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07 合宿二日目。この日は後頭部の鈍い痛みに耐えながらグラウンドに立っていた。昨夜の藤代衝突事件が原因である。ぶつけたところにたんこぶが出来てしまったのだが、その腫れは一晩たっても引かず、触れると電流が走るような痛みがあって辛い。 藤代や渋沢は執拗なくらい謝ってくれたので、素直に許した。が、痛いものは痛い。そのせいか、心なしか昨日よりも体の調子は良くなかった。体が重くてだるい。 「……はぁ」 「どうかしたか?」 「わっ!」 突然肩を叩かれて、はため息で落とした息を反射的に吸い直した。それが気管に入ってしまい咳き込んでしまう。 「あ、悪ぃ。驚かせた?」 心配そうに若菜はそう言って、の顔をのぞき込んだ。は片手を上げてそれに答えた。 「……うん、大丈夫……」 「そうか? なんか死にそうな顔してるぞ?」 「そ、そんなことないよ。……で、何か用?」 若菜はの答えに疑問符を浮かべたけれど、それでも笑顔を浮かべて言った。そうして両手に持ったコームとゴム、ヘアピンの入ったケースをに見せた。 「ちょっと髪いじらせてくんないかな、と思ってさ」 「え? 髪?」 「オレこーゆーの好きなんだ。の髪きれいだし。だめ?」 唐突で、また考えもしなかった展開に、は戸惑った。人に髪を触られるなんて美容院以外ではないし、ましてや相手は男だ。返答に困る、と言うより、どうやって断ろうかという考えが先に立った。けれど若菜はそんな事おかまいなしに、を近くにあったベンチに座らせた。 「遠慮しなくていいって。大丈夫、オレうまいから」 「そうじゃなくて。もうすぐ練習始まるし……」 「すぐ終わるよ。てか名前で呼んでいいって言ったろ?」 「……はぁ……」 なんの前触れもなく若菜の手が頭に触れる。それがちょうどたんこぶの位置で、脳がしびれた。比喩でも何でもなく、本当にそうとしか表現できない痛みなのだ。思わず声にならない悲鳴を上げてしまう。 「……どうした? これたんこぶだろ?」 頭を触った感覚で分かってしまったらしい。なんだかとても情けない気分になって、はほとんど泣きたい気分だった。 若菜がてきぱきと手を動かしている間、は昨夜の出来事をかいつまんで話した。若菜は気持ちよくからからと笑った。 「そりゃ、災難だったなぁ」 「笑わないでよ。本当痛いんだから、これ」 「悪ぃ悪ぃ。まぁ、何ふざけたことやってんだとは思ってたけど、そんな事故が起きてたとは……」 「熱心だよね。施設の廊下でまで練習するなんて」 「あーゆーの珍しいよな。今時あんなスポ根流行んないっての」 「そうなんだ? みんなあぁなのかと思った」 「なんで?」 「なんか、部活してる人ってそういうイメージあったから」 「全員がそうじゃないだろ。ていうか俺たちは部活じゃないし。クラブユース!」 その、”クラブユース”というものがなんであるかは知らなかったけれど、あえて聞かないことにする。その知識は必要ではないし、わざわざ理解するのも正直面倒だった。 けれど、若菜の友好的な態度が幸いしては打ち解けた空気で話ができた。今までこういう種類の友人はいなかったから新鮮でもある。その気安さは昨日から流れている噂の存在すら忘れさせたし、心なしか体の不調も少し和らいだ。 「はい。できた」 「ありがとう。三つ編みなんて久しぶり……」 「! ちょっと、こっちいい?」 玲がコートの反対側で手を振って、を呼んでいた。は立ち上がり、三つ編みの毛先に触れながら若菜に礼を言った。 「ありがとう。それじゃ、練習頑張ってね」 「おう。もしっかりな」 は玲がいる方へ向かう。そこには昨夜、尾花沢監督の不興を買って罰則を科せられていた藤代と風祭、それから翼と、初めて見る大柄な長髪の男がいた。彼はなぜか片手で腹を押さえて、額には脂汗が浮いている。 「玲」 「。この子、鳴海貴志くん。今日から練習に参加するから、いろいろ説明してあげて」 鳴海は玲の「この子」という言葉に反応したように見えた。それに気付いたのはも同じ思いだったからだ。鳴海は同じ中学生には見えないくらい体つきがしっかりしている。髪の色も奇抜だ。 「鳴海くん、この子はマネージャーの」 「よろしくお願いします」 軽く頭を下げて挨拶をしたら、鳴海は片手を上げながら苦笑いをした。 「よ、よろしく。マネージャーなんているんだ? 珍しいね」 なんとか言葉を紡いではいるが、よほど腹が痛むのか若干ろれつが回っていない。もしかして体調が優れなかったために遅れて参加する羽目になったんだろうか。 「……大丈夫ですか?」 思わず問いかけてしまったは、鳴海の答えを聞いてすぐに後悔した。 「優しいね、君。ちゃんって呼んでいい? 俺のことは好きに呼んでいいよ」 これは若菜の親しみやすさとはかけ離れたただのナンパであることは、誰の目にも明白なことだ。 どうしてここには面倒な人が多いのだろう。は半ば呆れた。 20070302 |