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02 韓国から戻って、初めての練習日だ。冬の空はからりと乾いていて、もやのような雲が白くたなびいている。 韓国戦で怪我をした小堤に変わって不破が合流し、3月に行われるナショナルトレセンの合宿に向けて、練習は佳境に入っている。新しいフォーメーションを何度も試し、真冬だというのにみんな汗だくだった。 昼になると、グラウンドを借りた中学校の教室の一室を借り、ストーブの周りを囲んで暖をとった。は玲やマルコ、中村コーチと別室で打ち合わせをしている。持参した弁当や菓子パンを広げたメンバーは、比較的和やかに昼食の時間を過ごしていたけれど、若菜のふいの一言で空気ががらりと変わった。 「……の好きな奴って、誰なんだろうな?」 口に甘い卵焼きを口に含みながら、若菜はもごもごと言った。 隣に座っていた郭と真田は、韓国での潤慶の言葉を思い出して言葉に詰まった。若菜がこの疑問をもう何度口にしたことか、もはや耳にたこができるほどだった。韓国へ行ってから選抜として集まるのは今日が初めてだったので、2人以外のメンバーは、一体何の話が始まったのかと耳をそばだてた。 「なんだよ、若菜? に振られてまだ落ち込んでんのか?」 と、鳴海。 「どんだけ引きずってんだよ」 「しつこい男は嫌われるぞー」 「だから振られたんだろ?」 「あぁ、そっか」 と笑うのは、桜庭と上原だ。ひどい物言いに、若菜は声を大きくした。 「ちっげーよ! そんなんじゃねぇ!」 「え? そうなの?」 「さんについて、一説あってね。それでちょっと取り乱してるんだよ」 郭がフォローを入れると、水野が「一説って?」と首を傾げた。郭は真田と目を合わせて数秒後、なんともつかないため息をついて言った。 「韓国に行ったとき、彼女、ひどい風邪を引いてたでしょ? 辛かっただろうに、それでも韓国に着いてきてあんなに頑張ってたのは、メンバーの中に好きな奴でもいるんじゃないかって、潤慶が……」 「「「「「えぇ!!? そうなの!!?」」」」」 郭の言葉尻にかぶさるように、全員の大きな声が教室中に反響した。とたんに収拾がつかなくなって、全員が好き勝手にしゃべりだす。 「もしかして俺かな!? 学校も一緒だし、俺たちちょー仲良いしー!」 藤代が手を挙げて得意げに言うと、鳴海は馬鹿にしたように鼻で笑う。 「はぁ? お前なんかうるっせぇのっぽだって思われてんのがオチだろ?」 「だったら鳴海はどうなんだよ?」 「俺はもっといろっぺー年上のお姉さんが好みだもんよ。相手になんねぇって」 「それは鳴海の話だろ」 黒川がおもしろいネタを見つけたと言わんばかりに、椎名を肘で小突く。 「翼はなんか知らねぇの?」 「知るかそんなこと。そもそもあいつが恋愛沙汰に興味があるとは、とてもじゃないけど思えないんだけど」 「とはいっても、普通の中学生だったら好きな男の1人や2人いてもおかしくないだろ?」 とは、畑。美容師の兄と姉を持つ畑は、この手のゴシップが大好きだった。 「やっぱ翼なんじゃねぇ? 幼馴染なんだし、ほら、都大会の3位決定戦も見に来てたじゃん? 応援したかったんじゃねぇのかな?」 「それは、あいつがあんまりにも外に出ようとしないから、俺が無理やり来させたの。好きで来てたわけじゃねぇよ」 なんだそっかーと、畑は肩を落とす。 その隣で、谷口と木田が視線を合わせて、俺たちは関係ないよな? と慰め合っている。伊賀は全く興味がなさそうに、弁当のうさぎりんごを齧った。 「なぜの恋愛事情を詮索する必要があるんだ? 理解できん」 とは、不破の言い分。 誰に何を言われようと「やっぱ俺しかいない!」と豪語し鳴海につっこまれている藤代を眺めているのは、若年寄という表現がぴったりくる顔つきで笑っている渋沢だ。 「全く。しょうがないな、みんな」 「そんなに気になるもんですか? 彼女の個人的なことなのに」 水筒に入れた紅茶を飲みながら、呆れた顔で水野が言った。渋沢は水筒の蓋についだ昆布茶をすすりながら答えた。 「まぁ、気にならないと言ったら嘘になるな。彼女が知られたくないと思っているなら、別に知らなくてもいいけど」 「そんなもんですか」 水野はいまいち納得できず首をひねる。藤代や若菜はを気に入っているようだから、そりゃ好きな男がいれば気にせずにはいられないだろう。水野にとっては全く興味が持てない話題だった。興味はなかったが、話した方がいいのか、迷う話題がないわけではなかった。 夏の都大会の会場で水野と会ったは、水野よりも佐藤成樹と親しげだった。2人は付き合っているのだろうと勘ぐったこともある。けれど、は「違う」と答えた。ということは、東京選抜のメンバーの中に好きな男がいるから、佐藤成樹とは付き合っていない、という意味に受け取れなくもない。 つい深読みしてしまって、水野は眉間にしわを寄せた。に関しては、水野自身にもメンバーに秘密にしていることがあるので、他人のそれを積極的に暴いてやろうという気分にはなれなかった。 「さんってモテるんだねぇ」 と杉原がのんきにつぶやく。 「そうなんだね。全然知らなかったや」 と、風祭ものんきに笑って、大きなおむすびをむしゃりと食べた。 「……なんか俺、かやのそとじゃねぇ?」 小岩がぽつりとぼやいた。 昼休憩の時間が終わってグラウンドに戻ったは、たまたまそばにいた真田に聞いた。 「お昼、すごく盛り上がってみたいだけど、みんなで何の話をしてたの?」 「えぇ!? いや、そ、それは、そのぉー……!」 口ごもる真田に助け舟を出す者は誰もいなかった。みんな、のまっすぐな視線が痛かったのだった。 「水野くん。ちょっといい?」 練習の終わり、は小さな声で水野に声をかけた。昼の噂話のこともあり、水野はぎこちなく振り返った。 「なに?」 「この間、お世話になった件なんだけど。ほら、真理子さんに……」 「あぁ、そのこと」 「母から、菓子折りを預かっちゃって……。迷惑でなければもらってもらえないかと思って」 「気遣わなくてもいいのに」 「そんな訳にもいかないよ」 と水野が押し問答しているのを傍目に、一体何の話かと耳をダンボのように大きくしているのは、ひとりふたりではなかった。みんな、昼に盛り上がったおかしな熱が冷めきっていない。 「……もしかして、水野なのか?」 桜庭は、小声で藤代に耳打ちする。 「どーかなぁ。俺の方がいい男だと思うけど?」 藤代はまとはずれなことを言って、桜庭のかわいた笑いを誘った。 「あの2人、そんなに仲良かったっけ?」 「さぁ?」 「そういや、都大会の時いっしょにいたかもな」 黒川が言う。 「そうなの?」 「たぶんな」 そう言われてみれば納得できないこともない。なんだそうなのか、と納得する雰囲気が流れる中で、若菜はむっと口をつぐんで何も言わなかった。郭と真田は目を合わせて、そんな若菜の肩をぽんとたたいて慰めた。 20140714 |