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料亭の一室で昏倒している二人の男を見下ろして、吉田は深いため息をついた。

「一体どうなってるんだ? 何があったんだ?」

隣に立つ仲間の攘夷志士が答えた。

「俺が交代でここに来た時にはもうこうでした。少なくとも、この1時間の間に何者かが侵入して来たってことでしょうね」

「被害は?」

「盗まれたものは特にありません。あの女も、ちゃんと離れにいます」

吉田は窓辺に座って離れを見やる。電気が消えているので分かりにくいが、が布団に横たわって眠っているのが分かる。今日は宿屋の少女も泊まっているから、万が一にも逃げたということはないだろう。一体何者の仕業だろうか。

ふいに、吉田が言った。

「なぁ、お前。土方って名前に心当たりはあるか?」

「土方って、あの真選組の? 鬼の副長と恐れられているあの男ですか?」

「土方っていやぁ、やっぱそいつしかいないよなぁ」

「それがどうかしたんですか?」

さんがね、その名をぼそっと呟いてたんだよ」

疲れきったを残して、吉田が部屋を辞したその瞬間だった。かすれた、けれどどこか甘い声で、はその名前を呟いたのだ。

「知り合い、ということなんでしょうか?」

「そんなに単純なことじゃねぇと思うんだよな。俺の勝手な想像だけど、もしかしたら、さんは土方といい仲なんじゃねぇのかな?」

「えぇ? 高杉や桂と関係を持っていながら、真選組の幹部と恋仲だと言うんですか? そんな、まさか!」

「けど、そう考えるのが一番自然なように思うんだよ」

「……もしそれが本当なら、とんでもない女ですね」

男は呆れたように首を横に振って、その肌を粟立てた。

確かに、これだけ聞けばとんでもない話だ。攘夷志士と真選組の二重スパイと言ってもいいかもしれない。けれど、実際にと話してみると、それはにわかには信じられないのだ。は一見、どこにでもいる町娘で、特別なところなど何もない。家事のために荒れた手、彼女が縫った雑巾は縫い目がきれいにそろってとても美しかった。少女と何やら楽しそうに内緒話をしている様は仲のいい姉妹のようにも見えた。

は、とても普通の女だ。吉田がこの1週間と共に過ごして得た印象はそれだけだった。高杉と白夜叉を手玉に取り、真選組の土方を落とすような、そんな腰の軽い女とは思えなかった。

「明日の手筈はどうなっている?」

「はい。今のところ、全ては順調です」

「高杉から返事はあったか?」

「いえ。けれど、あの高杉のことです。協力するにしろしないにしろきっとここへ来ます。そうすればこちらが勝ったようなものです」

「おいおい。勝ち負けを決める訳じゃねぇんだから。言葉を選べよ」

「す、すいません」

「お前は少し休んで来いよ。見張りには俺が付いてるから、明日に備えて力蓄えとけ」

「はい」

男が部屋を出て行くのを見送って、吉田は窓からを閉じ込めている離れを見つめた。

が真選組とも繋がっているとなれば、ことは少し面倒になる。あの爆破テロ以来、真選組が死に物狂いで警備を強化し攘夷志士を見つければ片っ端から尋問しているのは、が行方不明になっていることも一つの要因なのだろう。

は普通の女のはずだ。けれど、時折感じるこの違和感はなんだろう。桂・高杉・白夜叉・そして真選組、その全てとは繋がっている。常識的に考えればありえないことだ。けれど実際に、それは起こっている。

複雑に絡み合ったこの糸を解こうと、吉田は深い思考の海に沈む。


***



それと同じ頃、手ぶらで万事屋に戻った銀時は、お登勢の店で酒を酌み交わしていた沖田と山崎と対面した。

「こんな遅くに、どちらへお出かけだったんで? 旦那」

銀時は、言い逃れをしなかった。




20141124