十 とも





坂本が万事屋へ帰ってきた。神楽と新八へのお土産を山のように車に積んでいたけれど、は一緒ではなかった。

ちゃんは真撰組屯所の方に先に戻るって言ってたぜよっ」

と、坂本は疲れた様子もなく言う。

銀時は何をしていた訳でもないのに、坂本の気持ちのいい笑顔を見て逆に自分が疲れてしまった。今か今かと帰りを待ってはいたけれど、いざ本人を目の前にしたらいつもと変わらない腹立たしさが戻ってきた。どうしてこいつはいつも、人を苛立たせる言動ばかりするのだろうと思う。

「何や、金時。機嫌悪いなぁ。何ぞあったんか?」

「あぁ、あったな。たった今目の前にお前が現れた」

「おぉ! 俺のせいか! そうか! あはははっ! あはははっ!」

「笑うところじゃねぇだろ」

すぱん、と景気良く坂本の頭を殴ると、ぐらんと坂本のサングラスが傾いだ。それでも坂本は呑気に笑い続けているので、銀時は額に青筋を浮かせて眉を痙攣させる。

今まで平気な顔を装ってはいたけれど、実際心配はしていたのだ。近頃の元気がなかったから、そんな調子で高杉と会って大丈夫だったのだろうか。高杉は昔から言葉がきつくて、はいつもそんな高杉の粗暴さに飽き飽きした様子だった。わざわざ高杉なんかに会う事が、にとってどんな意味があると言うのだろう。

「そんじゃ、そろそろ陸奥が迎えにくるからの。俺はこのまま帰るぜよ! 達者でな!」

「あ? ちょっと待て、お前。もうちょっと話す事とかあんだろ」

「旅の報告なら後でちゃんがしてくれるって。そんじゃぁな!」

あまりにもあっさり、台風のように、竜巻のように、坂本は宇宙に帰っていった。銀時には、坂本が地球へ戻ってきた理由がいまいち分からなかった。何で、理由なくこんなに苛々しなくっちゃならないんだろう。腹が立つ。もう戻ってこなければいい。戻ってくるな!





神楽はいつも通りに定春の散歩をしていて、いつも通りに土方の姿を目に留めた。数日前公園で会って以来だ。相変わらずの咥え煙草。いつも定春を気遣って、半径数メートル以内に入る前に火を消してくれる。その仕草は大人っぽくて、少しだけ近寄りがたい。

声を掛けようとして、止めた。

神楽からは、パトカーに寄り掛かって煙草を吹かしている土方が見える。重い髪のせいで、その表情までは伺えない。こちらに気付くかどうかしばらく観察していたら、土方の目には神楽ではない誰かの姿が映っている事が分かった。遠くの方、遠く、遠くの方を見ていた。

声を掛けようとして、止めた。そして踵を返す。万事屋に帰る事にした。





「原田。ちょっと、お前先に屯所戻ってろ」

運転席に投げつけるように告げて、土方は原田の驚く声を無視して足を前に出す。一歩一歩がこんなにも重く感じるのは何故なのか、分からない。後ろ髪を引かれているような気分だ。
話しかけていいのか、迷う。神楽の言葉を思い出していたからだ。は寂しがっている。には、家族がいないから。それは張り付くように、土方の邪魔をした。

は団子屋の店先でその主人と話をしている。手荷物は屯所を出発した時と同じ量で、着物だけが違った。見慣れた蓮華柄の着物。出掛けていく時は、蝦夷菊の着物だった。



腹から声を張って、呼ぶ。振り向いたは団子屋に向けたままの笑顔で、それから驚きにきょとりと目を丸くした。肌の血色が良くて、目の下の頬の色が綺麗だ。髪がつややかに光を弾いている。明らかに疲労がどこかへ飛んでいて、一週間前とはすっかり見違えた。

「土方さん」

「おや、土方さんじゃないですか。お久しぶりで」

団子屋が陽気に声を掛けてきたので、土方は軽く頷いて答える。団子屋の手には京の名産品の竹細工の小物がちょこんと乗っていた。低い姿勢の団子屋は、営業用の笑顔で揉み手する。

