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その日、は3時間かけて身支度を整えた。少女が繕っていた着物はのために吉田が用意したもので、黒地に鮮やかな橙色と金色の金魚が刺繍された豪勢なもので、普段は地味な着物ばかり着ているは気後れしたけれど、腹をくくった。少女に手伝ってもらい、髪を結い上げ、風俗で働いていた頃の知識を総動員して化粧をし、唇には真っ赤な紅を差した。

「化けたねぇ」

吉田はからかい混じりに笑ったけれど、はつんと済まして視線を背けた。

「私に何をさせるつもりなのか、そろそろ教えてくださってもいいんじゃない?」

「夜になれば分かるよ。時間になったら迎えに来るからね」

離れに取り残されたは、部屋の真ん中に座り、背を伸ばしてじっと目を閉じた。

昨夜、銀時が助けに来てくれ時、どうしってとっさにあんなことを口走ったのか、自分でもよく分からない。

ずっと同じ場所に閉じ込められていたせいで精神的に参っていたし、することもないからとりとめもないことをぐるぐると考え込んでしまって、自分でも気づいていなかった深層心理がふと浮かんできてしまったのかもしれない。

それを、他でもない銀時に聞かせてしまったことが気がかりだった。銀時はあぁ見えて気にしすぎる性格をしているから、考えすぎて傷ついたりしていなければいい。もしそうだったら、そんなことないよと言って笑いかけてやりたい。は、銀時にだけはいつも、誰よりも優しくしてあげたかった。

そして、土方のことを思う。もしも土方に桂や高杉との関係を知られてしまったら、どうしたらいいだろう。ずっと秘密にしてきたことだ。悪気があったわけではなく、どんな仕事をするにしても、指名手配中の攘夷志士と幼馴染だなんてことが露見したら雇ってもらうことなんかできないし、自分の生活の糧を得るためについた嘘だった。

けれど、少しずつ土方のことを知っていくにつれ、あの不器用な優しさや、憎まれ口や、誰の言葉にも左右されない頑固さや、いろんな土方の一面を知るたびに、目を離せなくなった。人を斬り、命を奪う仕事をしていようが、よかった。ニコチンとマヨネーズ中毒だろうが、そんなことはどうでもよかった。土方のそばにいられるだけで良かった。土方がいれば、それだけで世界は完璧だとさえ思えたのだ。

銀時や桂や高杉は、にとっては暖かな思い出だ。子どもの頃こんなことがあったねと、思い出して、笑って、懐かしがって、そんなことができればそれだけで嬉しい。けれど、たったそれだけのことすら、もう叶わない。それはとても悲しいことだけれど、仕方のないことだ。どんなに望んでも手に入れられない未来はある。

はもう、銀時や桂や高杉との未来を手放して、土方を選んだのだ。ずっと土方のそばにいる。そう決めたのは、自身だ。その決意を覆す権利は、誰にもない。

吉田はきっと、桂や高杉との取引に自分を利用しようとしている。具体的な方法までは分からないけれど、それだけは間違いない。けれどは、土方のそばにいるために、利用されてやるわけにはいかなかった。

桂や高杉が、大切でないわけではない。いつでも無事を祈っているし、会えるのであれば、できれば笑って、穏やかな気持ちで話をしたい。と彼らは、今でも細い糸で繋がっている。はそう信じている。

けれどもう、彼らとは違う道を選んだのだ。それを絶対に、守り通さなければならない。

は鏡台の前に場所を移し、念入りに化粧を施した自分の顔を見つめた。普段はほとんど化粧なんかしないので、そこに座っている女はまるで自分ではないように見えた。けれど、まぎれもない自分自身だ。強気にきゅっと目尻を釣りあげたアイメイク、眉は意志の強そうに少しだけ太めに書いた。頬紅は顔色を整える程度、自分に魔法をかけるつもりで、真っ赤な口紅を引いた。

あなたは、誰よりも強い。怖気付いちゃだめ。何よりも、自分の心を信じて、それに従って。

は鏡に向かって首を振り、最後の仕上げに、流し目で笑った。




20141124