一方、がいなくなった街では、ひと騒ぎ起きていました。

「銀時ぃ。てめぇのくだらねぇ嘘を間に受けてが森で行方不明ってどういうことだ?」

高杉が銀時の胸ぐらを掴んで凄みました。

「俺が頼んだわけじゃねぇよ! あいつが夜のうちに勝手に出て行ったんだろうがぁ! それに俺は嘘なんて一言もついてねぇ!!」

銀時も高杉の胸ぐらを掴み返し、自棄になったように叫びました。

「やはりは森に入ったというのは本当なんだな。銀時のくだらない嘘を間に受けて」

桂は猟銃を磨きながら言いました。

「街で聞き込みもしてみたが、やっぱり街には来ていないみたいじゃ。まぁ、間違いなく銀時の嘘を間に受けて森に入ったと考えるのが妥当じゃろうなぁ」

「お前らいい加減にしろよ!? 俺は嘘なんかついてねぇって!!」

銀時は必死に訴えましたが、3人は白い目を向けるばかり。どうやらちっとも信じるつもりはないようです。

「仕方がない。俺はを探しに行くぞ。ちょうど今は鹿狩りのシーズンだ。狩人仲間に捜索の応援を頼もう」

桂はそう言って立ち上がりました。

「わしも、街の連中に頼んでみるきに。しかし、が森に入ったというんなら、あまり期待はせんでくれよ」

坂本は自信なさそうにそう言いました。

「俺は好きにやらせてもらうぜ」

高杉は銀時の胸ぐらを押しやって毒づきました。

「これ以上馬鹿と同じ空気吸ってたら、こっちまで馬鹿にならぁ」

「それはこっちのせりふだこの野郎! てめぇみてぇな分らず屋が世の中をダメにすんだよ!」

銀時の言葉には、誰も耳を貸しませんでした。

が1人で森に入ってしまうとは、銀時にも全く予想外だったことなので、桂や高杉にここまで罵られる謂れはありません。けれど、が行方不明になった原因が自分にあることは間違いがなさそうです。

そこで銀時は、森へ向かう桂の後をついていくことにしました。それがを探す一番の近道だからだと思ったからです。銃も持たない銀時は桂にとって邪魔でしかありませんでしたが、銀時に何を言っても仕方がないので、何も言いませんでした。

森の入り口には、狩人たちが共用で使っている小屋があります。この小屋で狩りの準備をし、体を休め、時には仲間同士で獲物を分け合ったり、情報交換をするのです。桂は馴染みの狩人に挨拶をし、それとなくの姿を見たものはいないか聞き込みを始めました。けれど、みんな一様に首を横に振るばかりです。

さんですかぃ? 最近とんとお会いしてませんねぇ」

沖田総悟も、その内の一人でした。沖田は、元は街の自警団に所属していたのですが、今は狩人に転向して、その腕は狩人達の中でもいちにを争うほどの腕前です。銀時とは妙に気の合うところがあって、顔を見れば世間話をするような間柄でした。

さんに何かあったんで?」

沖田の問いかけに、桂が答えました。

「実はな、銀時のくだらん嘘を間に受けて真夜中の森に入ってしまったようでな」

「旦那のくだらない嘘を間に受けて? それは一体どういうことで?」

「くだらなくねぇし嘘もついてねぇけどな」

銀時は、森での出来事を沖田にも話して聞かせました。どうせ沖田にも馬鹿にされるだけだろうと思って、随分投げやりな説明にはなりましたが、沖田はいたって真剣に話を聞きました。

「大きな野獣、ですか」

「そうだよ。どうせお前も信じねぇんだろ?」

「いや、その逆でさぁ」

沖田の言葉に、桂と銀時は目を見張りました。

「まさか旦那から野獣の話を聞く日が来るとは思いませんでしたよ」

「お前、見たことあんのか?」

「見たことがあるもなにも、その野獣をずっと探してるんですよ、俺は」

沖田はそう言って、猟銃をがちゃりと鳴らしました。

「そんな野獣が森に住んでいるなんて話は聞いたことがないが?」

桂は不思議そうに聞きました。

「野獣について知っている奴は、そうおおっぴらに話を広めたりしねぇんですよ。自分の身がかわいけりゃ尚更ね」

「どういう意味だ?」

沖田は桂と銀時の顔を見やって、にやりと笑いました。

「いいんですかぃ? この話を聞いたら、ふたりとももう後戻りはできやせんぜ?」

銀時と桂は顔を見合わせ、覚悟を決めたように頷きました。

「分かった。お前が知ってること全部話せ」

沖田が話したのは、5年前の大嵐の日の出来事のことでした。

その日は今までにない大雨が降り、川の水かさも増して、風も強く、このままでは川が氾濫する恐れがあり、自警団を中心に町中の男たちが集まっていました。そこには沖田はもちろん、銀時や桂、高杉、そして吉田松陽もいました。川縁に土嚢を積んでなんとか決壊を防ごうと奮闘しましたが、結局それは間に合わず、大勢の人が溺れ死にました。吉田もそのうちの一人でしたが、一番大きな被害を受けたのは自警団のメンバーでした。一番大きく決壊した川縁にいたのが彼らだったのです。沖田は、そのうちの数少ない生き残りのひとりでした。

