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「この選抜の監督を務める、尾花沢だ」

早朝のミーティングは遅れてきた数名を一喝した後の、この言葉で始まった。
45人のメンバーが席に着いた眺めはいっそ壮観で、は無意識に膝の上で拳を握る。何人かが自分の姿を目にとめて不審そうに眉を寄せたり、隣に耳打ちをしたりするのが嫌でも目についた。彼らと同じ年頃の女子がスタッフとして参加しているなんて珍しいことなんだろう。玲に話を聞いたときに何となく予想はしていたけれど、百聞は一見にしかず、とはこのことだ。こんな居心地の悪い思いをしたのは生まれて初めてかもしれない。

「ヘッドコーチに西園寺、GKコーチにルイス氏。それから、監督・コーチの助手、雑務が主な仕事になるが、マネージャーとして

途端、さっきまで控えめだった視線が今がチャンスとでも言わんばかりに一斉にこちらを向いて、 は総勢45人の視線をもろに浴びせられた。あまりにも唐突で無視することができず、かといって他にどうしたらいいかも分からなくて、軽く頭を下げる礼をしてその後は顔を上げられなかた。
これから三日間これに耐えなければならないことを思うと気が重い。けれど病院に戻るのは嫌だ。そうなるくらいなら、まだここにいたほうが精神衛生上いいと、自分に言い聞かせた。



の姿は、何もかもが輝いて生気に満ちる夏の景色にいかにも不似合いだった。てきぱきと機敏に動いて仕事をこなしているように見えるけれど、その容姿から頼りなさは否めない。体の線の細さや頬のラインは見方によってはやつれているようにも見えるし、白い肌はいかにも不健康な白さだ。

「久しぶり」

誰もが時雨を遠巻きに眺めている中、そう気軽に声をかけたのは椎名だった。 配っていたビブスを片手に、椎名と目を合わせたはきょとんと目を見開く。予想通りの反応に、椎名は得意げに笑った。

「水臭いね。マネージャーやるんなら連絡のひとつでもしろよ。それとも、俺のことなんかすっぱり忘れてくれてたのか?」

「翼。来てたんだ」

ビブスを配り終えたらしく、周りの人はまばらになっていた。 は大きめの白いポロシャツに、紺色のジャージを着ていた。おそらく玲のものだろう。 何度か着ているのを見たことがあるデザインだ。

椎名は玲のはとこであり、玲の妹であるとも同じ関係にあたる。西園寺家が引っ越しをするまではよく互いの家を行き来していたものだったが、そうなった後に会ったのは、玲のLリーグ引退試合の時だった。

「まぁね。は? 玲に無理矢理連れてこられたのか?」

「無理矢理って……」

そういいながらは苦笑した。なんだかその笑顔まで弱々しく儚げで、椎名はなんだか不安になる。翼が知っているの笑顔はもっと明るい色をしているはずだった。

「そういう訳じゃないけど、誘われたの。人手不足だって言うから、いいかなぁと思って」

は耳から落ちてきた髪の毛を静かな仕草でかき上げた。その左手には、白いリストバンドが太陽に光っている。
痩せた身体、白い肌、変わってしまった笑顔。こうして会うのは二年ぶりだったけれど、当時の面影は全くと言っていいほどなかった。
あれから何かあったのだろうか。どうして、はこんなに変わってしまったんだろうか。

「……何かあったのか?」

椎名は思わず問うた。悪気は全くなかった。昔からの関係を考えればこれくらいのことには答えてくれると思ったのだ。けれどはわずかに指先を振るわせた。椎名はそれを見逃さない。

「別に、何も?」

そういって微笑んだの表情から、椎名はそれ以上の問いかけを許さない強さを感じた。のこんな顔を見るのは初めてで、呆気にとられてしまう。

と、その時玲がピッチからを呼び、は「またね」と言って椎名に背を向けた。

「知り合いか?」

黒川が椎名の斜め後ろで言う。一部始終を見ていたようだが、話を盗み聞いたりするようなことまではしていなかったらしい。

「あぁ。はとこ」

「監督もそうとか言ってなかったっけ?」

黒川が言うところの”監督”とは、飛葉中サッカー部監督である玲のことだ。

「妹なんだよ」

「苗字違うじゃん」

「あれは母親の旧姓だよ。姉妹っていうの隠してンじゃない?」

「ふうん。それがなんでマネジャーなんかしてんだよ?」

「さぁ? 何か理由つけて玲が連れてきたんだと思うけど」

「どういうことだ? それ」

は玲にテストの記録の説明を受けているところで、マルコが側に来て何か言うと三人で笑った。
それを見て、椎名はむっとする。遠目からではあるが、その笑顔は昔と変わらないもののように見えた。さっきの俺に対しての態度は何だったんだ。こちらは割と心配したというのに。

「サッカーに興味なかったからな、あいつ。自分から来たがるとは思えねぇよ」

「へぇ」

「そんなことより、早く行こうぜ。テスト始まるぞ」

突然不機嫌になった椎名に黒川は首を傾げていたが、椎名はさっさとピッチの真ん中にできた集団に足を向けていた。
がほんの少しだけ視線を送ってきたことには、二人とも全く気づいていなかった。



20070225 修正