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目を覚ましたらちょうど下校時刻だったので、は養護教諭に送り出されて下校した。一眠りしたら体調も良かったし、部活に出払った生徒と顔を合わせることなく校舎を出られる時間帯だったのはよかった。昼に会ったあの女子生徒たちと会う心配をしなくていい。

寮の門限まではまだ少し時間があって、夏の暑さがやわらいだ天気だってこともあって、は気晴らしに散歩することにした。面識のない女子生徒に絡まれて、三上とまで会ってしまって、少し疲れていた。何かで気を紛らわせたかった。

自身意識しないうちに、その足は自然と人通りの多い方へ向かう。一人になって無駄に考え込んでしまうより、騒がしい人波に入った方が気が楽だと知っている。

こんな複雑な気分な時、以前なら迷わずにシゲに会った。駅前の、少し悪ぶった学生が集まる一角を覗けば、いつだってシゲが手を振ってくれた。近頃顔を見ないのはに門限があるからだけれど、シゲは今もあの場所にいるのだろうか。少しだけ気になった。

「あっれー? さん?」

気の抜けた声に、は驚いて振り向いた。ぼんやりしていた。

「こんにちわ。遊びに来たの?」

首を後ろに仰け反らせて見上げなければならないくらいの長身と、目深に被った帽子。自身がその人の影の中に入ってしまったようだった。

「……あ、スガマさん」

「どうも、久しぶり。驚かせた?」

スガマは両手をジャージのポケットに突っ込んで、大げさな仕草で肩ごと首を傾げて見せた。大きな影のような体が、まるで道化師のように揺れる。はその仕草がおかしくて、つい噴出すように笑ってしまった。





スガマとが初めて会ったフットサル場は今日は混んでいて、二人は今日はコートには入らずに近くのファーストフード店に入ることにした。ハンバーガーセットを頼んだスガマとは対照的に、はオレンジジュースだけを頼む。会計はスガマが済ませた。

「すみません、おごってもらっちゃって……」

「いいよ。気にしないで」

全面ガラス張りのカウンター席に並んで座って、流れる人波を二人で眺める。夕方の時分、帰宅途中の学生が多い。

「あれから来てくれなかったから。心配してたんだよ」

「え?」

「嫌われたかなって」

「いえ、そんな事ないです。すみませんでした」

「謝ることないけどさ。忙しかったの?」

「そういう訳じゃないんですけれど、」

はどう答えていいのか分からず、ストローに口をつけて喉を潤すふりをしながら考えた。正直なところ、面倒くさかったというのが本当の理由だけれど、それをそのまま口にするのは失礼すぎる。

「私、あんまり体が強くなくて、病院に通ったりしてるので……」

いつも使う言い訳を口にしたら、スガマはが予想した以上に驚いた。そんな反応をされたことに自身も驚く。普段はよっぽどなことがなければこんな話はしなし、話をしたらしたで、聞いてはいけないことを聞いてしまったと思われることが多かった。こんなに興味深々と耳を傾けてくれることが意外で、はつい口元を緩めてしまう。

スガマは紳士にの話を聞いた。だからは、話せることは全て話した。リストカットをした事があること、今も精神科の病院に通っていること、寮で暮らしているのは親元を離れたかったからだということ、選抜での人間関係に悩んでいること、学校であらぬ誤解を掛けられてしまったこと。自身が驚くほど、いろんなことを話した。

「何だか、大変みたいだねぇ。ちゃん」

スガマはいつの間にかをしたの名前で呼ぶようになったけれど、はそれを気にしなかった。

「大変って言うか、まぁ……。私はよく分からないんですけど」

「分からないって、何が?」

「周りが勝手に動くんです。私は何もしてないのに、誤解されて当事者扱いされてるっていうか……」

「でもリストカットはちゃんがきっかけでしょう?」

「それも、本当は事故なんです。料理してたら包丁でさっくり切っちゃって……。ただ元から親に対して反感持ってたりとか、引き篭もりがちだったり暗かったりしたから、それで周りが勘違いしちゃって……」

「あぁ、そうなんだ。なるほどねぇ」

スガマは納得したように頷いて、何が楽しいのかくすくすと笑っていた。はその大きな肩を眺めながら、スガマが何か言うのを待った。

「それで、女の子達にいじめられたのも誤解なの? 藤代くんとは本当に付き合ってない?」

は何度か瞬きをして、慎重に考えた。あの女子生徒達のしたことはいじめなのかと、スガマの言葉でようやく気付く。藤代と付き合っていないのは本当だ。告白なんかされていないし、してもいない。

「そうです。誤解です」

「でもその誤解が生まれるってことはさ、そのきっかけになった何かがあるはずじゃない。心当たりない?」

「選抜で顔を合わせる機会が多いから仲はよく見えるんでしょうけど……」

ちゃんが思っている以上に、彼女達には仲良く見えるんじゃないかな。何せ男女の仲の事なら尚更さ」

「……そういうものですか?」

「そういうものだよ。藤代くんと本当に付き合っちゃうか、他にちゃんとした彼氏を作るとかしたら?」

「それって解決になります?」

「解決のきっかけにはなるんじゃない? そう一人で抱え込んでいるよりずっといいと僕は思うけどね」

そうしてスガマは、ちなみに今僕はフリーだけどどう? とか言ってを笑わせた。

誰かに話をするというだけでこんなにも心が軽くなるものなのかと、は経験したことのない気持ちで思う。たった数度会って話をしただけのスガマと打ち解けていることは、何だかとても不思議だった。騒がしいファーストフード店も、スガマと一緒にいるというだけで居心地が良かった。



20080811