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三上の背中を追って保健室まで向かう間、誰ともすれ違わなかったのは幸いだった。こんな所をサッカー部ファンの女子生徒に見られたら、また何を言われるか分かったものではない。
授業が始まる時間だったから当たり前なのだけれど、体調の優れないはそこまで頭が回らない。

扉をノックして返事がなかったけれど、三上は構わずノブを回した。部屋に入ってすぐ目に入る青いカーテンに「外出中」の張り紙があった。

「先生、いないみたいだな」

「……はぁ」

「ベッド使うくらいいいだろ。勝手に寝てろよ」

「……はい」

三上はカーテンが空いたままベッドを指差して、にそこを促した。はもう何を考えることも面倒くさかったので、素直にそれに従う。
靴を脱いでベッドに横になると、ふいに三上は苛々と声を荒くした。

「カーテンくらい閉めろよ」

そうして、に見上げられながら、仏頂面でカーテンを引いた。はそれをあっけに取られて見ていたけれど、カーテンの向こうに三上の姿が消えて安堵して、長く長く吐息した。顔を見ないでいられるだけで大分プレッシャーが減った。

「……先輩、用事あるんじゃなかったんですか?」

カーテン越しになら、声を掛けられる。その安心感にとろりと瞼が重くなった。眠気ではない、シーツが冷たく心地良いのだ。

「気にすんなよ」

カーテンを隔てているせいで、三上の声が遠い。椅子を引いてそこに座る音と気配がして、三上がそこにいるのが空気を通して分かった。

校庭で体育の授業をしているのだろうか、騒がしい音と気配がしている。先生が声を張り上げている。ざわりとした声の集団。甲高い笛の音。土の地面を走る足音。よく耳をすますと、それに混ざって風に揺れる木立の音が聞こえた。光が揺れる。白いカーテンの向こう側で、波のように揺れている。そういえば、もうすぐ夏が終わるのだ。蝉の鳴き声が切ない。

「何言われたんだ?」

三上の声が聞こえて、は首を巡らせて視線をやった。カーテンの向こうにはその影も見えないけれど、このまま黙っていては眠っていると思われてしまうかもと思って、相槌だけ打った。

「……はい?」

「さっきの奴らだよ。何言われてたんだ?」

「……はぁ、えぇと……」

思い出して見ようとするけれど、彼女達の顔が浮かんでこなかった。よっぽど体調が悪かったのか、目に映ったものが脳で処理できていなかったようだ。言葉は覚えている。藤代くんと付き合ってるの? 的外れな誤解だ。

「藤代くんと付き合ってるって誤解、されてるみたいで……」

「仲良いもんな、お前ら」

「付き合ったりとかでは、ないんですけど」

「知ってるよ。そんなことになってたらあのばか、周り中に言いふらして自慢しまくってんだろ」

「……そうなんですか」

「そういう奴なんだよ」

本を捲る、微かな音がする。三上はどうやら読書をしているらしい。それを聞いて分かる。用事があるなんていうのは、嘘だったのだ。と鉢合わせたのは偶然だったとしても、元々授業をサボるつもりだったのだろう。三上にとってはいい暇つぶしだったのかもしれない。

「黙っといてやるから、気にするなよ」

「……ありがとうございます」

三上はそれっきり黙りこんでしまったので、は重い瞼を下ろして、意識的に少し眠った。夏の終わりの音は心地良い。本のページを捲るさらさらという音。風。





授業終わりの鐘が鳴ってから少しして、養護教諭が戻ってきた。

「あら、生徒さん。どうしたの? どれくらい待ってた?」

三上は問い掛けられてから振り向いて、椅子から立ち上がると軽く会釈して挨拶をする。

「俺は付き添いです。具合悪いってんで、勝手にベッド使わせてもらいました」

「そう。寝てるのかな?」

「そうみたいです」

養護教諭は後ろを振り返って、ちょっと待っててね、と声を掛けた。誰かと思って視線をやれば、見慣れた笑顔に出会って三上はつい脱力してしまう。

「なんだ、三上じゃないか」

「渋沢か。どうかしたのか?」

渋沢は片手に持ったファイルを軽く持ち上げて見せた。

「この間、腕捻っただろ? その診断書を提出しに来たんだ」

「大丈夫だったのか?」

「あぁ。心配掛けて悪かったな」

「別に。平気なら良かったよ」

「あらぁ、女の子だったのねぇ」

と、養護教諭がぼそりと呟いたので、二人は同時に視線をやった。養護教諭はカーテンを少し捲ってベッドを覗いていて、眠っていたのが女子生徒だったことに驚いたらしい。

「誰?」

と、渋沢に聞かれたので、三上はどうでもよさそうに「東京選抜のマネージャー」と答えた。

さんが?」

「たまたま廊下ですれ違ってさ。顔色悪かったから連れてきてやったんだよ」

「へぇ。さんと仲良かったんだな」

「そんなんじゃねぇよ。たまたまだ」

「そうなのか?」

「そうだよ」

養護教諭はカーテンを閉めなおして、「もう少し寝かせてあげようね」と言って自分のデスクに戻る。

「2年C組のさん、ね」

言いながら記録を付けるその手には迷いがない。顔だけを見ての学園とクラスを言い当てたようだ。が保健室の常連になっているという事だろう。それを聞いて、三上は呆れたようにため息を溢す。

「あいつ、そんなにここ通い詰めてるんすか?」

「うぅん。そうねぇ、編入生だから覚えてるって言うのもあるけどね」

「そうなんすか」

「元々そんなに体が強くないみたいよ。夏バテしちゃったのかもね」

「はぁ」

「前にちょっといろいろあったみたいだし。知ってる?」

二人にはすぐに分かった。東京選抜の合宿で、がリストカッターであることは周知の事実になったことだ。

「……はぁ、まぁ」

曖昧に頷いた三上に、養護教諭は悪戯っぽく笑った。

「三上くんの彼女なの?」

「違います」

三上はあっさり否定した。養護教諭はくすくすと笑って、渋沢は何とも言えない顔で苦笑する。眠っているを気遣って、静かな声で話をする三人は、どこか秘密めいていた。

「優しくしてあげてね」

「……どういう意味っすか?」

「仲良くしてあげてってことよ。さんのこと分かってるなら、尚更ね」

返答に困った三上は、助け舟を求めるように渋沢に視線をやる。渋沢は、肩を竦めて苦笑して、何も言わなかった。



20080720