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マネージャーであるの行動は、それがどんなに小さなことでも注目を集めている。 具体的に言うならば、技能テストの結果を記録する手つきだとか、ペンを落としてしまって少し慌てながらそれを拾う仕草だとか、 コーチに声をかけられて、その話を真剣に聞く表情とかだ。病的なものを感じさせる容姿のためいい印象を持っている人間の方が少ないけれど、 よく見れば整った顔つきをしている。選抜に選ばれるほどの実力者たちとはいえ、皆健全な中学生男子には変わりないのだ。同年代の女子ひとりその中に混ざっていれば、 まぁそういう視点で見てしまうのもある意味、自然の摂理である。

「ちょっと、かわいそうだな。彼女」

渋沢がちょうど隣で順番待ちをしていた水野にそう言って、水野も同じようなことを思っていたのか、同感、といった風に頷いた。この二人は例外に漏れて、を見る目に野暮な感情はない。

「でも、仕方ないんじゃないですか。いくらスタッフだっていっても目立つし……」

「あんな様子だしな」

渋沢の声音は同情の色が強い。その理由はの行動、というか執拗な視線に対する反応にある。
必死に記録に集中しようとはしているのだが、何かの拍子に誰かと目があったりすると下手くそな作り笑いを浮かべる。下を向いて視線を避けようとする。けれどそれでは仕事の集中できず仕方なく顔を上げる。また誰かと目が合う。下を向く。その繰り返しだった。

「……慣れていないのかな」

「こんな状況慣れている人の方が少ないと思いますけど」

けれど、そういうことを考えてもの反応は露骨だった。見方によっては怯えているようにも見える。

「声でもかけてこようか」

「そんなことしたら余計注目集めません?」

「あのまま放っておくのもかわいそうだろう。こっちの気分もよくないしな」

確かに。まるで熊に襲われそうになってる兎みたいにびくびくされていると、こっちには全く悪気はないのになんだか申し訳ない気持ちになってくる。

「……そうですね」

そうして二人は人波の裏を通っての方へ近づいていった。真正面から堂々と近づいては、にいらぬプレッシャーをかけてしまいそうだったからだ。

さん」

渋沢がそう声をかけると、は大げさに肩を振るわせて驚いた。慌てて精一杯取り繕った笑顔を浮かべるが、あまりに分かりやすい反応で、理由を悟っている二人は訳もなくいたたまれない気持ちになる。

「はい。なん、でしょうか?」

「緊張していたみたいだったので。もっとリラックスしていいんですよ?」

渋沢はにこやかに微笑んでまるで仏か何かのように穏やかにそういった。さすが、と水野は思う。無意識なのだろうが、渋沢の笑顔には人を骨抜きにしてしまう不思議な力があるのだ。
これにはも拍子抜けたようで、一度目を丸くした後、すっかり力の抜けた顔で笑った。

「すみません……。なんか、慣れなくて」

「普通ならそうですよ。女子ひとりじゃ寂しいでしょう?」

「えぇ。まぁ……」

「次! 渋沢!」

男性スタッフに名前を呼ばれ、渋沢は返事をすると、にもそれじゃ、と挨拶して、水野にも視線を送った。「後は任せた」という意味に水野には聞こえたが、成り行きを見守っていただけの自分に何かできるとはとうてい思えない。
どうしたらいいか分からないまま、水野はと自然に目があって、お互いに会釈する。けれどどちらも口を開かないから会話は続くどころか始まりもしない。どうにかしなければ居心地が悪くて仕方がなかったが、それは会話がないためだけでなく、周りの視線のためでもあった。

なんとかしなければ。渋沢が成し遂げたことが無駄になる。水野は言葉が出ずに、気まずさを髪をかき上げたりすることでひとときごまかした。

「……水野君、でしたっけ?」

思いがけず話を切り出したのはだった。不本意だったが水野は心底ほっとする。は精一杯の笑顔に戻って、それでもまっすぐに水野を見上げていた。

「はい。自己紹介、しましたっけ?」

「いえ、名簿で」

「あぁ。なるほど」

ふと、の左手のリストバンドに目がいった。真っ白で幅の広いリストバンドだ。夏の強い光をはじいて眩しい。その端の方から、同じように白い包帯がはみ出しているのが見えた。

「怪我、してるんですか?」

そう問いかけたことに、悪気は全くなかった。けれどの顔色は一瞬で変わった。少しつった大きな瞳が丸く見開かれ、笑顔がふっと消える。謝らなくては、と思った。理由は分からないけれど、直感的に気に障ることを言ってしまったのだと思った。

「はい。ちょっと、ぶつけちゃって」

左手を抱え込むようにして隠し、は俯いて言った。声色は相変わらず静かなアルトだ。けれど俯いたせいで前に落ちてきた髪が表情を隠す。

「……そっか」

この後どうやって会話をつなげるべきか真剣に迷った時、天の助けといわんばかりに、ピッチから名前を呼ばれた。返事をして、きちんと挨拶をしてからから離れた。

水野自身、元々人付き合いが得意な方ではない。けれどそれはきっともそうなのだろう。そういう性格の二人がいい関係を築いていける可能性は限りなく低い。感じた罪悪感を振り払うように、水野はそう言い聞かせた。



20070225 修正