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12 は、サッカーの試合をこんなに間近で見るのは初めてだった。 小さい頃に、玲が出場する試合を何度か見に行ったことはあるけれど、父親の権力をかさに着てガラス張りの関係者席に閉じ込められてばかりだったし、大抵の場合は眠気に勝てず沈没してしまっていたからだ。隣で難しい話をしている大人たちの声はお経のように聞こえて鬱陶しかったし、遠く芝の上でボールを追う選手は、顔が識別できないくらいに小さくてまるで人形のようにしか思えなかった。これのどこが面白いんだか、つまらない、という言葉を飲み込むのに苦労したほどだ。協会の人間である父親の娘がそんなことを考えているとばれてしまったら父親の体面が悪い。父親を尊敬していたわけではないけれど、迷惑はかけたくなかった。 「……玲」 隣に立っている姉の顔を見上げもせず、は真っ直ぐピッチの上を見つめていた。ボールの動きについて行けず、何度も瞬きをしてその動きに必死に着いていっている。 玲はその横顔を見下ろしながら、口元にすっと笑みを刻んだ。 「なぁに?」 「……ううん。なんでもない」 「そう。具合は平気?」 「うん。大丈夫」 は試合に夢中になっていた。玲にはその顔が、まるでではない別人のように見えていた。 玲は、が何かに夢中になる姿を見たのは初めてなのかも知れないと思う。年が離れているせいもあって、姉妹として一緒に過ごした時間はとても少なかった。けれどそれ以上に、自分のことにかまけてばかりでその存在すら意識の外に追い出してしまっていたことさえあったのだ。特に留学している時などひどいものだった。 に謝らなければならないと何度も思った。けれどそんなことをしたら余計にを傷つけるだけだと分かっていたから、迷いに迷った結果、この合宿に誘うことを思いついたのだ。 「サッカーを好きにはなれないのか?」 に向けられた、父親の言葉を玲は覚えている。 玲の日本での引退試合の後だった。父親が祝いだなんだと大袈裟に騒ぎ立てて、知人を招いて開いたパーティーでのことだった。 無理矢理参加させられたは始終むっと唇を尖らせて、部屋の隅に立っていた。その隣に父親がグラス片手に並んだ。たまたまその近くにいた玲に、微かにだけれどその声が届いたのだ。 「お前はまだ小学生なんだから、今から始めればいくらでもうまくなれるぞ?」 まだ諦めてなかったんだと、玲は呆れながらそれを眺めていた。酒の酔いに頬を上気させた父親はいつもより気が大きくなっていたのだと思う。今まで何度もをサッカーに誘っては、つんけんとはねつけられてその度に落ち込んでいたくせに、まだ誘うのか。諦めの悪いひと。 「お前がやるって言うならパパも協力は惜しまないんだがなぁ。どうだ? ん?」 「嫌だっていってんじゃん。いつもいつも」 「なんだ? 聞こえないぞ、」 「興味ない」 その時は深く考えなかったのだけれど、にとってこの言葉は大きな意味を持っていたのだと、今頃になって分かる。 はサッカーに興味がなかったのではなく、それを強要する父親にこそ興味がなかったのだ。髪の毛先から足の爪までどっぷりサッカーに浸かった父親は、それを通してしか人と関わることを知らなかったのかもしれない。政治家の仕事を始めてからはだいぶ丸くなったけれど、あの頃はさすがの玲も父親の異常なサッカーへの執着には多少呆れも覚えていた。にとってそれはただ嫌悪の対象にしかならず、サッカーと父親はひとくくりになるものだった。好きになれ、興味を持てと言うには無理がありすぎたのだ。 高く、ホイッスルの音が響いた。 20070624 |