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11 「玲。今日の試合のスコアが見たいって言ったら、見せてもらえるものなの?」 喫茶コーナーの片隅で書類を広げていた玲に、はおずおずと言った。 「大丈夫よ。コピーをもらったから、見る?」 書類を何枚かめくって、その下に隠れていた九州選抜対北海道選抜のスコアを差し出すと、はほっとした顔をした。 「いいの? 玲も見るんでしょ?」 「部屋に戻ったら見るわ。何に使うの?」 はバインダーにスコアをしっかり挟むと、肩をすくめて笑って見せた。 「明日の作戦会議をするから持って来いって、翼に頼まれたの。玲が持ってなかったら、スタッフさんに頼もうと思ってたんだけど、手間が省けて良かった」 「そう。あんまり遅くならないようにね。みんなにも、あまり夜更かしをしてコンディションを落とさないようにって伝えて」 「分かった。ありがとう」 はくるりと踵を返し、軽やかな足取りで喫茶コーナーを出て行った。ちょうど入り口のところで榊とすれ違って、一言二言、言葉を交わしたようだ。榊は片手を上げて玲に挨拶すると、の背中を追うように視線を投げた。 「は一生懸命だね」 「そうですね。この合宿に入ってからは特に」 榊は玲と同じテーブルに付き、一見乱雑に散らばった書類の一番上にあるものを手に取った。東京選抜の選手ひとりひとりの細かいデータが記されたもので、玲が自ら作ったものだった。 「それを作るの、も手伝ってくれたんですよ」 玲が得意げに言うので、榊も感心したように「へぇ」と相槌を打った。 「データを細かく記録して、グラフにして、整理して。あの子がこんなに几帳面な性格だったなんて、一緒に仕事をするまで知りませんでした」 「一緒に生活しているとよく分かるよ。の部屋はいつも綺麗だし、僕が散らかしたテーブルを片付けておいてくれたり、とても助かってる」 「そうだったんですね。私、本当に何も知らなくて……」 玲はふいに両手を膝の上に置くと、榊に向かって深々と頭を下げた。 「榊さんには本当にお世話になって、感謝してます」 「どうしたんだい? 急に」 「があんなに元気になったのは、榊さんのおかげです。あの子、半年前とは見違えました」 玲の脳裏には、手首を切って入院し、真っ白な病室のベッドに横たわるの姿が思い浮かんだ。生気をなくした目でじっと窓の外を見ていた年の離れた妹。最後に会ったのはいつだっただろう。自分のことにばかりかまけていたせいで、一緒に過ごした思い出はほとんどなかった。彼女を見舞ったのは、同情心からだったかもしれない。仕事が忙しくて父も母も一度も病室を訪れていなかったと聞いて、哀れに思っただけかもしれない。けれど、は玲の家族だった。家族が心と体を病んでいるというのに、どうしてそれを放っておけただろう。 久しぶりに会った妹は、記憶に残る姿の面影もなくやつれていた。その姿を見れば、妹に何かあったことは明白だった。どうしてこんなになるまで、両親は妹に手を差し伸べなかったのだろう。父と母にそれを訴えようとしたけれど、自分も同罪だと思うとそれはできなかった。 のために何ができるだろう。その答えは、玲にはサッカーしか思いつかなかった。がサッカーを嫌っていることはなんとなく分かっていた。サッカーでを救えると思っていたわけではない。けれど玲はそれ以外の方法を持っていなかったから、仕方がなかった。 は嫌々ながらも一生懸命働いてくれた。一度も選抜の練習をサボらなかった。嫌だったかもしれないし、面白くないこともあったかもしれない。けれど、文句のひとつも言わずに頑張ってくれた。 はこの半年で何を感じ、どんな風に変わったのだろう。が笑って「ありがとう」と言ってくれたことが、玲の胸に驚くほど沁みていた。半年前のを思えば、考えられないことだった。きっと、のそばにいて見守ってくれた人達が、を導いてくれたのだ。榊はその筆頭と言えるだろう。 「を見守ってくださったこと、本当に感謝してます」 「それは、僕だけがしていたことではないよ」 榊は書類をテーブルに戻すと、足を組んでその膝に両手を引っ掛け、玲に静かに微笑みかけた。 「僕はただ、とほんの少しの間一緒にいただけさ。僕と同じように、ほんの少しの時間、と一緒に過ごしてくれた人が、君の知らないところでたくさんいたんだよ。そんな人達全てに助けられて、はここまで来たんだ。そのたくさんの人の内のひとりに、君もいるんだよ、西園寺」 玲は虚を突かれてきょとんと目を丸くする。榊は普段はクールな玲がそんな顔をするのがおかしくて、榊はぷっと吹き出した。 玲ははじめこそ戸惑ったけれど、榊があんまり楽しそうに笑うので、つられてくすくすと笑い出した。 20151019 |