![]() 朝になり、は目を覚ましました。窓辺から朝日が差し込み、どこから舞い込んだのか、小鳥がテーブルの上をちょこちょこと跳ねています。 衣装ダンスの前に、トルソーに着せかけられた豪華なドレスがありました。昨夜眠りにつく前には確かになかったものです。あの獣があの前足でこんなことができるはずはありませんので、きっと魔法の力でしょう。不本意でしたが、は森を歩き回ったせいで汚れた服を脱ぎ、そのドレスに着替え、左側のドアから食堂に向かいました。昨日は丸1日何も食べていなかったので、とてもお腹が空いていたのです。 食堂のテーブルには、既に朝食の支度が整っていました。バスケットに盛られたクロワッサンやベーグル、暖かいスープや、卵やベーコン、温野菜、りんごやいちご、ブルーベリー、ヨーグルト。一人では食べきれないほどたくさんの食べ物がテーブルに溢れていました。 が目を丸くしてテーブルにつくと、見計らったように野獣が姿を現しました。 「よく眠れたか?」 昨夜と同じ、轟くような声で野獣は言いましたが、明るい朝日の下でその姿を見ると、昨夜ほどの恐ろしさは感じませんでした。 「えぇ」 は静かに答えました。 野獣は器用に、の真正面の席につくと、くいと顎をしゃくりました。 「食えよ」 「あなたは?」 「俺はいい」 確かに、テーブルに並んだメニューは野獣の口には合いそうにありません。は野獣の言葉に従って、ひとりナイフとフォークを手にとって食事をはじめました。料理はどれも暖かく美味でした。野獣のあの肉球が付いた前足で料理をしたとはとても思えませんので、きっとこれもきっと魔法で作られたのだろうと、は想像しました。 「城の中は好きに歩き回って構わねぇ、庭もな。ただ、森には出るな」 野獣が言いました。 「私が逃げると思ってるの?」 「俺から逃げられるとでも思うのか?」 野獣はわざとらしく牙をむき出して唸って見せました。確かに、野獣はきっとたくましい4本の足で風のように走ることでしょう。の足が敵うはずがありません。 「そうは思えないわね」 「だったら、下手な考えは起こさないことだな」 「その方が良さそうね。ところで、この城に召使いはいるの?」 は野獣に尋ねました。野獣は耳をぴくりと動かしました。 「いねぇよ。ここには俺しか住んでいない」 「それじゃ、この料理は誰が準備しているの?」 「そういう魔法がかかってる。必要な時、必要なだけの食事が用意されるし、掃除も洗濯も同じだ」 「そうなの」 「何でそんなこと聞くんだよ?」 は口にふくんだベーコンを噛み、飲み込んでから答えました。 「ここで私にできることがないかしらと、思ったのよ。家ではずっと家事をしていたから、お手伝いできたらと思ったのだけれど、魔法がかかっているなら、私の出番はないわね」 野獣は何か言いたそうに、ぱちぱちと瞬きをしました。それに合わせて、ひげがぴくぴくと動きます。 「てめぇ、自分の立場を分かってねぇのか?」 「だって、あなたが好きに城の中を歩き回っていいなんて言うんだもの」 「それは、お前が城に閉じ込められたままでも退屈しないようにだな……!」 「私のこと、気遣ってくれてるの? 優しいのね」 「ばっ……! 優しくなんかねぇよ!!」 野獣は荒々しく立ち上がり、しばらく右往左往した後、のしのしと足音高く食堂を出て行きました。 はもう、昨夜ほど野獣のことを恐ろしいとは思わなくなっていました。むしろ、あれやこれやと世話を焼いてくれる親切な野獣のようです。照れ屋なようでもありますし、随分人間くさい野獣もいたものだなと、は思いました。 さて、お腹いっぱいになって一息ついたは、早速城の中を探検することにしました。 城の中には、謁見室、鏡の間、食堂、そしての寝室の4つの大きな部屋があり、その間に、いくつかの小部屋が挟まるような間取りになっているようでした。どの部屋にも素晴らしい装飾が施され、豪華絢爛です。ただし、部屋数はそれほど多くはなく、まるで隠れ家のような城でした。 はひとつ気になったことがあります。探しても探しても、寝室はがあてがわれたひとつしかなかったのです。使用人用の隠れ扉を見つけ、裏の小部屋まで全て探してみましたが、野獣が眠れるような場所は見つかりませんでした。では、野獣は一体、どこで眠ると言うのでしょう。は首を傾げるばかりでした。 20150316 |