「丁度、さんから旅行のお土産を頂いていた所だったんですよ。何でも京へ御旅行に行かれていたそうで」

「へぇ、そうかい。お楽しみの所邪魔したな」

「いえいえ、とんでもない。どうぞ、御二人共お休みになって行って下さい。いつもの物、お出ししますよ」

軽快に店に戻っていく団子屋の背中を見送って、二人は何となく目配せをする。取りあえず、店先の長椅子に二人で並んで座った。

「土方さん、仕事中じゃないんですか? こんな所で油売ってていいんですか?」

は荷物を足元に置いて、土方の横顔を真っ直ぐに見上げながら問う。
土方は灰皿に短くなった煙草を押し付けて、新しい物に火を着けながら答えた。

「原田を先に帰らせたから、適当に何とかしてるだろ」

「あら、もしかしてサボりですか?」

「人聞き悪ぃ言い方すんな。休憩だよ」

「そうですか。まぁ、何でも良いですけれど」

「良いのかよ」

土方は足を組んで煙草を咥えて寛ぐ。昼日中の町は人通りが多くて、埃っぽい道が少し霞んで見えた。行き交う人の声は騒がしくない程度で心地良い。

「いつ帰ってきたんだ?」

真っ直ぐに見上げてくると視線が合って、土方は少したじろいでしまった。驚いた。以前のとは何かが変わっている気がする。何が、と聞かれれば具体的には答えられないけれど、何かが変わっていた。動揺に気付かれないようにするために、胸一杯に煙草の煙を吸い込んだ。

「ついさっきです。あ、お土産は量が多くなっちゃったので、配達にしましたから。明日までには屯所に届くと思います。京の地酒とか、お菓子とかおつまみとか買ってきましたよ」

「京に行ってたのか?」

「えぇ」

土方が思い切り煙を吐き出すのと同時に、は綺麗ににこりと笑う。はいつでもにこにこ笑っている愛想の良い奴だったけれど、それとはまた違う笑顔だ。もっと素直な、飾り気のない笑顔だった。

団子屋が運んできた茶とみたらし団子を二人で食べた。土方はみたらしの上にさらにマヨネーズを乗せる。はそれを当たり前の事として何も言わずに、ゆっくりとお茶を飲んでいた。

静かで、けれど苦しくはない沈黙の中、口火を切ったのはだ。

「昔の友達に会って来たんです」

土方はどう相槌を打っていいか分からなかったので、そのまま黙って話を聞いた。は流れる人波を眺めている。けれど土方から見える横顔は意思を持ってはっきりしている。寂しさを感じている人間の表情ではなかった。

「久しぶりに話したんですけれど、相変わらずで安心しました」

「へぇ。そりゃ、良かったな」

「里帰りもしてきましたよ」

「お前、里はないとか言ってなかったか?」

「住んでいた家はもうなかったんですけれど、その場所はまだあって。手入れなんかする人いないから荒れてましたけど」

「ってことは、墓参りもしてきたのか?」

「残念ながら、お墓はなかったんです。戦没者慰霊碑にだけ御参りしてきました」

は声に満足感を含ませてそう語る。土方にはその満足度は全く伝わって来なかったのだけれど、はそんな事はどうでも良さそうだった。楽しそうに、寂しさなど少しも覗かせずに笑っていた。

「土方さんは、何事もなかったですか? 怪我とかしませんでしたか?」

「あぁ」

「私がいなくて、寂しくなったりしませんでした?」

土方は飲んでいたお茶を盛大に吹いた。幸い前方に人はいなかったけれど、道行く人々の軽蔑した視線が集まった。は最初は驚いていたけれど、土方の背を擦ってやりながら徐々にくすくすと息だけで笑う。気管にお茶が入ってしまって咽ている土方は、反射で滲んだ涙目を隠すためにしばらく猫背になっていた。

寂しくなかったかどうかなんて、の口から出てくる言葉であるはずがない。本当は自分から聞きたかった。逆だ。先を越された。間違っている。

「……何を言い出すんだ、お前」

「別に。他意はありませんけど」

は笑いながら、つんと澄まして背筋を伸ばす。土方は思わず舌打ちした。あまりにも不本意だった。

「そういう事は沖田とか、その辺の奴に言え。馬鹿」

「沖田くんはどうせ素直に答えてくれますもの。他の皆にはこんな事聞いて誤解なんかされたくないですし」

「俺にはいいのかよ」

「別に、いいですけど」

が自信たっぷりに言うので、土方はそれ以上何も言えなくなった。この旅行中にに何かがあったらしいことは明白だったけれど、が何も言わないので問いただしたりは出来ない。

神楽に告げた言葉を思い出した。
歳を経たら家族がいなくなるのは当たり前で、けれどそうなったとしても人は必ず生きていける。自分にだって家族はないし、沖田の唯一の家族だったミツバの死をもこの目で見た。けれど自分も沖田も生きている。と団子屋で寛ぐことが出来る。
家族などなくても、それでいいではないか。少なくとも、今は寂しさなど感じてはいないはずだから。

「そろそろ帰るか」

「そうですね。夕食、何にしましょうか。食べたい物ありますか?」

そして、二人連れ立って屯所へ戻った。二人で街を歩くのは、これが初めての事だった。



20091016修正