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06 ところで、の知った顔がもうひとつあった。 関西選抜のジャージの、金色の長髪。その容姿がとにかく目立って、開会式でも注目のまとだった。サッカーの技術も群を抜いていて、誰もが彼のプレーに目を奪われた。 は、玲に見せてもらった各選抜の資料で、彼の名前が「藤村成樹」だと知った。他人の空似だろうかと思ったけれど、そうでないことはすぐに分かった。 その日の午前中は、全体で基礎練習が行われていた。スポーツドリンクの補充を任されていたは、空になったボトルを抱えて廊下を歩いていた。 ちょうどピッチから施設内に戻ってきた関西選抜のメンツを避けて、廊下の隅に寄る。少しだけ視線が痛いような気がして、目を伏せる。そんなの進路を塞ぐように立ち止まった人影があって、が顔を上げると、金髪をヘアバンドでとめた藤村が、にこりと笑っていた。 「久しぶり」 「……佐藤くん?」 「今は“藤村”な」 「ナンパか? 藤村」 「ちゃうわアホ。えぇから先行っとき」 チームメイトのからかいを、藤村はしっしと手を振ってあしらった。彼らを見送ってから、藤村はヘアバンドをぱちんと音を立てて外した。 「ごめんなぁ。騒がしくて」 耳慣れない関西弁のイントネーションは、どことなく耳にこそばゆい。はつい、くすりと笑ってしまう。何しろ、藤村こと佐藤と会うのは半年ぶりだ。久しぶりに会って、話ができることが嬉しかった。 「ううん。元気そうだね」 「もな」 藤村は指にヘアバンドを引っ掛けてくるくると回した。U-15の代表を決めるセレクション合宿だというのに、随分とリラックスしているようだ。プレッシャーを感じて表情もプレーも固くなっている選手が何人もいるのに、藤村はそんなそぶりはちっとも見せない。肩の力が抜けていて、いつもの部活の練習の後みたいに、なんの気負いもなかった。 「調子、いいみたいだね」 そう言ったら、藤村は笑顔のまま困ったように眉をハの字にまげた。 「他に、言うことないん?」 はすぐに言葉が見つからず、沈黙をごまかすために苦笑して首を傾げた。 藤村とよく会っていたのは、ちょうど1年前くらいのことになる。あの頃は、父親との関係がこじれて、家に居づらくて、夜の街で何をするでもなくふらふらしていた。 そんな時に佐藤はいつもそばにいてくれた。くだらない話をして笑わせてくれてくれた。ひとりになりたい時でも、そうさせてくれなかった。女子中学生がひとりで夜の街をふらふらしているなんて、随分と危ないことをしていたものだと、今なら思う。きっと佐藤は、そんなを守ってくれていたのだろう。 佐藤だって、親元を離れてお寺に下宿しているところを見れば、なにか複雑な事情があることは明白だったけれど、はそれを聞かなかったし、佐藤もの事情を聞かなかった。適度な距離感を保っていられる付き合いは気楽だったし、それだけで佐藤はの辛さや悲しさを緩和してくれていた。そういう付き合い方が、ふたりにはちょうど良かった。 けれど、は祖母の家に引越しをし、手首を切って入院した。それがきっかけで、ひとりで夜の街に出るという生活のサイクルが180度変わったから、佐藤には会わなくなった。そもそも待ち合わせをして会っていたわけではないし、お互いの連絡先も知らない。佐藤が身を寄せている寺の場所をは知っていたけれど、会いにいく理由がなかった。 だから、都大会の会場で佐藤と偶然会った時は、は正直なところ、どうしたらいいか分からなかった。水野がいてくれたからなんとか会話ができたけれど、そうでなかったらきっととても気まずかっただろう。 そして今、佐藤は藤村になって、関西選抜にいる。どうして藤村の性を名乗っているのか、会わないでいた間に何があったのかは、には分からない。 藤村と名乗る彼は、佐藤だったときと比べて、少し背が高くなったのかもしれない。髪も伸びたようだし、顔つきもどこか凛々しくなったようだ。 あの夜の中で出会った彼と、今この白く清潔な空間で笑う彼との間には、目に見えない溝があるように見えた。 「……なんか、雰囲気が変わったね」 は苦笑いをして、なんとかそう言った。 藤村は返す言葉を探すように視線を泳がせた。 「そうか?」 「うん。なんとなくね」 藤村が何か言おうと口を開きかけたときだった。関西選抜の集団を追うように、東京選抜のメンバーがぞろぞろとやってきて、は椎名と目が合った。 「……翼」 「おぉ。何、こんなところでサボってんの? スタッフに告げ口してやろうか?」 椎名はからかうように笑ってそう言った。 「そんなんじゃないよ」 「注意3つもらったら強制帰還だっけ? お前も気をつけろよ」 「それ、マネージャー関係ないじゃん」 「なになに? ちゃん、こいつと知り合いなの?」 椎名の背後から、藤代が顔を覗かせた。 「あぁ、いや、うん」 「どうしたの? 歯切れ悪いな」 「っていうか、こいつ呼ばわりはないやろ」 「わりぃわりぃ。だってお前名字ちがくね? 佐藤じゃなかったっけ?」 「いろいろあったんや」 「ふぅん? そうか。まぁ、当たったらこてんぱんにしてやっかんな」 「あ、じゃ私、もう行くね」 にこやかに話をする藤代と藤村を横目に、はボトルを抱え直してそそくさと足を早めた。続々とやって来る都選抜のメンバー達で、施設の中がにわかに騒がしくなった。 「大丈夫か?」 椎名はの背を追いかけるように言った。 は椎名に心配をかけないよう無理に微笑んで、答えた。 「うん、なんでもないよ」 本当は全然、なんでもなくなんかなかったけれど。 20141229 |