03 が連れて来られたのは、かぶき町の外れにある古い宿だった。一見民家のように見える小さな旅籠で、庭には唐松が美しく枝を伸ばしている。敷石の先にある池では鯉が泳いでいて、犬が一匹日向ぼっこをして眠っていた。。 「お戻りなさいまし」 「おう。すまねぇが客だ。茶ぁ頼むわ」 「はい。かしこまりました」 男は宿の女将にそう挨拶をして、急な階段を登って2階の部屋に入る。はその後に続いて部屋に入った。6畳ほどの小さな和室だ。手紙が数枚重なった文机、その側に積み上がった帳面、窓枠に引っ掛けられた手ぬぐい。生活感のある細々としたものから、男がここに長期滞在しているのだということが分かる。 「ちょっと、その辺座っといてくれる?」 「はい」 は部屋を見渡して、入口近くの隙間に腰を落ち着けた。助けてくれた礼をしたいと話しただけで、まさか宿に連れてこられるとは思っていなかったので、どうすればいいか計りかねていた。 男は刀を床の間におさめると、文机の手紙をいくつか捲り、その下から煙草を取り出すと火をつけて一服する。窓は締め切ったままなので、煙が天井に向かって緩く円を描いて昇っていった。 「そういえば、まだ、名乗ってなかったな」 男はの真正面にあぐらをかくと、煙を吐き出しながら言った。 「俺は、吉田利麿ってんだ。よろしく」 「えぇ、よろしくお願いします」 「そんで、助けてやった礼なんだが……」 「体目当てって言うんなら、お断りします」 「誰がそんなこと言ったよ?」 「だって、急に宿になんか連れてくるんですもの」 「失礼します。お茶です」 襖を引いたのは、女将ではなくまだ若い子どものような娘だった。あの女将の子だろうか。はその茶を受け取って吉田に差し出したけれど、自分では手を付けなかった。 男は茶を一口すすって言った。 「まぁ、そんなことするつもりはないから安心していいよ。一応」 「一応ですか?」 「突っかかるなよ」 男は肘をついて、下から睨めあげるようにを見る。その視線に不穏なものを感じて、は身構えた。 「高杉晋助の名を知っているか?」 はとっさに言葉が出ず、その瞬間、しまったと思った。沈黙してしまっては、その質問を肯定してしまったのと同じだ。高杉と松陽の元でともに過ごした事は、同じ時期を一緒に過ごした銀時と桂しか知らないし、思い出話を誰かに聞かせたこともない。どうして、この吉田という男は高杉の名前など出すのだろう。 「その様子じゃ、知ってるな?」 吉田はしてやったりと笑う。は肩に力を入れて吉田を睨み返した。 「……まだ何も言ってません」 「知らねぇなら知らねぇって言やぁいいだけだろ。何を黙って考え込んでんの?」 「質問の意味が分からないんですが?」 吉田はの顔色を伺うように、じっと視線をそらさない。もそれに負けじと目線に力を込めた。この吉田という男、何を考えているのか全く分からないけれど、幕臣でもないのに帯刀し、高杉の名を知っているというのなら攘夷志士だろう。高杉との関係をどこまで知っているのだろうか。一体誰から、その話を聞いたのだろう。 「高杉に、話を聞いたことがある」 は動揺して、無意識に膝の上で両手を握り締めた。吉田はそれを見逃さなかった。 「昔、馴染みにしてた女の話だ。白夜叉・坂田銀時と、狂乱の貴公子・桂小太郎が幼少期を過ごした寺子屋にいた、その名を、と言ったらしい」 「……」 「それは、お前だな?」 は肯定も否定もせず、じっと吉田の目を睨みつけた。正体の知れない男に素性を明かす気にはなれなかったし、嫌な予感しかしなかった。 吉田はしばらく黙ってと睨み合っていたが、煙草が一本燃え尽きてしまうのと同時に我慢ができなくなったのか、灰皿で火を消して、決然と言った。 「しょうがねぇな、こうなったら単刀直入に言おう」 吉田は、まるで、犯人を特定する名探偵みたいな仕草でをびっと指差した。 「お前、昔、高杉と白夜叉が取り合ったという伝説の女だな! 悪ぃが、お前のことを利用させてもらうぜ!」 「……それは、人違いです」 「え? そうなの?」 高杉と銀時が女を取り合ったことがあるなんて、には初耳だった。 20141124 |