|
10 昼食の後、玲に取材の許可を得て、朝倉さんと2人で話をする時間を作った。午後からは、トーナメントの二回戦が行われることになっている。各選抜ごとにウォーミングアップをとっている間、ピッチを見渡せるベンチで、朝倉さんは小さなメモ帳を開いて口火を切った。 「それじゃぁ、いろいろ質問させてもらうね、よろしく!」 「はい。よろしくお願いします」 「都選抜でマネージャーをはじめてから、半年くらいだってことだけれど、ちゃんから見て、都選抜はどんなチームだと思う?」 「どんなチームか、ですか、そうですね……」 は口元に手を当ててじっと考え込んだ。 「ひとりひとりの個性がとても強くて、面白い人が多いと思います。まとまりがないようにも見えますけれど、なんだかんだで、うまくやってると思います」 「個性が強い、なるほどね。特にちゃんが気になる人っている?」 「そうですねぇ……。渋沢キャプテンは、私なんかの目から見ても本当にすごい選手だなって思います。キャプテンとして皆をまとめているのをみても、人間としてとても大きいなって思います」 「渋沢くんね。確かに彼はすごいよね。チームのリーダシップもきちんととっているわけだ」 「そうなんです。ケンカの仲裁に入ったりも自然にできて、すごく大人なんです」 「あ、ケンカしちゃうメンバーもいるんだ?」 「えぇ。そうなんです」 「仲が悪いの?」 「うーん。なんというか、たぶん……、相性が悪いんだと思います」 「そういうのって、マネージャーとしての立場から見るとどう思うの? チームの雰囲気とか、気になったりしない?」 「それほどでも……。誰かがケンカしたりしても、渋沢さんがいると思えばそんなに心配ないですし、サッカーの話をしているときの皆は、とても、なんて言うんだろう……。楽しそうだし、嬉しそうだし、夢中だし……」 「つまり、ケンカの原因はサッカーに関することなんだ」 「そうなんです。だから、ケンカをしてもそれは結果的にいいことなんじゃないかなと最近では思います」 「本音をぶつけ合って、切磋琢磨して、このチームは成長してきたってことなんだね。普段はどんな練習してるの?」 「ウォーミングアップに、準備運動とランニングをしたあと、ハンドボールパスとか、コミュニケーションとか連携を確認するメニューが多いです。最近は、この合宿に向けての戦術確認のメニューが多かったです。あ、鬼ごっことかもやってます」 「鬼ごっこ?」 「長いハチマキをつけて、ラインディフェンスの鬼ごっこをするんです。そういう遊びみたいなメニューがけっこう多いんですよ」 「へぇ。選手からは不満が出たりしないの?」 「皆、おもしろがってるみたいですよ。たぶん今日もやると思うので、見てみてください」 「うん。ぜひそうさせてもらうね。それじゃぁ、選抜の結成以来、一番成長したなぁって思う選手は誰かな?」 「それは、間違いなく風祭くんですね。最初は補欠だったんですけれど、試合に出れば必ず結果を残してくれるし、素人目から見ても、すごく上手になったなって思います」 「関東選抜戦でも体張ってフレーしてたよね、風祭くん!」 「はい。怪我しないか心配になるくらいなんですけど、そこが風祭くんのすごいところだなって思います」 「それじゃ、ちゃんが見た中で、一番印象に残ってる試合ってある?」 「印象に残っている試合ですか? うーん……」 「1月には韓国選抜との親善試合もあったんだよね? それはどうだった?」 「はい。韓国戦はとにかく天気が悪くて。雪の中で試合だったんですよ。いつもと勝手が違って、皆大変だったと思います」 「そうなんだ。私も先輩に話は聞いたんだけど、試合そのものもすごく濃い内容だったみたいだね。やっぱりそれが一番印象的?」 「そうですね」 「それじゃ、ちゃんは、どんな仕事をするのが一番好き? 大変な仕事って何かある?」 「仕事って、マネージャーの仕事ですか?」 「そう」 はぱちくりと瞬きをした。てっきり、チームのことを聞かれるのだとばかり思っていたから、自分の仕事内容について話を求められるとは思っていなかったのだ。 「あの、私の仕事についても記事になるんでしょうか?」 「それはまだ分からないけれど、どうして?」 「チームのことを聞かれるものだと思っていたので……。私のお話なんかしてもお役に立たないんじゃないないでしょうか?」 私の問いかけに、朝倉さんはにんまりと笑った。 「ちゃん、関東選抜戦が終わった後、選手のみんなとハイタッチしてたでしょう?」 「はい」 「それって、選手の皆がちゃんのことをチームの一員として認めてるってことだと思うんだよね。チームの勝利を一緒に喜び合う仲間。それは、選手とマネージャーっていう立場を超えてなれるものだと思うの。ちゃんを見ているとまさにそうだなって思うのよ」 朝倉さんは確信を持ってそう言った。 私は、朝倉さんの言うことがすぐに理解ができなくて、頭が混乱してしまった。私が東京選抜の一員で、仲間で、皆に認められている。それは、すぐにはとても信じられないことだった。 だって私は、サッカーが原因で父親とうまくいかなくなって家を飛び出したような人間なのだ。マネージャーになったのだって、玲に無理矢理連れてこられたようなものだし、最初は炎天下の中嫌々ながら仕事をこなすばかりで、今だってサッカーを好きなったわけじゃない。お父さんのことを考えると、今でも胸がむかむかしてくるし、将来のことを考えると不安で押しつぶされそうになる。 それでもなんとか、目の前にあるマネージャーの仕事をこなして、みんなが必死でボールを追いかける様を見つめて、試合に勝てば嬉しいし、負けたり引き分けたりしたら悔しい。そんな気持ちをこの半年間でいくども味わった。勝利を収めて高らかに両手を挙げて、眩しく笑う皆は、本当に楽しそうで、嬉しそうで、サッカーに夢中だということが手に取るように分かった。 サッカーをしている皆が好きだ。そのことに、たった今気がついた。こんな単純なことに気づくのに、一体どれだけの遠回りをしてきたんだろう。 その時、ピッチから鋭い笛の音が聞こえた。そろそろ試合が始まるらしい。 「あ、そろそろ時間だね。いろいろ話してくれて、ありがとうね」 「あ、はい」 「よかったら、一緒に観戦してもいいかな? 試合を見ながら、チームのこといろいろ教えてくれると助かるんだけど」 「スコアを付けるので、それをやりながらでよければ」 「もちろん!」 朝倉さんはジャンプするみたいに立ち上がると、スキップでもしそうな勢いでピッチに向かって行った。本当に、都選抜に夢中みたいだ。 私の好きな皆にこんなにも注目してくれる大人がいることが嬉しくて、私も駆け足で朝倉さんの背中を追った。 20150713 |