はあてもなく森をさ迷い、野獣の城を探しました。森は、太陽が高く昇ってもなお暗く、風の音ひとつとってもを脅すように鳴り響きました。は勇気を振り絞って、暗い森の中を一日中歩き続けました。

日が落ち、星も見えない夜になった頃、はようやく森の奥深くにひとつの灯りを見つけました。その灯りを目指して歩いてゆくと、銀時が話していたとおりの城が見えてきました。ガーゴイルの立つ門を抜け、池を望む石畳の道を通り、城の正面に立つと、中央の扉がひとりでに開きました。

おそるおそる扉をくぐると、扉はひとりでに閉じました。蝋燭とシャンデリアの灯りが煌々と灯る玄関ホールの中央に立って、は辺りを見回しました。ビロードの絨毯が敷かれたホールは真っ白な壁と琥珀色の柱に四方を囲まれていて、天井には黄金の太陽と天使の姿が描かれています。

「ごめんください。どなたかいらっしゃいますか?」

は大きな声で言いました。声は反響して、城の奥へ吸い込まれていき、それに答えるように、城の奥から低い声がしました。

「誰だ?」

その声は人の言葉を話しましたが、雷のようにごろごろと轟き、とても人間が発する声とは思われませんでした。は銀時の胸を踏みつけた野獣のひづめを思い出し、恐怖に体を震わせました。

「私は、といいます。昨夜は、私の家族が大変な失礼をして、申し訳ありませんでした」

「あの馬鹿の女か?」

ホールの中央にある階段に、大きな影が浮かび上がりました。蝋燭の灯りで影は大きく揺れます。低く獰猛な声も相まって、は恐怖で震え上がり、ぎゅっと両手を握りしめました。

「何しに来た? あの馬鹿はどうした?」

「彼の代わりに来ました。彼に悪気はなかったんです。ただ、私の誕生日を祝おうとしてくれただけで。どうか許して頂けませんか?」

「女に自分の命乞いをさせるたぁ、とんだ腰抜け野郎だな」

階段から、大きな影のような野獣が姿を現しました。こげ茶色の体毛で全身が覆われており、熊のように大きく、狼にも似た姿をしています。その瞳は炎を宿したようにぎらりと輝いていました。

は体がすくんで、身動きが取れません。野獣は階段を下り、を品定めするような目でじろじろと睨みます。の周りを円を描くように歩きながら、野獣は赤い舌をぺろりとのぞかせました。

「代わりにここへ来たっていうことは、どうなるか分かってんだろうな」

野獣はそう言って、の耳元にその鼻先を向けました。は息を飲み、ぎゅっと目を閉じました。

「……あなたがそのつもりなら、覚悟は、できています」

は大切な家族の顔を思い浮かべ、人生の最期にと必死に祈りました。銀時、桂、高杉が、自分がいなくても不自由なく幸せに過ごしていられますように。ただそれだけが、の願いでした。

ところが、いつまでたってもの体に変化はなく、痛みもありません。おそるおそるが目を開くと、の目の前で、野獣はじっとを見つめていました。その瞳は相変わらず苛烈に燃えていましたが、その表情は葛藤しているように見えました。はほんの少しだけ、握りしめていた手のひらの力を緩めました。

「……俺は、女を殺る趣味はない」

野獣は絞り出すようにそう言いました。

「だが、城の存在を知られた以上、お前を帰す訳にはいかねぇ。お前にはここで暮らしてもらうことにする」

「……ここで暮らす?」

「不満は聞かねぇぞ。分をわきまえるんだな」

野獣はそう言うと、再び階段を登って、についてくるように言いました。

いくつかの部屋を通り過ぎて、が連れてこられたのは寝室でした。大きなベッドが部屋の中央にあり、天井から下がったシャンデリアが部屋を明るく照らしています。

「部屋はここを使え。左の扉が食堂へつながっている。明日の朝、朝食の席でまた会おう」

野獣はそう言って、部屋を出て行きました。

ひとりきりになり、やっと恐怖から解放されたは、倒れこむようにベッドに寝転びました。何しろ1日中森をさまよい歩いたせいでくたくただったのです。美しい寝室の装飾や、糊のきいたシーツ、広すぎるベッドはには豪華すぎましたが、そんなことは気にする暇もなく、は深く眠りました。




20150316