けれど山崎にはそこに、少しだけ淋しげな空気を見た。それは微かな溜め息だった。

「そんなに気にしてくれなくても、私は平気よ。土方さんにしたらいつもの事だもの」

「いつもって、いつもあぁなんですかあの人?」

「誤解を受けそうだからフォローしておくけど」

はコンロの火を止めて、鍋に蓋を落とす。おたまを流しに避けて軽くその場を片づけると、山崎を振り返った。

「あの人は仕事馬鹿で、あぁいう風にしかできない人だから。仕方ないのよ」

「……それは、どういう意味ですか?」

は口元に薄く笑みを浮かべる。すっと目が細くなって、まるで子どもを見守る母親のような表情になった。少しだけ疲れた、けれど慈しみが溢れ出しそうな、そんな穏やかな笑みだった。

「優しい言葉をかけて貰いたいとか、そういうことを願っちゃいけないって事よ」

の言おうとしていることは、山崎には正直分からなかった。けれどの笑顔には迷いや不安や、そういうマイナスの類のものはなく、自信に似た光があるように山崎には見えた。が土方と一緒にいられるのは、この光があるからなんだろうなと、山崎は漠然と思った。



20091004修正