34 真選組が料亭「かえで」に一斉に突撃したのは、沖田が吉田の首をかき斬ったその直後で、沖田がを連れて部屋を出ようとしたところに、ちょうど土方と銀時が先陣を切って現れた。隊士たちがあちらこちらを走り回って声を上げているのが、遠くから聞こえてくる。この部屋以外にも攘夷志士が潜んでいたらしく、 刀を交える鋭い音や悲鳴が遠くから聞こえてきた。 土方と銀時は沖田とに気づくや、ぽかんと目を丸くした。 「どうしたんですか? 土方さん、旦那?」 沖田はあっけらかんと言った。 「どうしたじゃねぇ。吉田は? どうした?」 「もう終わらせっちまいましたよ」 沖田は視線だけで部屋の中を示し、土方はすぐに部屋の中を検めはじめた。 銀時は木刀を腰にさすと、どこか冷静な顔をして沖田の隣に立つのそばに来た。入念に化粧をしたの顔をまじまじと見て、銀時は呆れた声で言った。 「なんだ? そのツラ?」 はかっと頬を赤くした。銀時の前でこんなに入念にめかしこんだ事は一度もなく、化粧をした顔を見られる方が気恥ずかしかった。 「うるさいわね、気合いが入ってたのよ」 は赤い唇をむっと尖らせる。銀時は、の額に落ちかかった前髪をかき上げてやって、やつれて細くなった頬を撫でた。 「大丈夫か?」 「えぇ。沖田くんのおかげで傷ひとつないわ」 「そうじゃなくて」 銀時はどこか痛むような顔をして、じっとを見ている。は銀時を安心させてやるために、無理に微笑んだ。 「大丈夫よ。心配かけてごめんね」 「高杉は? 会ったのか?」 「ううん、来なかった。私に会いに来ないなら、他の部屋にもきっといないわよ」 「大した自信だなぁ、おい」 部屋の中を調べた土方は戻ってくるなり毒づいた。 「ったく、全滅じゃねぇか。ひとりぐらい残しておけよ、これじゃ取り調べもできねぇ」 「それが嫌だからやったんですよ」 と、沖田はの耳にしか聞こえないような小さな声で言った。が沖田を見ると、沖田は意味ありげに片目をつむってみせた。 「さぁて、旦那。仕事も終わったんでそろそろ帰りますか」 「おぉ、そうだな。神楽と新八も連れて帰らねぇと。もう時間も遅いからな」 「おいぃ! お前ら何自由に行動してんだぁ!? 総悟! お前は仕事しろぉ!!」 土方の悲痛な叫びには耳も貸さず、ふたりはさっさと引き上げてしまった。土方はその背中に向かって、苛々と何か汚い言葉を吐き捨て、刀を鞘に収めた。 それからやっと、を見た。その表情は、疲れ切ったようにも見え、怒りに震えているようにも見え、悲しくて泣き出す直前のようでもあって、何を考えているのか分からない。が土方の顔を見るのは1週間ぶりだ。話さなければいけないことはたくさんあるはずなのに、とっさに声が出てこなかった。 「」 土方に名前を呼ばれるだけで、体が震えた。人一人分ほどの距離をとって、土方はの真正面に立った。 「大丈夫か?」 「……はい」 かすれた声では答えた。銀時にしたように、土方を安心させてやるために微笑むこともできなかった。ぎゅっと手を握り締める。土方と顔を合わせるだけでこんなに緊張するなんて、思っていなかった。秘密を明かさなければならないかもしれない。本当の事を話して、土方に嫌われてしまったらどうしよう。そう思うと恐怖すら感じた。 「……悪かったな」 土方の一言に、は目を丸くした。 「……どうして、謝るんですか?」 「もう二度と、お前をこんなことに巻き込まねえって、思ってたんだよ」 土方は視線を落として、悔しそうに唇を噛む。体の横でぎゅっと握った拳が震えた。 「自分が、情けねぇ……」 土方は、どうしようもないやるせなさで爆発しそうだった。