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夜、料亭「かえで」の一室に集まったのは、徒勇隊の吉田とその隊士をはじめとした、十数名の攘夷志士だった。当然だが、には初対面の者たちばかりだ。彼らは吉田の斜め後ろの静かに座っているをじろじろと眺めては、ひそひそと何事かささやきあっていたが、はそれを完璧に無視した。

「何か、少しでも召し上がりませんか?」

今日は料亭の給仕の制服を着て酌をして回っている少女は、の耳元で言った。は小さな声で答えた。

「大丈夫よ。ありがとう」

「何か欲しい物があったら、声をかけてくださいね」

「今日は、よく集まってくれた。感謝する」

豪勢な料理と酒を囲んで、吉田が声を張り上げた。一見和やかな会食会だが、がやがやと酒を酌み交わす志士達全員の傍らに刀が置いてある。何かあれば、すぐに抜刀できる態勢だ。交わされる言葉は小さくてには聞き取れなかったが、を見る視線は不穏で、は背筋に冷たいものを感じて身構えていた。

「さっそく本題に入りたい。江戸中に火を放ち、その混乱に乗じて将軍を暗殺するという徒勇隊の計画があることは皆知っていることと思うが、ここへ来て、火薬の入手元だった岩城屋に手を切られた。真選組に家宅捜索を受けて、俺たちと繋がっていることがバレたらしい。正直、徒勇隊は今、窮地に立っている」

男達がざわりとざわめいた。

「そこで、皆に提案がある。俺たちには仲間が必要だ。そこでどうだろう。この女を使って高杉と取引をし、鬼兵隊の協力を仰ぐというのは?」

そう言って、吉田はを指差した。全員の視線が、に集中した。

「今更何を言っている? 鬼兵隊とは、お前が高杉とやり合ったせいで仲違いしたと聞いたぞ?」

「それは誤解だ。仲違いしたわけではなく、宇宙海賊春雨と手を組むなんてやり方が気に入らなくてね、それで離反したのさ」

「確かに、鬼兵隊のやり方は突拍子もないが……。そもそも協力が得られる見込みはあるのか?」

「この女がいればできる」

力強くそう言う吉田に、男達はえも知れぬ自信を感じ取ってたじろいだ。吉田という男の実力を見たような気がして、は目を見張った。

徒勇隊の隊士は賞賛の眼差しで吉田を見ている。求心力のある男なのだろう。吉田と今日まで毎日話をしてきて思ったが、全くの悪人とは思えないのだ。やろうとしていることは犯罪行為だということは分かっているが、憎みきれない。高杉と知り合いだというから、油断しているのかもしれない。それを差し置いても、吉田はどこか優しい。孤児だった少女に里親を世話してやったり、迷子の犬を保護したり、そんな話を聞いていると、心底の悪人とは思えないのだ。

それを自覚したところで、そうそう利用されてやるつもりもないのだが。

についてなんやかやと言い合う男達の声を聞き流し、はだんだんとむかっ腹が立ってくるのを、深呼吸をして落ち着かせて、どこまでも毅然と背を伸ばしていた。

「一体、その女は何者なんだ?」

「そうだ! それが分からなけりゃなんの説得力もない!」

吉田は咳払いをし、大げさに両手を広げて言った。

「何を隠そう、この女! 高杉と、かの白夜叉が奪い合ったという伝説の遊女なんだ」

男達は、腰を浮かせるほどに驚いてを凝視した。

「何!? あの伝説の!?」

「高杉をも白夜叉をもこっぴどく振ったというあの女か!?」

「そんな女をどこで探し当ててきたんだ!?」

「それは企業秘密だよ」

よくもそう口からでまかせばかりぽんぽん出てくるものだ。は苛立ちがピークに達するのを感じて、その勢いに任せてこれ以上ないほど綺麗な微笑みを浮かべた。その笑顔を見た吉田はぴきりと顔を引きつらせたけれど、男達はその笑顔に一瞬見とれてしまい、ぐっと声を詰まらせた。

その沈黙に、はよく通る声で言い放った。

「人を、もののように扱わないでくれる?」

空気が凍りついたようになった。まるで、たった今まで人形だと思っていたものが声を発したのを見たかのように、全員が黙りこくった。

けれど、ただひとり、吉田だけは声を上げて笑った。

さんは、本当、面白いねぇ」

「私は、人として対等にお話したいだけよ」

「前にも聞いたと思うけど、軟禁されてるって自覚ある?」

「ただ黙ってあなたの言うことを聞いているのも、少し飽きてきたのよね」

は可憐に小首を傾げて、耳元にかかった後れ毛を耳にかける。その女性らしい仕草とはうらはらに、吉田との間の空気感はぴりりと張り詰めていて、火花さえ散っているように見えて、男達はじっと黙り込んだ。

「高杉くんに会えというなら、会うわ。けれど、あなたに都合のいいようなことを言ってあげるつもりは毛頭ないわよ」

強気にそういうに、吉田は問うた。

「じゃぁ、高杉に会ったら、さんはどうするの?」

「ここから逃がしてって頼むわ。きっと、高杉くんならそうしてくれると思うから」

男達の内、誰かがぷっと吹き出したのをきっかけに、そこにいた全員がを馬鹿にして爆笑した。

それでも、は涼しい顔で微笑んだ。

次の瞬間だった。

「御用改めである! 真選組だ!」




20141124