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合宿二日目の食堂は、昨日と比べると閑散としている。明日は選考のための紅白戦があるから、みんなそのために練習に時間をさいていた。食堂にいるのは参加人数の半分ほどだ。

「柾輝は事務室からガムテープ借りて来い。五助と六助は備品使っていいか聞いてきてくれ」

「OK」

「翼はどうすんだよ?」

「俺はちょっと用あるから。先行ってろ」

飛葉中の面々はひとつのテーブルを囲んでほとんど飲み込むような勢いで食事していた。それと同時に今夜の風祭の特訓についての算段をしている。夕食も食べずに練習に励んでいる風祭をあと数時間で鍛え上げようとしているのだから、時間は限られている。

「なぁ。ちょっといいか?」

そこへ、若菜を先頭にU-14出身の三人が顔を出した。一体何の用だろうと、四人は顔を見合わせた。

「何? こっちは急いでンだけど?」

のこと聞きたいんだけど」

椎名はその言葉に不審感を示した。若菜はどこか不安げな表情を浮かべている。興味と好奇心を抱いているというだけの顔ではない。

「椎名って、なんか知ってンの? のこと」

若菜の言葉には全く遠慮がなかった。椎名の気性を知っている黒川達は内心気が気でない。

「なんでそれを俺に聞くわけ?」

「知り合いなんだろ? 二人で話してたじゃん」

「あぁ。はとこだけど」

「えっ? 親戚!?」

心底驚いたらしく、若菜は目を丸くした。その後ろにいた郭と真田も思わずといった風に顔を見合わせる。その隙に椎名は気合いを入れて息を吸った。

「だから何? の何が聞きたいの? ていうか、本人に直接聞けばいいじゃん。お前あいつと仲いいみたいだし、よっぽどくだらない事じゃない限り何聞いたって怒る奴じゃないよ」

一体どこから出てくるのか、椎名はぺらぺらとたたみ掛ける。黒川や畑らは、黙ったまま視線を交わしていた。誰も助け船を出す気など毛頭ない。

「いや、だからさ……」

「それとも自分で聞けない理由でもあるの? それで俺に頼るの? 情けないね、男のくせに。に近づこうと思ったらそんな生半可な覚悟じゃ無理だと思うけど。やめとけば?」

「……」

若菜は対抗できずにとうとう黙り込んでしまった。初めて椎名のマシンガントークを浴びたのだから仕方がない。ここまで食い下がれたのはまだ優秀な方だ。真田にいたっては口をぽかんと開けて固まっていた。

「椎名」

呼び声の主は渋沢だ。その隣には藤代がいる。真田とほとんど同じように、椎名の口達者ぶりに唖然としていた。

「俺からも頼む。さんのことはみんな気にしてるんだし、そもそも噂の種をまいたのは俺たちなんだ」

渋沢は落ち着いた様子で話す。その真摯な態度を、椎名は観察するように見ていた。

「何が正しいのか分からないと、謝ることもできないだろ?」

渋沢は小さく微笑した。若菜も椎名を見やる。その場にいる全員が椎名に言葉を求めていた。渋沢の言葉にはそれくらいの説得力があった。
椎名はそれに折れて、ふと肩の力を抜いた。

「……俺も詳しいことは知らないよ。又聞きしただけだし」

椎名はふと視線を落とす。一時色をなくした表情は、小さな決意を秘めて真っ直ぐに前を見据えた。

「自分で手首切ったのは本当らしい」

誰もが息を飲む気配がした。それを破るように椎名は椅子を鳴らして立ち上がる。

「あんまり、余計な詮索はしないでやってくれよ」

それだけ言うと、椎名は立ち上がって逃げるように食堂を出た。残された方はそれを視線で追うことしかできず、それからしばらく誰も何も言わなかった。



椎名はそのまま真っ直ぐ救護室へ向かった。を見舞うためだ。ノックをして扉を開けると、はちょうど乱れた髪を櫛で梳いているところだった。

「翼」

は手を止めて椎名を見た。の頬には赤みがなく、心なしか疲れも伺える面立ちだった。

「大丈夫なのか?」

「うん。もう平気」

「飯は?」

「玲がさっき持ってきてくれた」

「そうか」

椎名はに歩み寄って側に立つ。ベッドの縁に腰掛けたを見下ろす格好になった。は椎名を見上げて軽く首を傾げた。

「翼?」

椎名はを見つめたまま黙り込んでいる。はその意図をはかりかねていた。椎名に表情はない。

「……お前、どうしたんだよ」

「玲に聞いてなかった? 熱中症って……」

「そうじゃねぇよ」

椎名は不意に、視線をの左手に移した。それを見てはようやく気づき、開き掛けた唇をぎゅっと閉じた。

「玲に聞いた。……何馬鹿なことしてんの?」

は視線を落としてしまって椎名を見ない。の黒い髪を見下ろしたまま、椎名は声色を変えずに問いかけた。

「入院してたんだって?」

「……うん」

「何やってんだよ」

はゆっくりとした動作で顔を上げた。椎名を見る。

「……ごめん」

それだけ言ってすぐに視線は落ちた。はそれ以上何も言わなかった。



20070309