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26 「っくしゅん!」 成田空港である。 東京選抜のウィンドブレーカーを着た一団の中で、一際小さな背丈のがくしゃみをした。その周りにいた大柄な少年達は驚いて、大袈裟に飛びのいた。 「おいおい風邪っ引き、頼むから俺らに移すなよ?」 と、大袈裟に嫌そうな顔をしてから距離をとったのは鳴海だ。 「……ごめん。気をつける。」 もそれにつられて、歩く速度を落として前後に距離を取る。鳴海は歩幅を大きくしながら、声を大きくした。 「しゃべるなって。移るだろ。」 鼻声で返事をしたは、マスクの上から口元を押さえて鼻をすする。 体調が悪かったのは年末からのことだったのだけれど、ソウル選抜チームとの親善試合を控えた新年になって、回復するどころかついに発熱してしまったのだ。鼻からきた風邪だから、呼吸が苦しくて少し辛い。 「家で休んでればよかったんじゃねぇの?」 そう心配げに言うのは椎名だ。はその目線から逃れるように視線を落とす。 「……ここまで来ちゃったもん。」 「珍しいな。お前がそんな無茶するなんて。」 椎名が不思議そうに目を細めるので、はもう一度鼻をすすって誤魔化した。マスクをつけているのが幸いして、表情が顔半分も隠れるのがありがたい。 「とりあえず、お前。飛行機の席も俺らと離れて座れよ。特に俺のそばには来るな。移したら承知しねぇからな。」 一度離れたくせに、鳴海が再びのそばに戻ってきた。行動が言葉と矛盾していることに気付いているのかどうなのか。椎名は問いただしてやりたくて仕方がない。けれど、椎名が口を開く前に、鳴海がの荷物を強引に奪った。 「具合悪ぃんなら無理すんなよ。」 「それくらい、別に平気だよ。」 「平気なら韓国に着くまでに風邪治しとけ。」 「2時間で完治する訳ないだろ。これだから脳みそ筋肉でできてる奴は。」 「あんだとてめぇ!? こんなのと隣の席に座ってウィルスもらってもしらねぇぞ!?」 「お生憎様。チケットちゃんと見たの? スタッフと選手は別ブロックの席取ってるよ。もうちょっと頭使ってもの言えよな。ていうか、お前等いつのまに仲良くなってんの? そんな雰囲気だったっけ?」 「べ、別に仲良くなんかねぇよ! 勘違いすんな!」 「……喧嘩しないでよ。頭に響く……。」 は苦しそうに眉間に皺を寄せる。けれど二人はあまりに小さな声の訴えが耳に入らず、口喧嘩に歯止めがかからなかった。 少し離れた場所で、チームキャプテンの渋沢と藤代がその三人のやり取りを聞いている。 「さん、鳴海と大分馴染んだみたいだな。」 「ホント、突然っすよねー。何かあったんすかね?」 「さぁな。まぁでも、いい傾向じゃないか。あの鳴海がさんを気遣うなんて、今までじゃ考えられなかったことだろ。」 「そりゃそうっすけど、なんか面白くないなー。」 藤代はそう言って、両腕を頭の後ろで組んで唇を尖らせた。 「あの調子で二人が付き合い出したりしたら、キャプテンどうします?」 「どうするも何も、それは他人が口を出す事じゃないだろ。」 「俺は嫌だけどなぁ。だってあの鳴海ですよ? 絶対ちゃんが振り回されるに決まってるし!」 「そういうお前はどうなんだ? やけに気にするじゃないか。」 渋沢にいたずらっぽい視線を向けられて、藤代は言葉を探す。 のことは好きだ。顔も可愛いと思うし、学校の中でその姿を見つけると嬉しくなる。三上亮といういじわるな先輩にいじめられているとかばってやりたくなるし、この男所帯に女子一人で頑張っている姿を見ると、どうしてもかまいたくなる。 けれどこれが恋愛感情なのだろうかと考えると、そうではないような気がするのだ。 は藤代の顔を見ると、まず驚く。それから悩んだり、困ったり、考えたりして、なかなか笑顔を見せてくれない。にとって藤代はそういう存在なんだろう。悩んだり、困ったり、考えたりして、ようやく関係を成り立たせるような。もちろん、それは藤代が望む関係ではない。 それを考えると、に対して恋愛感情を持とうとはとても考えられないのだ。今藤代がどれだけ頑張っても、を困らせてしまうだけのような気がする。それに、に恋をするには敵が多すぎるのだ。椎名とか、若菜とか。 「俺じゃ、ちゃんにはつりあわないんじゃないっすかね。」 藤代は考えたこと全てを言葉にするのは億劫で、それらしい言い訳をした。渋沢は納得したようではなかったけれど、何も聞かずに笑った。 「珍しいな。お前がそんな弱音吐くなんて。」 「別に弱音じゃないっすよ。事実を述べただけっす。」 「事実、ね。俺は、藤代はさんのこと好きなんだと思ってたけど。」 「そりゃぁ可愛い女の子は好きっすよ。男なら誰だってそうっしょ?」 藤代はにかりと白い歯を見せて笑った。渋沢は返答に困って、曖昧に頷いただけだった。 20100606 |