「あの事故について、表向きはそういうことになってますけどね。あの嵐には原因があったんですよ」

「嵐に原因が?」

「森の魔法について、聞いたことは?」

銀時と桂は首を横に振りました。

「森には、森の魔法があるっていう言い伝えなんですけどね。捧げ物をすると、人間には及ばない大きな力で願いを叶えてくれるっていう、どこにでもありそうなおとぎ話なんですけど、それを真に受けた馬鹿がいたんですよ」

沖田の話はこうでした。

5年前のある日、恋に悩むひとりの男が、森の魔法に願いを聞いてもらおうと、仲間たちとともに森に入りました。森の魔法と言っても、どこかに神様がまつられているとか、祠があるとか、どんな捧げ物が必要なのかとか、森の魔法については何も分からなかったので、ほとんどピクニック気分と言ってもいいものでした。時折冗談を言ったりしながら、森の奥深くに進んで行きますが、行けども行けども魔法がかかっていそうな祠や御神木があるわけでもなく、森はただただ果てしなく続いているばかり。飽き飽きしたひとりの男は、両手を天に伸ばして大声で叫びました。

「森の魔法よ! どうか俺の願いを聞いてくれ! お妙さんを振り向かせるために! 俺に力を貸してくれないだろうかぁ!!」

近藤の声は森の深くに響き渡りましたが、こだまも返ってきませんでした。

そろそろ日が暮れる頃合いになってきたので、近藤を説得し、森の魔法は諦めて家路につこうとしたのですが、彼らはすっかり道に迷ってしまいました。日が暮れ、風が轟き、動物たちが蠢く森で、彼らはあの城にたどり着いたのでした。

「あの時は、一晩雨露を凌げるってんで皆安心したもんだったんです。これが森の奥深くにあるとは思えないほど絢爛豪華な城でしてね。部屋の隅々までよく手入れされていて、しかも俺たちをもてなすかのような温かい食事まで用意されていたもんだから、俺たちは疑うことなく、喜んでそれを平らげたんです」

空腹を満たした彼らは、疲れた体を休めるために眠りにつきました。しかし、好奇心旺盛な彼らは、きっとここが森の魔法の拠点に違いないと、城の探索に出掛けました。

その頃、沖田は仲間と分かれてひとり城の庭に出ていました。真っ赤に咲き誇る薔薇が深く匂い立ち、その香りは血の匂いにも似て、不思議と沖田の心を波立たせました。

「あの時何があったのか、俺も詳しくは知らねぇんです。近藤さんと土方さんが城の裏手に回って行ったのを見てしばらくしてから、雨が降り出しました。その雨は強くなるばかりで1週間も降り続いて、ついには川を決壊させちまいやした。あの洪水のせいで、近藤さんと土方さんは行方不明になっちまったんです」

「あの大嵐は、あの城の、森の魔法が引き起こしたことだとでも言うのか? そんな馬鹿な話があるか?」

桂はまだ信じきれないといった様子で言いました。

「気持ちはわかりますけど、魔法は、それをその目で見た者にしかそうだとは分からないもんですよ。あの城を見た旦那なら、俺の言いたいことが分かりますよね?」

銀時は神妙な顔をで腕を組み、言いました。

「お前は、近藤と土方を探すために狩人になったのか?」

「まぁ、そんなところです。2人にはいろいろ借りがあるんでね。死んだことが確認できない限りは探し続けるつもりですよ」

沖田はそう言ってにやりと笑いました。

「ところで、旦那が見た大きな野獣っていうのは、5年前からあの城に住み着いてる奴だと思いますよ」

「見たことあんの?」

「森で何度か。おそらく、森の魔法に関係してると思ってなんとか仕留めようと思ってるんですけど、あの図体の割になかなかすばしっこくて。しかも、あれ以来城に行こうとしても、森の魔法のせいか城までたどり着けねぇんですよ。旦那が城へ行き着けたのはなんでなんでしょうね?」

「道に迷ってどうしようかと思っていたところで、城の灯りを見つけたんだよ。どうやら、森に迷うっていうのが肝みてぇだな」

さんはちゃんと城にたどり着いてるんですかねぇ」

「たぶんな。それしか手がかりはねぇし、他にが考えつきそうなことはねぇと思うけど」

「野獣は旦那のこと食ってやるって脅したんでしたっけ。その身代わりになったんなら、さんはもう野獣に食われてるかもしれないですよ? それでも旦那はさんを探すんですか?」

沖田の言葉に、銀時と桂は額に青筋を浮かべました。沖田の言うことはもっともですが、はいそうですかと簡単に納得できることではありません。

銀時は怒りを押し殺して、低い声で言いました。

「お前にとやかく言われることじゃねぇだろ。それに、5年前に行方不明になった野郎よりは望みはあると思うがな」

沖田は銀時の怒りを受け流すように、飄々と笑いました。

「まぁ、そう怒らないでくださいよ。望みが薄くても、お互い引く気はないんでしょう?」

「当たり前だ。」

「それじゃぁ決まりですね」

沖田は猟銃を肩に担ぎ、勇ましく立ち上がりました。

「野獣を狩りに行きましょう」




20150323