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そして、次の練習日である。

!」

練習が始まる前に備品やドリンクの準備をしていたの元に、突然若菜が立ちはだかった。驚いたは、若菜が妙に怖い顔をしていることにさらに驚いて、挨拶もできずに喉を詰まらせてしまう。若菜の後ろで、郭と真田が心配そうに若菜を見ていたけれど、どうやら助け舟を出すつもりはないようだ。

「この間はごめん!」

と目を合わせるなり、若菜は腰を直角に折って頭を下げた。はさらに驚いて後ずさってしまう。若菜の声は随分と大きく響いたようで、グラウンドで準備運動をしていたり、その隅で着替えをしていたりする人の視線がいくつか集まった。特に、若菜がに何をしたのかを知っている桜庭や上原は興味津々といった様子で、身を乗り出して聞き耳を立てている。

そんな状況下で、はどう答えたらいいものかすこぶる迷った。郭の方に視線をやっても、目を閉じて何も応えてくれない。真田は申し訳なさそうに、誰にも気付かれないほど小さく頭を下げていた。

若菜は言う。

「俺、なんか分かんないけど、焦ってて……。にすっげー悪い事したと思ってる。本当、ごめん!」

「ちょっと、やめてよ、結人。皆見てるから……」

「許してくれる?」

若菜が顔を上げると、その顔はやっぱり怒っているような怖い顔で、口で言っている事と態度が食い違っている。どうにかして落ち着いてほしかったけれど、どうすればいいか分からなかった。

、俺の事嫌いじゃない?」

若菜は少しだけ、首を傾げる。怖い顔をしているくせに、そんな子どもみたいな仕草をする。嫌い、なんて言わせるつもりないくせに、と、は思った。

「嫌いじゃない、よ」

「ホントに!?」

「本当。だからそういうの、止めて」

「信じていい?」

「うん」

と、若菜は突然180度方向転換をして、郭と真田に向かって大きく手を振った。そんなに距離があるわけでもないのに、声を張り上げる。

「英士ー! 一馬ー! 俺ちゃんと謝ったぞー!」

郭と真田はそれぞれ、聞こえてるよ、とか、声でかっ、とかなんとか呟いていて、それもには全部聞こえていた。

若菜がなぜこんなに必死だったのか、には分からなかった。郭も真田も呆れていて、若菜のフォローをしようという人は誰もいなかった。誰にも若菜が何を考えているか分からなかったからだ。

けれど若菜はそんなことはどうでもよかったらしく、に眩しく笑いかけると、「また遊ぼうな! じゃ!」と一言言って、あっさり踵を返した。

あんまりあっさりしすぎていて、さっきまであんなに必死に、怖い顔をして頭を下げていたのが嘘のようで、は訳が分からなかった。話をしたいと思っていたのに、一瞬の突風みたいに終わってしまった。これで、元の鞘に収まった、というのかもしれない。けれどには全く実感が湧かなかった。





そしてその日は、にとって、珍しいほど忙しい日になった。

「鼻血、止まった?」

タオルで目元を隠して仰向いている水野の隣に腰を下ろして、はドリンクのボトルを手渡す。水野はタオルをずらしてを見ると、恥ずかしそうに視線を逸らしてしまった。それでも小さな声で「ありがとう」と答える。そんなところは律儀な性格をしている。

「もう大丈夫だと思う」

「玲が午前中は休めって」

「……分かった」

水野はどこか不服そうな顔をして、じっとグラウンドを睨みつける。は何となく、機嫌が悪そうだなと感じて、それ以上は話しかけないことにした。天城とはまた違うけれど、水野ともそう打ち解けた仲ではない。

グラウンドでは、皆が声を上げてボールを追い、走っている。いつも通りの風景だ。天城がいなくても、何も変わらない。

それを眺めながらしばらくぼんやりとしていたら、水野がふいに言った。

「……そういえば、」

「……何?」

「シゲと、最近会った?」

「会ってないけど。何で?」

「この間、のこと話してたから。心配してたよ」

水野はグラウンドを眺めたままだ。心ここにあらず、といった様子で、なぜ突然シゲの名前を出すのか、には分からない。けれど質問されて黙っているわけにもいかず、不審に思いながらもは言った。

「元気だよ。……って、伝えておいて」

「分かった」

「佐藤君は、元気?」

「まぁ、元気なんじゃないの」

「どういう意味? それ」

水野はコンクリートの壁に背中を預けて、少しだけ顎を上げる。少し疲れているような表情だった。

水野は何を考えているのだろう、その表情から何か一つでも探れないかと、はじっとその横顔を見つめる。睫が長くて、瞳は太陽光が差して茶色に見える、その綺麗な横顔だ。見ていて飽きない。けれど不思議と、頼りなかった。

「別に、大した事じゃないけど」

「何?」

「聞いてない? シゲの奴最近、週末にどっか行ってるみたいなんだ」

「ふぅん。初耳」

も知らないのか」

「うん」

「……シゲ、女のとこ通ってるんだって」

「へぇ」

「気にならないのか?」

水野は嫌そうに目を細めて、やっとを見た。は何度か瞬きをした後、自分の膝上に視線を落とす。気にならない訳ではないけれど、水野に詰め寄って、知っている事を洗いざらい吐き出させたり、そんな乱暴な行為に走るほど心がざわめくほどでもない。それでも少しだけやせ我慢をして、答える。

「……別に」

シゲは髪を金色に染めて、アクセサリーで着飾って、自分を派手に見せる事をライフワークにしているような人だから、女子にもてる。はその事を良く知っているからこそ、どこにシゲの彼女がいようと納得はできるのだ。気になったりはしない。気にしたって仕方がない。

「シゲは、と付き合ってるんだと思ってた」

「付き合ってないよ。誰に聞いたの?」

「いや、聞いたわけじゃないけど。仲良さそうだったから。都大会で会っただろ」

「別に、ただの友達だけど」

「そっか。悪い、変な事聞いて」

水野は口元を覆うようにして頬杖を付いて、またグラウンドに視線を戻して黙り込んでしまった。もそれ以上言う事は見当たらなかったので、そのまま黙った。

シゲが、自分の事を話していたという。心配してくれていたという。一体、どんな風に話していたんだろう。そんな事が、頭をよぎった。



20091107