真選組副長という立場があるのだから、を助け出すために自由に動けないことは承知していたつもりだったけれど、気持ちが収まらなかった。今回の件で、自分はのために何ができただろう。何も、できなかった。それが悔しくて、情けなくて、土方は自分の無力さを呪った。 は静かに首を横に振る。 「土方さんは、悪くありませんよ」 「いや、俺が悪ぃんだ。気ィすまねぇから、謝らせろよ」 土方はうつむいて顔を上げない。はその顔を見つめて、じっと考えた。もしも土方に本当のことを話したら、そばにはいられなくなるかもしれない。それでも、これからずっと嘘をつき続けるより、土方にこんな辛そうな顔をさせるくらいなら本当の事を話した方がいいように思えた。 沖田がの秘密を守っていてくれたのは、が自分から土方に真実を告げるのを待っていてくれたからだ。だからひとりであんな無茶をしたのだ。その思いを、無駄にしたくない。 は自分を奮い立たせて、ぎゅっと握りしめていた両手を解いて、土方に歩み寄る。土方の拳を取って、両手で包み込むように握りしめた。 「……そんな風に、謝らないでください」 の声は震えていた。今まで、こんな風になけなしの勇気を振り絞ったことなんかない。心臓がばくばくと鳴っているのが分かる。土方の目をまっすぐに見ることができない。 「……?」 土方の言葉ひとつに、全身で反応してしまう。自分の体が自分のものではなくなってしまったみたいだった。 「土方さんに、話さなくちゃいけないことがあるんです」 は思い切って顔を上げる。土方はぎゅっと眉根を寄せて、心配そうにを見下ろしていた。その顔を見たら、もう我慢ができなかった。 「何泣いてんだよ?」 土方が呆れたように言う。は涙が溢れるままそれを拭いもせずに泣いた。土方の手を握った両手は力が入りすぎて自分から離せない。土方の顔を見たら、もう目を反らせなくなった。ずっと、この人に会いたかったのだということに今更気がついて、胸がいっぱいになった。 「……ご、ごめんな、さい……」 何とかそれだけ言って、は足元から崩れるように土方の胸に飛び込んで、声を上げて泣いた。 土方はとっさにどうすることもできず、が泣き止むのを待ったけれど、どうやらしばらく落ち着きそうにもない。の手が白くなるほど強く土方の拳を握りしめていて、痛くはないが、重かった。 の、震える小さな肩。綺麗に結い上げていたのだろうその長い髪は形がくずれてぼさぼさになっている。こんなに派手な化粧をしている顔は初めて見たが、それは不思議と、泣き顔ですら美しかった。のうなじの白さ。そこから匂い立つ香水と、が本来持っている甘やかな香りが混ざって、頭がくらくらした。見たこともない豪華な着物は、どこで手に入れたものだろう。犯人の吉田という男に着せられたのだろうか。そう考えると腸が煮えくり返った。土方の手を握るの手は細く、痩せている。この1週間でどれほどやつれたのだろう。この小さな体で、一体どれほどの苦しみを味わったというのだろう。 土方は込み上げてくるものを押さえ込めなくなって、泣き止まないを抱き上げて近場にあった部屋に入った。そこは使われていない宴会場で、二十畳ほどの広さがある。灯りはなく、目が慣れないうちは何も見えない。 「……土方さん?」 涙声で、が問う。 土方はその声を遮るように、を壁に押し付けて深く口付けた。真っ赤な口紅の味がして、それが余計に土方を煽った。足での着物の裾を開く。は窮屈そうに喘いだけれど、すぐに体の力を抜いて土方の首にしがみついた。 荒い息をしてを抱きしめた土方は、その耳元で泣きそうな声で囁いた。 「……もう、どこにもいくなよ」 はそれに、口付けを返して答えた。 20141124 |