その日、銀時はへの誕生日プレゼントを探して街をふらふら歩き回っていました。

兄弟たちとそれぞれプレゼントを用意すると約束したはいいもの、銀時の懐はすきま風がぴゅうぴゅう吹くほど寂しく、今夜の飲み代にも困るほどだったので、チョコレート一粒も買うことができません。顔見知りの誰かに事情を話してツケにしてもらおうとも思いましたが、こと金銭面については全く信用のおけない銀時にツケておいてくれる店主は誰もいませんでした。

しかたがなく、銀時は街外れにある森に足を向けました。花屋で花束を買うこともできない銀時は、野に咲く花や木の実を摘んで花束にしてプレゼントしようと考えたのです。桂や高杉にはきっと馬鹿にされるでしょうが、はお金のかかったプレゼントよりもきっと、こういう素朴なプレゼントの方が喜んでくれます。銀時はが好きそうな花を探して、森の奥へ奥へと入っていきました。

ところが、地面ばかりを見て歩いていたせいで、銀時はすっかり迷ってしまいました。慌てて引き返そうとしましたが、だんだんと日が暮れてきてしまいました。森はあっという間に暗くなり、夜の鳥のおどろおどろしい鳴き声が響き、木々は恐ろしげに枝葉を伸ばし、下生えの落ち葉がかさかさという音が銀時を脅かします。

「別に、なんも怖くねぇし? 俺こんなの全然平気だし! 何にも怖くないしぃ!」

銀時は独り言をつぶやきながら暗い森を進みます。すると、森の奥に灯りが見えました。どうやら家があるようです。ほっとした銀時は、そこへ向かって駆け足になりました。

「……なんだこりゃ?」

銀時は目を見張りました。灯りがともっていたのは家ではなく、城だったのです。こんな森の奥に城があったとは知らなかった銀時は、恐ろしさも忘れて荘厳な城に目を見張りました。城の至るところに松明がたかれ、夜に石造りの城を煌々と浮かび上がらせています。

恐ろしい顔をしたガーゴイルが立っている門を通り抜け、銀時は何かに取りつかれたようになって城の中へと足を踏み入れました。石畳の道なりに歩みをすすめると、大きな池がありました。池の真ん中には優雅に横たわる黄金の女神の彫像があります。それを見下ろすように、白い石と黄金の装飾が施された城がありました。3つの対照の扉があり、その真上にはバルコニーがあります。バルコニーには女神の塑像が立っていました。

銀時は扉をあけて中に入りました。玄関ホールから階段を上り、部屋をひとつひとつ見ていきます。部屋はよく手入れが行き届いていますが人影はありません。

銀時は城を抜けて、裏庭に出ました。そこは、真っ赤な薔薇が咲き誇る庭園になっていました。灯篭に灯りが入れられ、夜の闇に赤い薔薇が怪しく浮かび上がっています。灯篭の炎の熱にあてられ、薔薇の香りがつよく匂いたっていました。

この薔薇で花束を作ったら誕生日のプレゼントにぴったりだと思った銀時は、庭園に足を踏み入れ、花を1本摘み取りました。

その時、獣の唸り声が轟きました。何事かと辺りを見回す銀時の目の前に、突然大きな野獣の鼻先が突きつけられ、銀時は尻餅をつきました。

「てめぇ、人の城に不法侵入した上に庭に手ェ出すたぁどういう了見だ!? あぁ!?」

野獣は恐ろしい声で、人の言葉で怒鳴りました。銀時は野獣の前足に胸を踏みつけられ身動きが取れません。野獣の獣臭い息にあてられ、銀時は青ざめました。

「ちょちょちょちょちょーっと待って!! 悪気はなかったんだよ!! こんなとこに城があるなんて知らなかったからぁ!! 俺貧乏人だから珍しくってぇ!! だから食べないでぇ!! 俺なんか食ってもうまくねぇよ!!」

野獣は歯をむきだして銀時を威嚇しました。

「てめぇがなんでここに来たかなんて知ったこっちゃねぇがな。ここの城のことを知られちゃ生かしておけねぇ。ここで死ね」

「ちょっと待てって!! 話聞けよ!! 実は、今日は、家族の誕生日で!! プレゼントにちょっと薔薇を1本もらいたいなーって思っただけなんだって!!」

「不法侵入の上に窃盗か?」

「だから!! 道に迷っただけなんだって!! 家で家族が待ってんだよ!! だから殺さないでぇ!!」

銀時が涙ながらに訴えると、野獣は前足をどけて、鋭い目で銀時を睨みつけました。

「いいだろう。その花を持って、家族の誕生日でもなんでも祝ってやればいい。だが、それが済んだらここへ戻れ。ひと思いに殺してやる。逃げようとか思うんじゃねぇぞ。俺はどんな遠くのことでも見通せるからな」

そういうと、野獣は前足をどけました。銀時はそこから命からがら逃げてきたのでした。

その話を聞いた4人は、声を揃えて言いました。

「「「「夢でも見たんじゃねぇ?」」」」

「……お前らならそう言うと思ったよ」

銀時は泣きそうな声で言いました。

「いいんだよ。どうせ俺は野獣に引き裂かれて死ぬんだ。お前らに俺に辛い気持ちが分かるかよ」

結局、銀時の嘆きは、誰にも聞き入れられませんでした。坂本はさっさと自分の家に帰ってしまい、桂と高杉は自分の部屋に引き上げてしまいました。

台所の片付けをしていたは、銀時がいつまでも落ち込んでダイニングテーブルから動かないので、さすがに心配になってきました。

「ただの夢なんでしょう? そんなに落ち込むことないんじゃない?」

が慰めようとしますが、銀時は全く元気を出しません。

「だから、夢じゃねぇんだって。野獣に踏まれて脅されたんだって」

「でも、そんな夢みたいな話、信じろっていう方が無理よ」

そう言うに、銀時は服の前をくつろげて胸を見せました。そこには、大きなひづめの形のあざが残っていました。こんなにおおきなひづめは今まで見たことがありません。魔法の力が働いているのか、あざは油膜のように虹色に輝いています。はそれを見て、銀時の話が嘘でないことに気づきました。

「本当なの?」

「さっきから言ってんだろーが」

「……銀さん」

「俺が死んでも、元気でやれよ。桂や高杉のことは頼んだぜ」

銀時はなおも悲しげに言いました。は銀時の背を撫でて優しく言葉をかけ、必死になだめます。

「きっと大丈夫よ。銀さんがそんなに簡単に死んじゃうはずないじゃない」

「どうかな。今までは運が良かったんだよ」

「今回だってそうよ」

は銀時をなだめすかし、なんとか部屋へ送り届けて眠りに付かせました。

銀時の言うことが本当なら、きっと野獣は銀時を殺しに来るでしょう。そう考えて、は覚悟を決めました。

銀時、桂、高杉が寝静まったのを確認し、は家を出て森に向かいました。お守りがわりに、今日みんなからもらった誕生日プレゼントを持って行きました。

は銀時を殺さないよう、野獣に頼んでみるつもりでした。それがだめなら、銀時のかわりに殺されても仕方がないとも思いました。銀時を守るためならはなんだってできるのです。死んでしまった吉田松陽と約束したのです。みんなを守る、と。

最後に、はあかりの消えた我が家を振り返りって名残惜しそうに目を細め、真っ直ぐに森へ入っていきました。




20150309