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04 ナショナルトレーニングセンターへ向かうバスの中、は玲と一緒に最前列に座って、窓の外の景色を眺めている。 といっても、高速道路の高い塀の上に青空が見える程度で、自然と斜めに顎を上げて仰向くような格好になる。柔らかな春の日差しが差し込んで、頬の高いところが白く光って綺麗だ。 「元気そうね」 と、隣から玲が言った。 ざわざわと騒がしいメンバー達の声をBGMに、はうんと頷いた。 「最近調子いいんだ。合宿、頑張るね」 「あら。からそんな前向きな言葉を聞けるなんてね」 「前向きで悪い?」 「嬉しいのよ。まぁ、無理のない範囲でよろしくね」 「うん。あ、ねぇ、玲」 「何?」 は一度目を閉じると、照れくさそうに頬を掻いて言った。 「合宿が終わったら、……家に帰ってみようかと思うの」 玲は目を見張ったあと、しばらく黙り込んだ。 「何とか言ってよ」 とが言うので、 「分かった。その時は言ってね。迎えに行ってあげる」 と、何とか答えた。嬉しくて、少し泣きそうだった。 ナショナルトレーニングセンターに到着して、玲と同室の部屋に落ち着いたは、指導者講習会のために部屋を出た玲の分まで荷物を整理してから、飲み物を買いに部屋を出た。慣れない場所で自動販売機を見つけるのに時間がかかってしまい、図らずも施設を探検しているような浮かれた気分になる。 食堂近くで自動販売機を見つけて、ミネラルウォーターを1本買った。 「すいません。自販機、使ってもいいですか?」 「あ、すみません。どうぞ」 に声をかけたのは、ぐっと見上げなければ目が合わないほど長身の男だった。協会の職員かと思ったけれど、そばにいる選手と揃いのジャージを来ているので選手の一人だと分かる。それにしても、背が高い。 「もしかして、東京選抜のマネージャーさん?」 窮屈そうに腰をかがめて缶を拾い上げ、彼は言った。 「はい。そうですが……」 「やっぱり。そうじゃないかと思ったんです」 「はぁ」 彼はコーラを片手に、高い位置からにっこりと笑いかけてきた。その微笑みに既視感を覚えて、は目をぱちくりさせた。 「あの、どこかでお会いしたことありましたっけ?」 「あ、もしかして覚えてない?」 彼はプルタブを引いて、一口コーラを飲んでから言った。 「傘、お母さんに気に入ってもらえたかな?」 その言葉にピンときた。以前、母とフットサル場のそばを通りがかったとき、ホームランしてきたボールが母の日傘に直撃して壊れたことがある。その責任を取って、傘を弁償してくれた人。 「……スガマさん?」 「ちゃん。久しぶり」 は驚きのあまり、手で口元を抑えてもごもごと言った。 「やだ。スガマさんって、中学生だったんですか……?」 「ぴっちぴちの中学3年生だよ」 「私、ずっと大人の人だと思ってた……」 「あっはっは。よく言われるよ」 「なにやってんだ? 須釜」」 須釜の背後からひょっこり現れたのは、つり目がちの少年だった。須釜と違うジャージを着ているので、別の選抜チームだろう。 「あぁ、ケースケくん」 「なにナンパしてんだよ。合宿始まる前から問題起こすんじゃねぇぞ」 「ナンパじゃなくて感動の再会ですよ。ちゃん、こっちは東海選抜の山口圭介くん。ケースケくん、こっちは東京選抜のマネージャーのちゃん」 「はじめまして」 が会釈をすると、山口はまじまじとの顔を眺めて言った。 「どうも。へぇ、東京には女子マネージャーがいるって聞いてたけど、本当だったんだ」 「東京選抜の監督が、私の姉なんです」 「あぁ、そういうこと。須釜とはどういう関係?」 「前に、彼女のお母さんの傘を壊したことがあって。それを弁償した関係」 「何それ? どういうこと?」 面白おかしくそれを語る須釜に、山口は怪訝な顔で首を傾げる。二人が気心知れた仲だということがその様子から分かって、はつい笑ってしまった。須釜はユーモアのセンスがあって、それを山口も素直に楽しんでいるようだった。 「あれ、? こんなとこで何してんの?」 と、声をかけてきたのは若菜だった。そばにいつもどおり郭と真田も隣にいて、彼らは須釜と山口と顔見知りらしく、慣れた調子で挨拶を交わした。 「やぁ、3人とも。久しぶり」 「久しぶり。須釜、また背が伸びたんじゃない?」 「会うたびにでかくなるな」 真田が感心して須釜を見上げると、須釜は大人びた表情で笑い返した。 「3人は東京選抜なんだっけ?」 山口が言う。 「あぁ。今回の合宿は試合形式だって言うからね。あたったらよろしくね」 「あぁ、よろしく」 「、須釜と知り合いなの?」 と、若菜が言うので、はこくりと頷いた。 「うん。友達」 「山口も?」 「山口くんとは、今会ったばっかり」 「あれ? ?」 さらに、に声をかけてきたのは、鮮やかな金髪を短く刈り上げた関西弁の男だった。その派手な外見に、須釜たち5人はぎょっと目を丸くした。その真ん中で、は懐かしむようにその人の名前を読んだ。 「あれ、井上くんだ」 井上直樹は飛葉中学校の3年生で、椎名を通してと面識があった。夏の大会では試合を見に行ったし、黒川は井上をだしにした笑い話をして、よくを笑わせてくれる。 井上は関西人らしく、の言い方をまねて言った。 「“あれ? 井上くんだ”ちゃうわ! お前なんでこんなとこおるん?」 「私は東京選抜のマネージャーだから。井上くんこそどうして?」 「俺は関西選抜のメンバーやねん。翼に聞いてへんの?」 「聞いてないよ。もしかして、翼に会いに行くところ?」 「あほか、俺は関西選抜やぞ? 翼とはもう袂を分かってんねん。そう易々と顔合わせられるかっ」 大げさな仕草でそういう井上に、は表情を変えずに首を傾げた。 「そういうもの?」 「男はいろいろ複雑やねんで。覚えといてや」 「うん。分かった」 慣れた調子で井上と話をするを見て、若菜は腕組みをしてしみじみと言った。 「って、なにげに友達多いんだな」 郭は、そういう若菜を横目で睨んだ。 「結人。さんのこと、友達少なそう、とか思ってたの?」 「いや、そんなんじゃねぇけど」 若菜は言葉を選びあぐねて、渋い顔をして黙り込んだ。その複雑そうな顔を見て、須釜は郭に耳打ちをする。 「若菜くんとちゃんって、もしかして何かあったの?」 「あぁ、まぁね。皆まで聞かないでやってよ」 「ふぅん。そう?」 「けど、女子いると楽しそうでいいなぁ」 山口がぼそりとそんなことを言うので、 「えぇ? そうか?」 と、若菜からいろんなとばっちりを受けた真田が嫌そうに答えた。 井上が冗談を言って、が笑う。高いところからそれを見下ろしていた須釜は、不思議と優しい気持ちになって口元をほころばせた。 秋に出会ったは、いろんな問題を抱えて、悩み、もがいていて、須釜は大人ぶってアドバイスをしたりしたけれど、本当はまだたった中学3年生の自分にできることなんか何もないことも分かっていたから、中途半端なことをしたような気がして後悔したりもしたのだ。けれど、がこんな風に笑えるようになったなら、きっといい心の変化があったのだろう。 本当によかった。の笑顔が見れた。 「何にやにやしてんだよ?」 と、山口が言う。須釜はのほほんと笑って言った。 「いいえ。別になんでも」 20141006 |