08






吉田は宿に戻ると、その足での部屋に向かった。ノックをするとすぐに返事があったので、襖を横に滑らせる。

は縫い物していた。古布の入ったかご、針と糸、その側に綺麗に繕われた雑巾が重なっている。

「……何やってんの?」

「暇だったので、お仕事いただいたんです」

は縫いかけの雑巾を軽く持ち上げてみせた。

さんさ、軟禁されてるって自覚ある?」

はそんなこと言われたって、と、少し複雑な顔をした。

「こんな扱いを受けるのは初めてなんですもの。どうするのが正しい態度なのかなんて分かりません」

「逃げるとか、ちょっとでも考えないわけ?」

吉田はの前にあぐらをかいて、下からその顔を睨め上げた。の顔色を窺おうとするとどうしてもこういう姿勢になってしまう。は臆することもなく、つんとすまして吉田を睨み返した。

「私、走るの苦手なんです。このあたりの土地勘もないですし」

「余裕だねぇ」

は雑巾をひとつ縫い終わって、犬歯を使って糸を噛み切った。

吉田は観念してため息をつくと、袖の下から紙袋をひとつ取り出しての前に差し出した。

「これ、お土産」

「何ですか?」

「金平糖だよ。好き?」

吉田はへらりと笑った。はその笑顔を交互に見やって、用心深く包を開く。その包装紙には江戸で評判の和菓子屋の印が入っていて、中には色とりどりの金平糖が入っていた。白、桃、黄、緑、子供だましのおもちゃみたいな砂糖菓子だ。

「良かったら食べて。一応言っておくけど、毒とか入ってないからね」

「……そう言われると食べる気が失せます」

「えぇ? なんで? 入ってないって言ってんじゃん?」

吉田は「まいったな」と言って前髪をかいた。その仕草はどことなくとぼけていて、は自分でも気づかないほど小さく笑ってしまった。

その夜は、吉田の部屋でふたり、食卓を囲んだ。宿の犬だろうか、赤い首輪を付けた黒い毛並みのプードルが吉田の隣に寄り添っていた。

里芋の煮っころがし、海老の酢の物、鯖の味噌煮、おしんこといった家庭的な献立だった。自分ではない人の手で作った食事をとるのは久しぶりで、はその素朴な味を噛み締めた。

「で、さんは高杉とどういう関係なの?」

「知ってるんじゃなかったんですか?」

吉田は味噌汁をすすりながら、上目遣いにを見上げた。

「知ってるよ? けど、本人からもう一回ちゃんと聞いておきたいんだよね」

「私がそれを吉田さんに話したとして、私に何かメリットがありますか?」

さんって結構言うよねぇ」

はそれには答えず、大きな里芋を一口で口に入れて、言わざるの態度を取る。

吉田はしばらく考え込んでから、言った。

「じゃぁ、こうしよう。俺がひとつ質問する。さんが答えてくれたら、俺もひとつ、質問に答えるよ。どう?」

「本当ですか?」

「約束は守るよ」

はもう一つ里芋を口に含み、それを飲み込むまでの間に考える。吉田の目的を探れれば、もしかしたらここから逃げ出す糸口が掴めるかもしれない。

「いいですよ。それじゃ、最初は私から質問します」

は味噌汁を一口すすってから、静かに言った。

「吉田さんは、高杉くんとどんな関係なんですか?」

吉田は鯖の味噌煮を一口食べて、口元についた汁を親指で拭った。

「鬼兵隊って、高杉が率いてる組織、知ってる?」

「名前くらいは」

「俺、そこにいたんだよ。今はそこから離反して、徒勇隊ってのを率いている。俺はその隊長ってわけ」

「あぁ、なるほど。そういうことですか」

「じゃぁ次。俺からの質問。さんと高杉はどんな関係?」

「そうですね」

は頭を悩ませた。高杉との関係を一言で表すなら、なんと言えばいいだろう。松陽の元で一緒に育った幼馴染で、松陽が死んでしまったとき、その辛さを共有することもせずに別れた。その後顔を合わせた高杉は、ただの幸せを願ってくれている。新聞で語られる鬼兵隊の蛮行を思えばそれは嘘のような話だけれど、高杉は本当はとても優しい人だ。その優しさは、遠くに暮らす家族を想う気持ちに少し似ている。

「……生き別れた家族、かな」

「はぁ? どういうことそれ?」

吉田は首を傾げた。




20141124